「ナチュラルローソン」20周年 健康コンビニの先駆け、仕掛け人が語る“苦労”と“革新”

 ローソンが展開する美と健康をテーマにしたコンビニ「ナチュラルローソン」は、今年7月11日で誕生から20年を迎えた。今でこそコンビニの健康志向は珍しくないが、20年前には画期的な試みだったようだ。ローソンでバイヤーを務め、現在はマーケティングアナリストとして活動する渡辺広明氏が、ナチュラルローソンの立ち上げ人を取材した。

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 いま、SNSを中心にナチュラルローソンの「トマトバーガー」が話題を呼んでいる。トマトを挟んだバーガーではない。バンズがトマト、つまりトマトとトマトでポテトサラダとベーコンを挟んだユニークなバーガーだ。他のコンビニではまずありえない商品だが、“健康”や“ヘルシー”のイメージが確立されたナチュラルローソンだからこそ実現したといえるだろう。

「ナチュラルローソンは、かなり“尖った”コンビニでした。当時はコンビニにあって当たり前だった成人誌やタバコも置かない一方、豆乳だけで12種類、味噌はあわせ、赤、米、麦を揃える。一本2500円する歯磨き粉も置いていましたね。イートインカウンターやレジにあるカバンを置く台、それにバリアフリートイレやトイレのウォシュレットといった設備を最初に導入したコンビニもナチュラルローソンでした」

 と証言するのは、元ローソンの小坂哲也氏(61)。商品企画部所属時代に、発案者である上司と共にナチュラルローソンを企画した。

「第一号店は『自由ケ丘2丁目』店(東京・目黒区)という、30坪ほどの店舗でした。ターゲットは、家族の健康を考える主婦層。当時、有機(オーガニック)やトクホ(特定保健用食品)に指定されていた商品は可能な限り揃えました。およそ2000あった商品のうち、8割くらいは通常のローソンにはない、ナチュラルローソンのためだけに仕入れたものでした」

 たとえば、コカ・コーラが近畿圏だけで販売していたトクホのお茶は、数ケースだけをわざわざ東京に取り寄せ置いた。独自の製造法で作られる「かめびし醤油」を置かせてもらうために、香川県の醸造元まで赴いた。今も昔も売れ筋の日清のカップヌードルより、商品棚のスペースを大きく取ったのは、日清の「サイリウムヌードル」という、お腹の調子を整えることを目的にした商品で、これはもともとドラッグストアでしか販売されていなかった(ちなみに開業当初のナチュラルローソン1〜2店舗の売上が、全国のドラッグストアのサイリウムヌードルの総計売上を上回る数だったそう)。

 一方で、添加物の使用に厳しい基準を設け、“これが入っている商品は日本一売れていても置かない”と決めた。結果、ナチュラルローソンは、誰もが知る某栄養ドリンクを置かない、日本で唯一のコンビニだったそうだ。全国の店舗で同じ商品を置くことが当たり前のコンビニ業界にあって、ナチュラルローソンはかなり異質の存在だった。

 そもそも、コンビニという業態の認知のされ方も、現在とは異なった。

「山形県に本社のあるメーカー『セゾンファクトリー』の飲料やドレッシングを置きたくて、3年くらいかけて説得し実現したんです。当時は全国の大手デパートの地下で販売されていた商品だったのですが、当時のデパートのブランド力は非常に高く、新たな健康志向のコンビニであるナチュラルローソンに対する理解が得られるまで多くのハードルがありました」

 こんな時代に、健康訴求という独自路線をナチュラルローソンは開拓したのである。

■カウンターフードに玄米


 企画が立ち上がったのは2000年。この年、ローソンは東証一部上場を果たし、また創業から25年の節目でもあった。

「その記念事業として、新規事業コンペが行われたのです。社内から企画を募集し、社長以下の役員が審査。優勝者は3年間その事業を好きにやらせてくれるというものです。しかも3年以内に事業化して収益が出れば、“特別ボーナス”を発案者にプレゼントしてくれるというご褒美もあった。ローソン2号店のアルバイトから入社して16年目、商品企画部にいた私は、商品開発部の池田順一部長(故人)のコンペ応募をサポートしました。優勝は確信しており、後にナチュラルローソンになる事業の構想は、コンペ前から練っていましたね」

