小路明善(アサヒグループホールディングス株式会社代表取締役社長兼CEO)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

 この4年ほどの間に、ヨーロッパとオーストラリアで次々ビール会社を買収し、一気にグローバル企業となったアサヒグループホールディングス。いまや社員の半数以上が外国籍だが、そうした会社をこれからどう舵取りしていくのか。目指すは「グローカル経営」だという。

佐藤 日韓関係の悪化を受け、韓国で大規模な日本製品の不買運動が続いています。アサヒビールはいかがですか。

小路 大打撃を受けています。韓国は、スーパードライの売り上げが日本以外で一番大きなエリアでした。8年連続で輸入ビールナンバー1でしたが、そのポジションを維持するのは難しいとみています。

佐藤 そこまできていますか。

小路 これまでも関係の悪化ということはあっても、消費者の生活レベルでは日本製品は受け入れられていた。

佐藤 従来はそうでしたね。

小路 非常に深刻な状況です。ただ先日来日された李洛淵首相が、日本と韓国の1500年の歴史の中で不幸な歴史は50年しかないと言っていました。それを考えると、これからの1500年は私たちが築いていかなければならないわけです。国と国とのことですので、民間企業としてはいかんともし難いですが、そういう視点で私たちも考えています。

佐藤 これを与件として捉えておられるわけですね。

小路 ええ。今は耐え忍ぶしかないと思っています。ただ、8年連続ナンバー1になっただけのお客様がいてくださったわけですから、日韓関係の回復の兆しが見えたらまた力を入れていきたい。

佐藤 生活レベル、特に食のレベルでは、定着しているものは戻ってくると思いますよ。

小路 韓国経済が疲弊していることを考えると、経済交流、外交も含めて、どこかの時点で再度強い絆を作り上げていかなければならないと思っています。

佐藤 そこで私が懸念しているのは、今はまったく予期せぬ形のカントリーリスクが出てきていることです。ユニクロの広告の問題を見ても、98歳の白人女性が13歳の黒人少女から「私の年の頃にはどんな服を着ていたの」と聞かれて「忘れたわ」というだけの広告が、慰安婦について覚えていない、日本企業のユニクロが、過去を忘却せよというプロパガンダ(宣伝)を展開していることになってしまって、中小企業大臣まで国会で発言するに至った。ユニクロにとっては青天の霹靂だったと思います。

小路 そうでしょうね。私も韓国でここまで不買運動が大きくなるとは、全く予測できなかった。

佐藤 外務省も首相官邸も予測していなかったと思いますよ。

小路 最近よくVUCAの時代だと言われますね。変動性、不確実性、複雑性、曖昧性の英語の頭文字を取ったものですが、私たち民間企業を取り巻く環境も、昨年あたりからVUCAが非常に強く感じられるようになりました。少し前にはトランプ大統領の当選やブレグジットなどがありましたが、ますます予測困難な時代になってきている。

佐藤 そこにSNSの影響が加わると、さらに予測しにくくなります。

小路 この予測困難な時代にあって、企業という船をどう目的地に持っていくのか、これがここ数年の経営者に求められることだと思います。もちろんVUCAの時代にもチャンスはある。ただチャンスとリスクが混在していて、どこに何が潜んでいるか見えにくい。ではどうするのか。私はまず、多様な経営陣によってチャンスとリスクを見極めていこうと考えています。例えば、国際事情に詳しい多様な人材を集める。財務といってもグローバル財務に詳しい人、法務もグローバルな法務に精通している人物を登用する。そうした多様な人材を集め、多角的な視点からこれから起こり得る事象、あるいは変化の兆しを見てとって、私たちにとってそれがチャンスなのかリスクなのかを見極めていく。

佐藤 人材における多様性はますます重要になりますね。

小路 ただ多様性を持たせると、どうしても意思決定のスピードが遅くなります。ずっとチャンスとリスクを分析していたら、船は止まってしまう。チャンスに向けての安全な航路を見つけ、巡航速度を落とさずにいくには、私たちトップの“直観力”が非常に大事です。その直観力には観察眼と感性が前提となりますが、それによって、意思決定のスピード化と最適化ができるのではないかと考えています。

