11年ぶりキリンが首位 大株主の英ファンドとケンカしても貫いた「経営戦略」とは

11年ぶりキリンが首位 大株主の英ファンドとケンカしても貫いた「経営戦略」とは

3月8日、会員制の生ビールサービス「キリン ホームタップ」事業方針発表会に登場した(左から)布施孝之キリンビール社長、山形光晴常務、俳優の天海祐希さんと中井貴一さん

■売れ行き好調の「一番搾り糖質ゼロ」


 国内ビールメーカー各社が「コロナ後」の新基軸を打ち立てようとしている。キーワードは「健康」「家飲み」そして「分散・自律」だ。

 サントリービールは4月13日、糖質ゼロのビール「パーフェクトサントリービール」を発売する。狙うのは新型コロナ禍で健康志向を強めている層と、「家飲み」を日常化させている層だ。同社は、いずれ家庭向けビール系市場の半分以上を糖質ゼロやオフが占めるだろうと予想を立てている。ベテラン経済記者が、現在の「ビール事情」を説明する。

「健康意識や家飲みニーズを捉えようと急ぐサントリーの視界には、昨年10月、国内で初めて糖質ゼロのビール『一番搾り糖質ゼロ』を発売したキリンビールの後ろ姿があります。糖質ゼロやオフの商品は既に市場に出回っていますが、いずれも麦芽量が少ない発泡酒や第3のビール(新ジャンル)で、麦芽量が多い本物のビールで糖質ゼロを実現するには技術的な壁が高かったのです」

 キリンの「一番搾り糖質ゼロ」は発売から半年がたっても売れゆきは好調に推移しており、年間300万ケース売れればヒットとされる新商品において、今年度430万ケースの販売を見込んでいる。

「国内のビールメーカーは昨年、飲食店休業に伴うビール販売減に軒並み苦しめられましたが、そんな中で業績の落ち込みを最小限に抑え、糖質ゼロビールの市場投下で存在感を高めたのがキリンでした。

 今年1月、国内ビール大手4社(アサヒビール、キリンビール、サントリービール、サッポロビール)の20年ビール系飲料の販売実績が出そろったところで、キリンが市場シェアでアサヒを上回り11年ぶりにトップに立ったことが明らかになりました」

 アサヒは20年から販売数量を非開示にしていますが、4社の合計販売数量(19年比9%減の約3億4800万ケース)から推計するとアサヒのシェアは35%、キリンが37%で、前年(アサヒ37%、キリン35%)から首位が入れ替わったのです」


■うちは株式会社スーパードライ


 アサヒとキリンの首位交代劇には、消費者の生活様式の変化と「日本型経営」とも言うべきキリンの経営スタイルの妙味が潜んでいる。以下、いくつかのデータを確認したい。

 まずは20年の販売数量の内訳。ビールが41%、発泡酒13%、第3のビールが46%と、第3のビールが初めてビールを上回った。家飲み人口の増加が割安感のある第3のビールの販売を押し上げた格好だ。

 次にアサヒとキリンの販売数量の構成比だが、

「アサヒが販売数量を公開していた19年の構成比をみると、ビール類のうちスーパードライなどのビールが62%を占め、発泡酒(スタイルフリーなど)や第3のビール(クリアアサヒなど)は38%に過ぎません。売上金額ベースだとビールは7割を超え、アサヒ社員らが『うちは株式会社スーパードライです』と自虐ネタを飛ばすほど、アサヒはスーパードライに寄りかかった一本足打法の経営なのです。

 一方のキリンはビール類のうちビールは33%に抑えられ、発泡酒(23%)と第3のビール(44%)を合わせて、ビール以外が67%に及びます。キリンも20年はアサヒと同じように飲食店の時短営業や営業自粛に苦しめられましたが、そもそもビールの割合は33%しかないため、アサヒに比べるとダメージは小さかった。他方、ビール並に投資をしてきた第3のビール・本麒麟がコロナ禍の家飲みニーズにのって前年比3割増(金額ベース)という快進撃を見せ、ビールの不振を補う結果となりました」

 投資を1ヵ所に集中させず、分散させることで全体を最適化させていく。これが最後のキーワード「分散・自律」だ。実はコロナが日本に襲来する直前の20年1月、アサヒとキリンはそれぞれ大きな決断をしていた。