 そこには、健康・安心が謳われだした社会背景もあった。当時ローソンの役員には、マクロビオティックの第一人者だった故・久司道夫氏と交流があったというから、今回の提案にも理解があったのだろう。もっとも、当時はインターネット関連のビジネスが盛り上がりつつあった時代。会社としてはネットに関連した事業の提案に期待していたふしがあり、実際、コンペにはそうした企画が多く寄せられたという。ところが蓋を開けてみたら、優勝したのは“健康コンビニ”だったわけだ。

 9月には「ニュービジネスモデル検討チームA」が立ち上がり、小坂氏らは動き出す。当時も「ナチュラルハウス」や「アニュー」といった、自然派食品を扱うスーパーマーケットはあった。だがいずれも健康志向が強いゆえの敷居の高さがあり、それらを真似してコンビニ導入するわけにはいかなかった。まったく前例のないコンビニの形を模索することになったのだ。

 “健康コンビニ”事業は社外秘だったため、品質管理の相談と称してメーカーを回り、ヒアリングを行った。01年にローソンがダイエー傘下から三菱商事に移ったのを機に、商社のルートを活かし、自然派食品の本場であるアメリカも視察した。現地のオーガニックスーパーやホールフーズを見て回ったそうだ。

「いま、ローソンの本社は大崎(東京・品川区)にありますが、当時は芝浦(港区)にありました。最寄りのJR田町駅と本社との間に、偶然にも自然派食品のレストランがあったんです。まずは実食ということで、ランチは毎日そこに行き、玄米ご飯を食べ、ケールのジュースを飲んだ。また、それまで圧力釜がなければ炊けなかった玄米を、炊飯器で炊けるようにした商品をミツハシライスが開発したんです。そこで家でもこの玄米を食べるようにしました。身体が慣れていないんでしょう、最初の3カ月くらいは、なんだかダルいんです。でもそれを過ぎると、疲れなくなり、痩せてきた。健康食品の効果を実感しましたね。それで“自分と自分の家族が安心して食べられられるものを出す”というコンセプトが固まったのです」

 ちなみに、ナチュラルローソンを語るうえで「玄米」は欠かせないキーワードである。玄米100%の弁当、寿司、おにぎりを置くべく、弁当工場に掛け合い、ナチュラルローソンのためだけに作ってもらった。第一号店には“カウンターフード”として玄米ご飯も提供。店員が炊飯器から玄米をよそい販売していた。店内で焼いたパンが売りの現在のナチュラルローソンとは、また違った健康アプローチだ。

「焼きたてパンを始めたのは、2005年にオープンした元麻布ヒルズ内の店舗からでした。正確には看板はローソンで、中身はナチュラルという店なのですが……。さすがに朝はパンとコーヒーがいいだろうという訳で、店舗で簡単に焼けるパンの仕組みを考え、挽きたてのオーガニックコーヒーと共に提供することにしたのです。ですからカウンターコーヒーのはしりはナチュラルローソンでは、と思っています」


■成功と失敗


 計画当初はローソンを店名に出さない案もあったが、怪しげな健康食品店と思われる恐れもあり「ナチュラルローソン」に決まった。おなじみのバーガンディーレッドのイメージカラーも設立当時から。「“自然”と聞いて思い浮かぶ人が多い緑色も候補だったのでした。バーガンディにした結果、無印良品と似ている、と色んな人からいわれました」と小坂氏は苦笑するが、このひとひねりが現在までつづくブランドのアピールに一役買っていると私は思う。店舗デザインなどを含めてブランディングを担当した乃村工藝社の慧眼が光る。現在、一部の商品では“分かりにくいPBパッケージ”で炎上を招いたnendoデザインのナチュラルローソンの新ロゴが使われてしまっているが……。

 こうして準備を進めたナチュラルローソンの第一号店が「自由ケ丘2丁目」店だったのは先述のとおり。2001年7月10日の開業予定だったが、仏滅を理由に一日ずらし、「まったく意図せず」(小坂氏)に“セブンイレブンの日”にオープンすることになった。

 第一号店の店内は、現在のナチュラルローソンとはまた異なる光景だった。たとえば、今、スーパーマーケットのOKストアが売り場に掲げる「オネスト(正直)カード」に似た商品説明を商品棚に掲示。“この野菜には中に虫がいるかもしれません”“カップ麺の食べ過ぎには注意。わかめと一緒にたべて撮り過ぎた塩分を排出しましょう”といったコメントを見せ、顧客とコミュニケーションをはかった。

