元自衛官の採用図る/社会保険労務士法人片境事務所 代表社員 片境 一暁

元自衛官の採用図る/社会保険労務士法人片境事務所 代表社員 片境 一暁

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 2022年はコロナ禍が収束し、明日はもっといい日になる、働き方改革もますます進むだろうと思っていた。ところが2月、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まったのである。まさかこのような戦争が21世紀に起こると思っていなかったため、正直いって驚いたが、自分の今までの経験は社会保険労務士としての「有事」において活用できるか? 今一度、考えてみた。

 最初の職業は陸上自衛官。6カ月の新隊員教育を受けて部隊配属となったが、所属していた部隊の当時の中隊長は、服務指導方針として「自分がやられて嫌だったことは後輩にしてはならん」と、いっておられた。1994年のことなので、今にして思えば、パワーハラスメントという言葉もない時代にパワハラ予防をしていたわけである。

 除隊後はパリへ渡ってフランス外国人部隊に志願するも不採用となり、次は冒険旅行家になった。といっても仕事ではない。自分の目で世界をみたくてアフリカに渡ったのである。

 アフリカではコンゴ共和国への入国後、スパイ容疑で拘束されてしまった。とにかくワイロの要求がすごかった。

 そして、国境の村から首都まで連行されたが、拘束費や移動費が自分持ち。首都に到着した後に最初に向かったのはなぜか中央郵便局だった。ここで長期間遅配となっていた国境勤務員の全員分の給料を受領するのである。スパイ容疑も解け、ようやく理解した。金融インフラが未熟なため、だれかが交通費自腹で首都まで現金給与を取りに行かなければならないのである。ワイロは給料日までの生活費なのだ。

 冒険終了後は社労士試験の受験生を12年間やって2015年に合格、2018年に法人を創業した。

 創業直後の有事は、創業時メンバーの仲が悪く、社内が内戦状態に陥ったことである。猿も木から落ちる。「社労士なのだから人事のプロである」と自意識過剰だったのだ。そして、社内が落ち着いたかと思えばコロナ禍となり、働き方改革より非常時対応を優先し、夜通し雇用調整助成金の申請に取り組んだのである。

 創業後は平時より有事のほうが多かったが、最近ようやく軌道に乗ってきたと感じる。

 経営理念に掲げる風通しの良い職場を作るべく、求人を自衛隊に出している。毎年数千人の除隊者がいるのである。この人材の宝庫はデジタル化されていないため求人票は紙だが、元自衛官を積極的に採用したい。

 夢はアフリカ諸国に年金制度を輸出することである。

社会保険労務士法人片境事務所 代表社員 片境 一暁【富山】

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