「麒麟がくる」いよいよ最終回へ、「明智光秀検定」でビジネスの処世術を学ぶ

明智光秀

 例年なら昨年いっぱいで完結していたところ、コロナ禍の撮影中断などで異例の年越しとなったNHK大河ドラマ「麒麟がくる」。最終回まで目が離せない展開が続いています。

 長谷川博己さん演じる主人公・明智光秀といえば、一般的には君主である織田信長を「本能寺の変」で死に追いやった裏切り者というネガティブなイメージが強いかもしれません。

 しかし、個人的な話で恐縮ですが、私の名前には明智光秀の「明」「秀」の2文字が含まれていることもあり、歴史に残る謀反がどのように描かれるのか、とても気になるところ。

 そこで今回、ご紹介するのが「明智光秀検定」。光秀の人物像や功績など、幅広い知識を学べる検定です。

 それでは例題を見てみましょう。

〈問1〉室町幕府の最後の将軍で、明智光秀を「公方衆」として従えた人物は【1】足利義輝、【2】足利義稙、【3】足利義晴、【4】足利義昭のうち誰?

〈問2〉明智光秀が参加した戦として不適切なものは【1】長良川の戦い、【2】人取橋の戦い、【3】高屋城の戦い、【4】今堅田・石山の戦いのうちどれ?

 実際の試験も4者択一方式で出題され、自宅のパソコンなどから受験できるオンライン試験となっています。例題の答えは〈問1〉が【4】、〈問2〉が【2】です。

 難易度的には公式テキストをしっかり読み込んでおけば、それほど難しくはないでしょう。ちなみに公式テキストの「明智光秀と本能寺の変」(小和田哲男著、PHP研究所)は、読み物としても十分楽しめる内容となっています。

 実は光秀の出自や功績などは明らかになっていない部分が多いのです。その理由として、のちに光秀を討伐し、天下人となった豊臣秀吉に記録を消されてしまったという説もあります。

 例えば、1570年に信長と朝倉義景との間で金ヶ崎の戦いが起きました。

 この時にみずから名乗り出て殿(しんがり/撤退する部隊の中で最後尾を任された部隊)の大将を務めたのは秀吉とされてきました。

 しかし、当時の秀吉より位が高かった光秀もその場に残り、一緒に殿を務めたと書かれる資料(「武家雲箋」)もあり、秀吉が本当に単独で大将を務めたのかどうか‥‥。秀吉が都合よく記録を書き換えた可能性も考えられるのです。

 信長の臣下の中で秀吉と光秀はライバル関係にありましたが、この2人は対照的でした。秀吉が一兵卒からの叩き上げだとすれば、光秀はエリート。例題で挙げたように、光秀はもともと足利家に仕えていたこともあって、京都では広い人脈を築いていました。そのため、天下統一を目指す信長が京都に進出していく際には外交面で力を発揮。こうした功績を認められ、信長臣下の中で初めて「一国一城の主」(坂本城の城主)になったのも光秀でした。

 彼の処世術や外交センスは現代を生きるビジネスマンにとっても参考になるはず。ぜひ一度その生き様を学んでみては?

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鈴木秀明(すずきひであき)/81年生まれ。東京大学理学部、東京大学公共政策大学院を経て資格アドバイザーに。取得資格数は約700。

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