「経済安保法」で中国・ロシアに勝てるのか? 専門家が2つの「弱点」指摘...「情報保護の甘さ」「自由経済の強み失う」

岸田政権の看板政策の1つ「経済安全保障推進法」(経済安保法)が2022年5月11日、成立した。

中国への対抗を想定してつくられ、ロシアへの対応も意識されている。それだけに、新聞各紙も一定の評価を下す論調が多いが、「情報セキュリティ」の面で大事な箇所が抜け落ちた、と指摘する専門家が少なくない。

また、エコノミストの中には「国家資本主義」の流れに乗り、企業の自由な活動が委縮するのでは、という指摘もある。いったい、どういうことか?

■規制対象があいまい...「政府が恣意的に決める」恐れも

報道をまとめると、経済安全保障推進法は、次の4本柱で構成されている。それぞれの内容、狙いや課題を整理すると――。

【重要物資の供給網を強化】
(内容)半導体、医薬品など国民生活や経済活動に不可欠な物資を、政府が「特定重要物資」に指定、国内調達を財政支援。企業には、調達先や備蓄状況を政府に報告させる。
(課題)政府は「特定重要物資」の対象を「相当絞り込む」とするものの、具体的には不明だ。指定作業は、国会審議を経ずに、政府による「政省令」で決まる。経済界には指定されることに期待がある一方、「政府が恣意的に決める」ことに不安の声も。

【基盤インフラ企業の設備を国が事前審査】
(内容)電気、ガス、石油、鉄道など14業種の企業で、新たに導入する設備・システムを政府が事前審査。サイバーセキュリティの体制などを確認するためだ。企業が協力しなかったりすると、2年以下の懲役などの罰則。
(課題)対象企業は「真に必要なものに絞る」とするものの、具体的には不明。政府が過度に介入すれば、手続きが煩雑になり、企業の負担が増えて自由な経済活動が阻害される恐れも。

サプライチェーン強化のカギを握るコンテナ船

【先端技術を官民協力で推進】
(内容)AI(人口知能)、量子コンピューターなどの研究開発で官民協力を深める。経済安保基金の活用や、政府系シンクタンクの情報提供で、企業を支援。参加者には守秘義務があり、違反すると1年以下の懲役などの罰則。
(課題)AI、量子コンピューターなどの研究は軍事技術と結びつきやすく、「用途の線引きが難しい」との懸念も。

【国の安全に関わる特許を非公開に】
(内容)核や武器開発に転用される恐れがある技術は、特許情報を非公開にする制度を導入。違反すると2年以下の懲役などの罰則。
(課題)政府は、産業への影響を考慮して対象の発明を「十分絞り込む」としているが、具体的には不明。

いわば、「アメとムチ」で政府が企業活動に関与を深める内容だ。ただ、規制や支援の対象があいまいで、法律成立後に政省令で定める項目が138か所もある。経済同友会の桜田謙悟代表幹事は5月11日の記者会見で、「規制の対象範囲を明確にし、裁量によって適用範囲が拡大する余地を排除すべきだ」と注文した。

■情報担当者の「身体検査」が外された理由は?

それはともかく、欧米諸国では整備されていた「経済安全保障」が初めて法制化されたとあって、5月12日付主要新聞の社説は「経済安保の法的枠組みを整えたのは一歩前進」(日本経済新聞社説)、「官民の連携で産業と技術守れ」(読売新聞社説)などと評価する論調が目立った。

「特定重要物資」半導体は多くの部品の「命」だが...(写真はイメージ)

ただし、一番の問題点は機密情報制度の取り扱い資格である「セキュリティ・クリアランス(適格性評価)」の導入を見送ったことだ、と指摘するメディアが少なくない。

セキュリティ・クリアランスとは、政府などの機密情報を取り扱う職員に対して、その適格性を確認する制度。組織内でのポジションが上がり、機密度が高い情報に接する頻度が高まるにつれ、家族や交友関係などを徹底的に身辺調査する。いわゆる「身体検査」で、欧米では一般的に行われている。

今回、見送った背景について、ロイター通信(5月11日付)「アングル:機密資格見送り、経済安保法の成立優先 参院選後の焦点に」では、「(セキュリティ・クリアランスは)個人情報保護の観点から慎重論も根強い」としたうえで、政府与党には2013年に強行採決して成立した特定秘密保護法の苦い教訓がある、と指摘する。当時、成立後も市民の間で抗議活動が続いた。