佐藤 直観力という言葉で思い出した人がいます。19世紀初めにフリードリヒ・シュライエルマッハーという神学者がいました。彼はプロイセン王お付きの牧師で、ベルリン大学の教授も務めていたのですが、宗教の本質は直観と感情だと言った。

小路 ほう。

佐藤 直観をベースに神学を組み替えたんです。以前なら神は天上、空の上にいました。でもガリレオ、コペルニクスが登場してからは、上とか下という世界像や宇宙像がなくなった。では神はどこにいるかと言えば、心の中にいると。そしてその神をとらえることができるのは直観だいうのがシュライエルマッハーの考え方です。だから直観は、近代になるときのキーワードだったんですよ。

■経験値が通用しなくなる


小路 これからは経営陣だけでなく、企業人に求められる資質も変わってきます。VUCAの時代には、経験値が通用しなくなる。これまでは前から弾が飛んできたら、衝立(ついたて)を前におけばよかった。

佐藤 雨が降ったら傘を差した。

小路 でも弾が横から飛んでくる、雨が横から吹き付けてくるなら、これまでの衝立や傘は役に立たない。今は前例踏襲主義が通用しなくなってきています。だから、まず自ら考えて、自らが前例になるようなことができる人材が必要になってくる。

佐藤 考えてみると、スーパードライはまさにそういう発想で生まれた商品ですよね。

小路 そうです。弊社は、スーパードライで百八十度、社内風土、企業規模、経営方針、経営ビジョンが変わった会社です。1987年、今から32年前に販売を始めましたが、その前の経営者、商品開発部門はもう打つ手がなくなっていた。

佐藤 当時はキリン一強でした。

小路 キリンさんのラガービールはシェアが半数以上あって、私たちはキリンさんの味にどう近づけるか、ということばかりやっていたんですね。でもあるマーケッターが、結局キリンさんの味に近づけたって、キリンさんを飲めばいいのであって、アサヒを飲む理由にはならない、もうちょっとベースの部分、消費者のニーズや食生活の変化を調べてみようと言い出した。それで色々な調査を重ねてみたんです。その結果、トップブランドの物まねではなくて、独自商品にチャレンジしていこうとなった。

佐藤 綿密な調査があったんですね。

小路 ええ。5千人に試飲調査をしました。もう社運をかけていましたので。

佐藤 その頃、アサヒは「夕日ビール」なんて呼ばれていたんですよね。

小路 ええ。たぶんスーパードライがうまくいっていなければ、アサヒという会社は単独で存続するのが難しかったのではないかと思います。大衆消費財、日用消費財は、シェアが10%を切ると見向きもされなくなってしまいますから。

佐藤 10%というボーダーラインがある。

小路 10%が生き残りの損益分岐点と言われています。そうなったら例えば10店に1店です。置いてあっても目立たないし、他では棚から消える。結局、企業として存続が難しくなっていきます。弊社はそのラインを一時的に切りました。そんな中で、今申し上げた考え方をベースにスーパードライを出して、爆発的な人気を博していったんです。

佐藤 日本の食生活にもマッチしました。

小路 日本の食事が洋風化して、重いビールよりはさっぱりしたビールが好まれるようになっていた。街ではイタリア料理店が増え、ファミリーレストランやファーストフードがどこにもあり、家庭でも食事が洋風化していました。また、若い人から見ると、当時のビールはおじさんの飲むもので魅力がないということもわかりました。だから食事に合う、キリッとした苦味を抑えたビール、それも若者にカッコよく飲んでもらうビールということをコンセプトに銀ラベルのスーパードライを作った。

佐藤 若い人たちから広がっていったんですね。

小路 ええ、若い人がターゲットでした。50、60代の人たちは、既存ビール以外は受け付けないという頑なさがあった。当時のCMには国際ジャーナリストの落合信彦さんに出ていただき、グローバルにアクティブに活躍する方が飲むというイメージを作り出した。