「当時はまだ東京五輪も20年の夏に開催される予定で、五輪ゴールドパートナーであるアサヒは、塩澤賢一社長(当時)が、『今年はビールに注力する』と事業方針説明会で宣言しました。五輪開催の盛り上がりによって、国民が例年になく大量にビールを飲むであろうと踏み、スーパードライに経営資源を集中投下する“選択と集中”の道を採ったのです。

 キリンはこのとき、創業以来経験したことのない株主からの突き上げを食らっていました。キリンホールディングスの株式を2%保有する英投資ファンド、インディペンデント・フランチャイズ・パートナーズ(IFP)がキリンに対し『ビール事業への集中』を求めたのです」


■「アサヒのようにやれ」


 IFPの要求と主張はおおむね以下に集約される。

・キリンが株式の過半数を保有する協和キリン(バイオテクノロジー、抗体医薬)の株式を売却せよ

・キリンが株式の33%を保有するファンケル(スキンケア)の株式を売却せよ

・協和キリンとファンケルの株式の売却益を元手に6000億円の自社株買いをせよ

・キリン経営陣は株主を軽視している。株主還元にもっと力を入れよ

 協和キリンとファンケルの株式を売却すればビール事業に専念できる、そうすれば株価も上がり株主還元となる――これがIFPの主張で、こうした経営を実践している良い例としてIFPが挙げていた会社が、アサヒだった。IFPはキリンに「アサヒのようにやれ」と迫ったのだ。だが、キリン経営陣は首を縦にはふらなかった。その理由が以下だ。

・ビール事業の一本足打法はリスキー。ビールとは別の成長柱が必要で、そのために多角化を進めてきた

・キリンの多角化は独自の技術に基づく。100年以上前に発酵・バイオの技術でビール造りを始め、40年前には同じ技術で医薬分野にも進出した。今はヘルスサイエンス領域に歩を進めている。株主のためだけではなく「世のため人のため」を追求している

・株主軽視と言われるが、増配や自社株買いも18年12月期から2期連続で1000億円ずつ実施した。日本の食品メーカーでは高い水準の株主還元をしている

 両者の主張は真っ向から対立し、本件はプロキシーファイト(議決権の争奪戦)にもつれこんだが、同年3月の株主総会でIFPの提案は否決。キリンは従来の「分散・自律」の経営を維持していけることになった。コロナが襲来したのは、まさにそんな時だった。

「スーパードライ一本に寄りかかったアサヒは大打撃を被り、発泡酒や第3のビールにも分散投資してきたキリンは最悪の事態を乗り切りました。IFPに切り離しを求められた医薬事業も20年12月期の事業利益に占める割合は28%に達し、ビール・スピリッツ事業に次ぐ規模にまで成長した姿を見せたのです。

 もちろん20年1月の時点で、コロナがここまで長期的に猛威を振るうことになるとは、IFPもキリン経営陣も予想できていなかったと思います。ですが、株価に重きを置く効率重視の“選択と集中”経営が、未曾有の危機下で脆弱さを晒したことは間違いありません」

 しかし、アサヒも脱皮を遂げようと奮闘している。20年9月には社内に「新価値創造推進部」を立ち上げ、ローアルコール、ノンアルコールのニーズ訴求に向けて動き出した。この3月末には、アルコール度数0・5%の微アルコールビール「ビアリー」を市場に投入する。アルコール摂取を抑えながら、「飲み応え」「うまみ」を追求する新戦略だが、ここには、スーパードライによって染みついた「外で働く男たちのビール」というイメージを払拭する狙いも垣間見える。

 2度目の緊急事態宣言が解除されたが、人々の意識や生活様式は既に変わっている。日暮れ時、密集した居酒屋でジョッキグラスを傾けるシーンは当面戻らないか、戻ってもコロナ前の水準には至らないだろう。「健康」「家飲み」という消費者目線と「分散・自律」という投資戦略。ビール業界に定着しつつある潮流は、業界の外にも通ずる経営の羅針盤となるかもしれない。

デイリー新潮取材班

2021年3月24日 掲載

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