「数字に強い」より「カラ元気」がいい――鈴木敏夫が語る「これからのプロデューサー論」

「数字に強い」より「カラ元気」がいい――鈴木敏夫が語る「これからのプロデューサー論」

鈴木敏夫さん ©石川啓次/文藝春秋

「日本にはプロデューサーがいない」

 長年、アジアにおける日本企業の活動を見てきた日本総合研究所の大泉啓一郎さんは、痛切にそう感じている。少子高齢化で国内市場が縮んでいるいま、「伸びざかりのアジアの活力を取り込もう」と、官民あげてアジアの市場開拓に取り組んでいるが、成功しているとは言いがたい。

 なぜか。幕末における薩長連合のような性格の異なる組織を束ねるプロデューサーが、いまの日本にはいないからだ。そう考えた大泉さんは、数かずの優れた作品を生みだし、それを世界へ送り出してきたスタジオジブリ、そのプロデューサーを務める鈴木敏夫さんを訪ねた。

 プロデューサーとして集団をまとめる秘訣はなんですか?

◆◆◆

■日本が「貿易大国」でない事実

鈴木 こうやってお話するのは初めてですが、これまで大泉さんがお書きになった、アジアの少子高齢化を指摘した『老いてゆくアジア』や、アジアの大都市に注目した『消費するアジア』、どちらもおもしろくて大きな衝撃を受けました。色いろな人に推薦しましたよ。

大泉 ありがとうございます。今回、出版した 『新貿易立国論』 では、日本企業を主語にして、低迷する日本経済が復活するための処方箋を考えてみました。

鈴木 処方箋があるのですか? ないですよね。

大泉 ないものを書いたのです(笑)。ただ、それを語る前に、押さえていただきたい点が3つあります。

 1つは「日本はもはや貿易大国ではない」ということです。80年代、人口では世界の3%しかない日本が、貿易では世界の10%ぐらいを占めていました。それが今、4%ぐらいのシェアに落ち込んでいる。

鈴木 そんなに落ちているのですか。

■貿易の主役は新興国・途上国

大泉 ええ。シェアだけではなく、金額も減っています。この事実をまず認識しなければいけません。どうしても日本人の意識の中には、「我われは貿易大国だ。TPPをうまくやれば経済も何とかなる」という思い込みがある。でも、そうした状況ではないのです。

鈴木 ニュースでは「貿易黒字に戻った」と言っていますが……。

大泉 それは輸入が減ったからです。東日本大震災で原発の運転が停止したため、天然ガスの輸入が急増し、日本は貿易赤字に転落しました。その輸入が落ち着いたので黒字には戻りましたが、黒字幅は震災前の半分です。

 では、なぜ日本の貿易はふるわないのか。じつは日本だけではなく、いずれの先進国も輸出低迷に苦しんでいる。これは新興国・途上国の経済が台頭してきた影響を受けているからです。これが皆さんに認識していただきたい2番目の点です。

 2000年の時点では、世界の人口の2割しかない先進国が、輸出入など経済の8割を占めていました。逆にいえば、8割の人口を持つ新興国・途上国は世界経済の2割しかなかった。これが教科書でも習った「南北問題」です。

 ところが、先進国と新興国・途上国との格差が急速に縮小しており、いま先進国のシェアは6割ぐらい。このペースでいくと、2030年ごろに先進国と新興国・途上国のシェアが逆転します。ですから「南北問題」は終わる。

鈴木 意外と時間がかかるのですね。もっと早いと思っていました。

大泉 金額的な規模については、そう予測されています。ただ実質的には、もっと早いかもしれません。生産技術のデジタル化が進み、新興国・途上国でも先進国と同じ製品が出来るようになっています。だから「輸出も輸入も主役は新興国・途上国」という時代は、鈴木さんがおっしゃるように、もっと早く来るかもしれません。

■アジアに行く人には「向こうのほうが上だよ」

鈴木 そうですか。私自身、以前はアジアに足を踏み入れることが少なかったのですけど、ここ4、5年はタイやインドネシアなどに行く機会が増えました。周囲にも、アジアの方々とビジネスで付き合う人たちが増えてきています。

 そういう人たちに私は、「向こうのほうが上だよ」と、いつもアドバイスするのですが、受け入れる人は少ないですね。下請けだと思って付き合っている人は、たいてい失敗している。

大泉 そうなのです。日本をアジアの上に置いた「日本とアジア」という考え方から抜けられない人が少なくない。

 というのも、ほんの十数年前まで、日本のGDPは中国、韓国、台湾、香港、ASEAN10ヶ国すべての合計よりも大きかった。それが2006年には東アジア諸国・地域に追い抜かれ、2010年には中国が単独で日本を追い抜いた。いまや東アジア諸国・地域のGDPは日本の3倍以上、あと4、5年したら4〜5倍になると予想されています。