 第一号店にはジュースバーもあった。野菜や果物をその場でミキサーにかけ提供するというスタイルで、まさにいまセブン-イレブンが取り組んでいる「スムージー」に近いものだ。そしてジュースを店内で飲んでもらうためにイートインカウンターを設置、それも当時は本や雑誌を置くことが当たり前だった窓ガラスの通り面に作った。いまのイートインスペースの先駆けである(“ヒノキの香りを出す装置”も置いたそうだが、これは一号店で止めたそう)。

 もっとも、すべてが思惑どおりにはいかなかった。商品の多くは1店舗のために仕入れるため、在庫コントロールに苦慮。客単価にしても、当時の平均「スーパー4000円」と「コンビニ600円」の真ん中あたりをナチュラルローソンは狙っていたが、これも大きく予想は外れた。

「お客様の男女比率が『4対6』という予想はあたりました。が、それ以外はすべてアテが外れましたね。嬉しい誤算もありましたよ。ボトルの『ふりかけごま』が1日10本も売れたり、ジュースバーも1日200杯売れて、機械が壊れてしまったりしました。1号店は主婦層の多いエリアを狙ったのですが、2号店は働く人たちをターゲットにした西新橋の店舗でした。この西新橋の店ではカップサラダ、そして総菜が売れましたね。普通のローソンとは同一商品ではありませんが、『ひじきの煮物』はおよそ2000あった関東のローソンの全店舗の合計より、西新橋のナチュラルローソンが1店の売りあげが勝ちましたから」

 3店舗目は世田谷区・九品仏の店舗。第一号店はこの店舗に近く、店内面積が小さく品揃えに限界があったことから、開店から2年半ほどで閉めることになった。なお九品仏の店舗は現存する。


■現在は「美」路線も


 いま、普通のローソンでも「ナチュラルローソン」印のPB商品は取り扱いがあるため、ブランドの認知度は高い。だが店舗そのものは140店とそれほど多くはなく、しかも東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県の1都3県内に留まる。

 05年には関西に進出したこともある。03年からローソンの社長に就任した新浪剛史氏の方針だった。生鮮野菜など普通のローソンが扱わない商品を置くナチュラルローソンの場合、新規エリアに出店するとなると、改めて流通経路や仕入れ先を開拓しなければならない。ゆえに「ナチュラルローソンをまたゼロから立ち上げるようなものだった」と小坂氏は苦労を振り返る。だが、関西には30店舗ほどを展開しただけで、07年には完全撤退してしまう。良くも悪くも客側の“意識の高さ”が求められるナチュラルローソンの場合、出店地域によってはまったく受け入れられないであろうことは想像がつく。

 そもそも小坂氏は「設立当初のナチュラルローソンは、ビジネスとしては厳しいものでしたね」という。

「幅広いお客様に向けたコンビニではなく、コンセプトとして掲げる“安心安全健康”に共感していただくお客様に来て頂ければそれでいい、とある種割り切ってしまっていたところがありました。でもそれはお客様を限定してしまっていることでもある。ですから徐々に方針も変わっていきましたね」

 小坂氏は異動により、08年秋にナチュラルローソン事業からは離れることになる。小坂氏のいうとおり、その後ナチュラルローソンの方向性は“修正”され、現在の形は「女性」を意識した、美と健康の路線にシフトしている。

 数年ほど前に低糖質ダイエットのブームを追い風にヒットした「ブランパン」も、ナチュラルローソン印のPB商品だった。その一方、ライバルコンビニが、健康を意識した別ブランドを立ち上げるも軌道に乗らずに撤退した例もある。ナチュラルローソンの成功は、他社に先駆け「健康コンビニ」ブランドを確立できていたためだろう。そしてその背景には、小坂氏ら設立メンバーの並々ならぬ想いと情熱があったわけである。

 ちなみに社内コンペは事業化して収益が出れば、特別ボーナスが発案者に贈られるとの話だった。“ご褒美”はもらえたのか小坂氏に尋ねると、

「貰えるわけないじゃないですか……」

 との答えだった。

渡辺広明(わたなべ・ひろあき)
流通アナリスト。株式会社ローソンに22年間勤務し、店長、スーパーバイザー、バイヤーなどを経験。現在は商品開発・営業・マーケティング・顧問・コンサル業務など幅広く活動中。フジテレビ『FNN Live News α』レギュラーコメンテーター、デイリースポーツ紙にて「最新流通論」を連載中。

デイリー新潮取材班編集

2021年7月29日 掲載

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