安倍元首相に振り回された岸田政権初の「骨太の方針」の舞台裏

岸田文雄政権は2022年6月7日の臨時閣議で、「経済財政運営と改革の基本指針(骨太の方針)」を閣議決定した。岸田政権下では初の骨太の方針で、看板政策である「新しい資本主義」の内容などを反映させた。

ただ、5月末に示された原案と比べると財政健全化に向けた取り組みは後退し、代わって防衛費の拡大など財政出動色が強まった。この間、激しく動いたのは政権を手放してからもなお影響力を残す「ある人物」だ。

■財政健全化目標はトーンダウン、歳出拡大の記述は追加

「君はアベノミクスを否定するつもりか」

5月中旬、安倍晋三元首相は、岸田氏直轄の自民党財政健全化推進本部の事務局長を務めている自派の越智隆雄元内閣府副大臣に電話をかけ、強烈な不満をぶつけた。

アベノミクスの根幹は、機動的な財政出動と大規模な金融緩和で、日本経済を支えることにある。しかし、財政出動の拡大は政府の財政悪化を加速させ、大規模な金融緩和は足元の円安・ドル高を引き起こし「物価高の一因」と批判を集めている。

安倍氏の狙いは財政健全化を重視する議員が集まる同推進本部に圧力をかけ、岸田氏にアベノミクスの継続を宣言させることにあった。

効果はてきめんだった。

政府は5月末に骨太の方針原案を示したが、従来からの財政健全化への政府の基本方針となってきたプライマリーバランス(国と地方の基礎的財政収支=PB)について、毎年書き込まれてきた「2025年度に黒字化させる」の表現が丸々抜け落ちた。

岸田首相の意向も踏まえ、「財政健全化の旗を下ろさず、これまでの財政健全化目標に取り組む」との間接的な表現だけは何とか残った。

逆に、歳出拡大に向けた記述が加わった。「重要な政策の選択肢をせばめることがあってはならない」との表現は、安倍氏の意向を受けたもので、夏以降に本格化する2023年度当初予算の編成作業をにらんで書き込まれた。

「PB目標を盾に歳出を絞ろうとする政府・財務省をけん制するためだ」

安倍氏を支持する積極財政派の自民党議員の一人はこう解説する。

歳出拡大の象徴が防衛費だ。岸田首相も、安倍氏らの意向をにらみ、これについては積極姿勢を見てきていた。5月下旬の日米首脳会談で、防衛費の「相当な増額」を表明。ロシアのウクライナ侵攻を受け、日本も一定の責任を果たす覚悟をアピールした。

ただ、関係者によると首相は当初、積み増しの規模や時期などに触れるつもりはなかったようだ。連立を組む公明党は防衛費の拡大に慎重論が強いうえ、世論の反応を見極める必要があると見ていたためだ。

■安倍氏への配慮明らか「5年以内に防衛力抜本強化」と明記

だが、安倍氏はこれにも?みついた。安倍派の会合などで政府に踏み込んだ対応を繰り返し要請。抗しきれなくなった首相は最終的に、骨太の方針で、防衛力を「5年以内に抜本的に強化する」と明記した。

具体的にどれだけ増やすかに関しても、骨太の方針原案では、北大西洋条約機構(NATO)諸国が国内総生産(GDP)の2%以上の国防予算確保を掲げていることを、注釈として紹介していた。しかし、出来上がった方針は、この記述を本文に「昇格」させた。安倍氏への配慮なのは明らかだ。

骨太の方針の閣議決定の翌日、大手新聞各紙はいずれも1面で大々的に伝えたものの、「防衛力強化」「財政出動拡大」など「安倍案件」の見出しばかりが踊った。首相が力を入れる「新しい資本主義」は完全に主役の座を奪われた形だ。

「6月22日公示の日程で参院選の準備が進む中、安倍氏と対立して自民党内が混乱すれば、野党を利するだけだ」

首相に近い関係者はこう釈明したものの、岸田政権初の骨太の方針が安倍氏の思惑通りの内容になった事実は疑いようがない。(ジャーナリスト 白井俊郎)

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