佐藤 まさに前例のないところに前例を作った商品だったわけですね。


■桃太郎集団になる


小路 そうした前例を自ら作る資質とともに重要なのは、異文化や異能を受け入れられることです。先ほど多様な経営陣という話をしましたが、そこからはいろいろな意見が出てきます。弊社は2016年から2017年にかけて欧州のビール会社を1兆2千億円で買収し、今年は豪州のビール会社をこれも1兆2千億円の巨費を投じて買収することを発表しました。今、社員の半数以上が外国籍です。だから日本とは違う文化を受け入れ、異能異文化を消化して自分の力にしていかなければならない。別の言い方をすると、同質的な金太郎飴集団ではなくて、桃太郎集団になるということです。

佐藤 それは面白いですね。イヌ、キジ、サルは、それぞれ異能の持ち主で、しかもイヌとサルは仲が悪いし、キジとサルも仲が悪い。それを桃太郎はきびだんご程度の報酬で鬼ヶ島まで連れていった。その点から見ると、これはリーダーシップの話でもありますね。

小路 育った文化、価値観が違う人たちを一つにまとめてあげられるのは、桃太郎型のリーダーでしょうね。サル、キジ、イヌのように違った能力を持つ人材を集めて、それをマネジメントしていく。それがないと、VUCAの時代は生き残れない。

佐藤 チームリーダーなど比較的小さな単位、軍隊で言えば下士官クラスに、桃太郎が何人もいると、その組織は強くなるでしょうね。

小路 その上で、企業には価値を生み出す人材が必要です。価値には二つあります。ファンクショナル・バリューとエモーショナル・バリューで、それぞれ物性・機能的価値と情緒的価値ですね。最高品質で安全安心なビールをお届けするというのは、ファンクショナル・バリューです。一方、モノは一緒だけれど、何かこっちの方がカッコいい、自分のライフスタイルに必要だな、と思うような共感、共鳴、感動などを生じさせるものがエモーショナル・バリューです。これからは常にエモーショナル・バリューを生み出していくことが必要になります。

佐藤 実際にはどんな商品になるんですか。

小路 例えばスーパードライブランドで、今年から小瓶で直飲みすることを提案しています。これは、小瓶という商品形態と、スーパードライより苦味や渋みを抑えてすっきりとした味わいにしたエクステンション(拡張)商品で、「スーパードライ・ザ・クール」と名付けました。ファンクショナル・バリューという点では従来のスーパードライと大きく変わっていない。でも小瓶でスポーツバーやパブで直飲みすると、グラスや缶で飲むのとは口当たりが違って、一種の異文化が体験できる。これがエモーショナル・バリューです。

佐藤 ロシアでも直飲みすることがあります。ロシア語では「乳首から飲む」って言いますね。

小路 はははは、そうですか。

佐藤 直飲みは人間の原点というか本能的な何かに触れて、まさにエモーショナルかもしれない。

小路 こうした提案ができる人が必要なんです。それともう一つ私が重視しているのは、非凡な努力ができる人です。努力ができるのは唯一人間だけです。私はただ能力の高い低いでは人を採用しません。非凡な努力ができるかどうかを見る。私の頭には、成果は「能力×努力+外的要因」という図式があります。非凡な努力があれば成果は何倍にも膨らむと考えています。

佐藤 その掛け算は非常に面白いです。私も教えてる学生たちに、勉強は「合理的計画×集中力×学習時間」だと言っています。集中力と学習時間が努力ですね。

小路 さらに言えば、非凡な努力をすることが自分の能力を引き上げることもある。

佐藤 そもそも会社には、社員の能力を引き上げてくれるところがありますからね。

小路 その通りです。


■グローカル経営へ


佐藤 ただそこでちょっと心配なのは、働き方改革のことです。将来の幹部要員や専門職になる人の勤務時間も9時5時で一律にしてしまったら、必要なスキルが本当に身につくのか。外務省時代の経験から言うと、若手の研修生は1日に6〜7時間の超勤をしないと仕事が覚えられません。語学研修なら、1日15〜16時間くらいはロシア語漬けで、それを2年間やってやっと駆け出しです。ある程度客観的な基準があるんです。

