アパホテル社長、吼える「東京五輪後もうちは拡大路線!」

アパホテル社長、吼える「東京五輪後もうちは拡大路線!」

「私は強運」とも語った

 ここ10年ほどで雨後の筍のように出現し続けた「アパホテル」。いま、国内だけで500軒近くもあるという。しかしながら、急拡大には軋みがつきもの。特に、東京五輪後にはホテル業界は冷え込むともっぱらだが、そのあたりは大丈夫なのか。

 ホテル業界がいま恐れているのは“祭のあと”。山高ければ谷深しで、東京五輪後のホテルは閑古鳥が鳴き、遠くない将来、淘汰がはじまる――。だが、“アパ社長”こと元谷芙美子さん(71)は言い切った。

「私たちにとってはピンチではなくチャンスです!」

 これまで通り、拡大路線を継続するという。

「業界は危機感を抱いているのかもしれませんが、五輪後、オーバーホテル現象によって経営に行き詰まったホテルが出てくれば、買収で拡大するチャンスとも考えております」

 オーバーホテル現象とは、客室の供給過多のこと。

「土地や建物が安くなるタイミングがあれば買わせていただき、シェアを拡大していく。エリアでのシェアを大きくできれば、知名度もそれだけ上がってお客さんも集まりますので、いわゆる“ドミナント戦略”を展開していきます。五輪後、危機を迎える可能性があるのは私たちチェーンホテルではなく、1軒もしくは2軒という規模で経営しているホテルでしょう」

 ドミナント戦略を噛み砕くと、特定の地域内に集中してホテルを出す、となる。この、アパホテル社長の自信はどこからくるのか。


■アクセス第一主義


 転換期がある。

「2007年に耐震強度問題に巻き込まれたことで、銀行から借入金の返済を迫られました。このとき、事業用地を売却し、マンション建設の運転資金として借り入れていた分を前倒しで返済した結果、借金を減らすことができたのです」

 そして翌年のリーマンショックをきっかけに、

「都心の地価が大暴落し、資金繰りが苦しくなった企業が一気に土地を手放すようになりました。マンションの販売代金が入ってきたこともあり、皇居を中心とした都心3区の一等地をすべてキャッシュで買っていきました」

 それが、うまくいった。

「いまはその土地のうえに、プロジェクト融資という形で銀行からお金を借りてホテルを建てています。建てればすぐ収益が上がってきますから、手元に何十億かキャッシュがあれば、それを回してどんどん建てることができるのです」

 これが拡大路線のカラクリだ。そして、もう一つ。

「うちはアクセス第一主義。角地や整形地などには、こだわりません。敷地面積が広く確保でき、駅からアクセスがよければ購入します。もとは不動産売買からはじまった会社なので、変形地や矮小地でも、ご満足いただけるホテルを建てる自信とノウハウがあります」

 ノウハウと言えば、

「いまでは業界で当たり前になっている温水洗浄便座や無料Wi−Fi、自動チェックイン機もうちが先駆けだったんですよ。最近では、部屋の稼働率を上げるために日帰りプランの見直しや、自動でチェックアウト処理ができるシステムの導入など、さらに効率的な運営に取り組んでいます」

 前進あるのみ、で駆け抜けてきたアパ社長。90歳まで現役! と公言している。

「週刊新潮」2019年5月2・9日号 掲載

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