この記事によると、ロイター通信の取材に応じた与党関係者は「特定の人を排除するという見方や、特定秘密保護法のときのように秘密が増えるのではという懸念が生じる可能性を鑑み、今回は導入を見送った」と説明した。

■資源やモノに焦点置かれ、データ保護の項目ない

しかし、日本にセキュリティ・クリアランス制度がないため、国際学会に出られない研究者も少なくないのが現状だという。

ヤフーニュースのヤフコメ欄で、拓殖大学国際学部の佐藤丙午教授(安全保障)はこう述べている。

「日本にセキュリティ・クリアランス制度が『限定的』にしか導入されていないことは、日本の研究者が国際共同研究などに参加する際の大きな障害になっていた。(中略)共同研究などを行う場合にクリアランスのレベルを聞かれることがあり、『持っていない』と答えると、ビックリされ、その後共同研究の話が立ち消えになることも珍しくなかった」
「人権問題と絡めて批判する意見も多いが、その状況を諸外国の研究者に説明すると必ず、日本はクリアランス制度を誤解している、と言われる。クリアランス制度は、安全保障上の機微な情報(技術情報を含む)の特定と、その保護措置、そしてそれに対するアクセス権のレベルの設定、の3段階ある。アクセス権の希望は研究者等の意思次第であり、無理に求める必要はないのである」

経済安全保障法の弱点はサイバー攻撃からどう守るか(写真はイメージ)

今回の経済安保法の弱点の1つは、クリアランス制度の見送りを含めた情報保護の面だと専門家は指摘する。日本経済新聞(5月12日付)の取材に応じた日本大学の小谷賢教授(国際政治)は

「(今回入らなかったセキュリティ・クリアランスについて)民間企業でも導入の是非を巡り足並みがそろわない。ウクライナの状況を見ても情報インフラの確保は重要だ。企業の理解を進めるためにも国が主導する必要がある」

と指摘している。

同じく日本経済新聞(5月12日付)の取材に応じた慶応義塾大学の土屋大洋教授(サイバー・セキュリティ)もこう語った。

「今回成立した経済安保法は資源やモノに焦点が置かれており、データ保護の項目がない。国際競争が激しくなるなか、データは本当の戦略物資になる。産業ノウハウなどの替えが効かないものをサイバー攻撃から守る仕組みの構築を課題に据えてほしい」

■中国の国家資本主義に対抗するため、自由経済を捨てる?

経済安全保障法を成立させた岸田文雄首相

一方、経済安保法全体をエコノミストはどう見ているのか。国家資本主義に近づき、政府の過度の介入によって企業の活動が委縮してしまう恐れがある、と指摘するのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。

木内氏のリポート「経済安全保障推進法成立へ。企業活動への過剰関与のリスクも」(5月11日付)では、「基幹インフラへの国による事前審査」と「国民生活に不可欠な特定重要物資の指定」の2点に問題点があるとした。1点目の「国による事前審査」は――。

「(14業種の)企業が重要なシステムを導入する際、設備の概要や部品、維持・管理の委託先などの計画を、主務大臣に届け出ることが義務づけられる。(違反した場合)『2年以下の懲役か100万円以下の罰金』が科される」

「(企業にとって)気候変動リスクへの対応と同様に、いずれ取引先企業の『特定重要設備』をチェックするように求められるようになる可能性も考えられる。そうなれば、大企業あるいは大手銀行の負担は一層高まることが避けられない。また、中小・零細企業も対応を迫られる。それらは企業の収益を圧迫することも考えられるところだ」

経済安全保障法が自由経済を委縮させなければよいが(日本経済団体連合会会館)

2点目の「特定重要物資の指定」には、国家資本主義的になり、市場主義の強みを失うリスクもあると警告する。

「日本の経済安全保障政策は、米国その他先進諸国と協力して、中国を封じ込める戦略の一翼を担うものだ。国家が経済活動に深く関与する国家資本主義の中国と競争するため、市場主義の先進各国の政府が、民間企業の活動への関与を強める方向にあるのが現状だ。これは、先進国が国家資本主義に接近していく流れとも見える」

「その過程では、企業の自由な競争、活動が様々なイノベーション、生産性向上を生み出すという市場主義の強みが失われてしまう恐れがあるのではないか。多くの罰則が適用される(中略)ため、企業が過剰に活動を控えてしまう恐れもある。企業の自由な活動を極力制約しないよう、対象範囲をできるだけ限定することが必要だ」

そう求めている。

(福田和郎)

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