小路 国は働き方改革と呼んでいますが、私は働き方満足度をどう高めるか、という問題として捉えています。改革って言葉は少し大げさな気もします。

佐藤 今がダメってことですから。

小路 そう、決して今がダメなわけではない。もっとポジティブに考えて発信していかないといけない。問題は社員一人ひとりの働き方満足度をどう高めるかで、その施策や環境を会社が作っていけばいい。一日の仕事が終わった時、自分で満足度の高い仕事ができたかどうかが次の仕事のエネルギーにつながる。そこを考えていけばいいんです。

佐藤 働くとは、仕事によって満足を得て、自分の可能性を実現していくことです。それを時間とかで切ってしまうのではちょっと方向が違うんじゃないかと思う。それは労働者が一律の仕事をしているというプロレタリアート的な発想です。

小路 同感です。一律的、画一的ですよね。社員を機械みたいに扱っている印象があります。私は、社員には自由度を高めて仕事をしてもらいたいと思っていて、グループの各事業会社は、フレックス、スーパーフレックス、テレワーク(在宅勤務)、電話会議、テレビ会議、スカイプを使った会議、シェアオフィスと、ありとあらゆる制度を導入しています。それらを利用してワークとライフのバランスをとってもらう。実際に私もテレワークをしています。たぶん1部上場企業で月に1度テレワークをする社長は私くらいじゃないかな。

佐藤 それは驚きました。

小路 豪州での買収交渉も私は自宅から電話会議に参加しました。そうした制度は、まず自分から活用してみようと思っていますし、経営陣にも奨励しています。

佐藤 上司が率先してやらないと、部下はやれませんからね。外務省でもそうでした。国会待機の際、担当以外は帰れと言っても課長が頑張っていると深夜まで帰れない。だから優れた課長は18時半に帰った。

小路 経営者がテレワークできないようでは、会社全体の風土は変わりませんよ。

佐藤 最後に小路さんの今後の方針をお聞かせください。

小路 私はこれからの時代は「グローカル」でやっていかなければいけないと思っています。グローバルとローカルを融合させた造語ですが、「Think Globally, Act Locally」(グローバルに考え、ローカルに行動せよ)です。

佐藤 昔、大分県の平松守彦知事が一村一品運動をやるときに強調されていた言葉ですね。

小路 そうです。私はマーケットはグローバルだと思っていますが、私の経営はグローバルではなく、グローカル経営です。買収したチェコやイタリア、オランダ、ハンガリー、豪州などの会社は、ある意味でローカルなビジネスなんです。

佐藤 そもそもビールは、土地の水やそこで育つ穀物とも結びついていますからね。根本にはローカルな部分がある。

小路 そうした商品だからこそ、グローバルとローカルをどう融合させていくかが大事です。これまでアサヒビールは、日本の国内事情を日本人がマーケティングしてビールを作ってきました。でも国内人口は減り、ダウントレンドが十数年続いている。その一方でマーケットはボーダレス化しています。もう日本国内だけでビール事業をしている理由がありません。だから全世界をマーケットにしてスーパードライなどを販売していきますが、その際、世界のビール事業会社から学び、いいところは日本に落とし込む。逆に、欧州にも豪州にも日本のノウハウをどんどんつぎ込んでいく。そうしてグローカルな企業になっていかないといけないと思います。

佐藤 日本の1人当たりGDPも2011年が最高で、その後は減っていますからね。

小路 グローカルを目指すのは、私たち民間企業だけの話ではないと思います。人口減は国にとっても同じだし、これから海外からの労働者を受け入れて、社会が多様化していくのも間違いない。だから海外の知識も文化も、いいところはどんどん受け入れていかなければならない。そうして日本全体がグローカルになっていくべきではないでしょうか。

小路明善(こうじあきよし) アサヒグループホールディングス株式会社代表取締役社長兼CEO
1951年長野県生まれ。青山学院大学法学部卒。75年アサヒビール入社。東京、仙台支店勤務後、80年から10年間、労組専従に。その後アサヒ飲料常務、アサヒビール社長などを経て2016年よりアサヒグループホールディングス社長兼COO、18年からは社長兼CEOに就任。

「週刊新潮」2019年11月28日号 掲載

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