 ですから、押さえて頂きたい点の3番目は、「日本とアジア」ではなく、「アジアの中の日本」と考えなければいけない、ということです。日本もアジアの一部であるという意識が必要なのです。

鈴木 日本人はみんな勘違いしているんだ。

大泉 ええ、過去の栄光は忘れないといけません。

 そこで私が考えた戦略は、新興国が強くなっているのなら、その勢いを利用すればいい、というものです。

鈴木 ズルいですね(笑)。

大泉 そう(笑)。ASEANには日本の工場が集まっている工業地帯がありますが、その規模は中国にある工場群よりも大きい。だからASEANで生産して中国などへ輸出すればいい。これが「Made by Japan戦略」です。

■Made by Japan戦略とは

鈴木 「in」じゃなくて「by」。

大泉 ええ。ASEANで日本企業が生産するのが「Made by Japan」。では、日本国内で生産する「Made in Japan」はもうダメなのか、といえば、そうではない。

 というのも、ここ数年で社会が大きく変わったからです。社会のデジタル化が進み、情報の格差がなくなった。これによって「Made in Japan」の製品が、もう一度、売れる可能性が出てきました。

 このデジタル化は、じつは日本よりアジアのほうが進んでおり、100人あたりの携帯電話の契約数は日本よりカンボジアのほうが多い。その携帯の多くが、中国製の、高性能だけど安いスマホです。この2、3年、スマホがアジア全域で普及しています。

鈴木 スマホで写真も動画も見られる。

大泉 そうです。スマホは新しいショッピング・ツールなんですよ。

 このデジタル化によってビジネスモデルが大きく変わりました。具体的にいえばEコマース(電子商取引)です。私は5年ほど前から愛媛県で、「愛媛のミカンをアフリカに売ろう」と提唱してきましたが、実際にやるとなると、国外Eコマースのインフラが整う前は大変でした。

 まずJAに話を持ち込んで、そのうえ現地のジェトロ(経済産業省の外郭団体)の協力がいる。実際に売るとなると、ミカンを箱詰めして現地へ送り、検疫を通す。そこまでやって、ようやく、ねじり鉢巻きをしてアフリカで売ることができる。売るためには語学も少しは勉強する必要がありますしね。

 それがいまや、FacebookやTwitterなどで現地の有名人が「オイシイね」とつぶやけば、あっという間に国外Eコマースで売れる時代です。

鈴木 すごい時代になりましたよね。

■いくつもの製品をシステムとして一括で売る

大泉 そうなんですよ。ただ、世界へ売るためには「ストーリー」が必要です。

 愛媛のミカンには、瀬戸内海の温暖な気候の中で、誠実な農家のお父さん、お母さんが丹精こめて育てて……というストーリーがある。同じようにストーリーを持っている産品は日本の中に多くあるけど、その強みをまとめて、きちんとビジネスにするプロデューサー役がいないのです。

 これは工業製品も同じで、とくに海外で日本企業が活動する「Made by Japan戦略」では、プロデューサーの不在がより大きな問題になってくる。

 このところ、製品を単独で売るのではなく、いくつもの製品をシステムとして組んで、一括で売る、という動きが増えてきました。政府が旗をふっている鉄道などのインフラ輸出などが典型です。

 となると、いろんな企業をコンソーシアム(企業集団)として組織して、各社の利害を調整した上で、ビジネスにつなげるプロデューサーが必要です。ところが、その役を担える人材がいない。以前は商社が担っていましたが、いまは商社のビジネスモデルが変わってしまったので、各社をつなげるコーディネーターはいても、プロデューサーがいません。だから上手くいかない。

 そこで鈴木さんに、プロデューサーの機能は何なのか、どうすれば成功するのか、そこをお聞きしたいと思いました。

■計算できる人は上手くいかない

鈴木 いやぁ、せっかく来ていただいたのに申し訳ないのですが、プロデューサーの機能や役割といったことは普段、考えていません。それを言語化したり、理論化することは意識的に避けています。

 映画という小さな世界では、おかげさまで日本国内では多くのお客様に観ていただきましたし、世界へ進出して、評価していただくという幸運に恵まれました。

 でも、自分の過去の仕事をまとめるようになったら、途端に保守的になって、失敗が始まる。そう思っています。とにかく過去をふりかえらない。すべて忘れる。

大泉 忘れることが大事だ、と。

鈴木 ええ。常に、「いま、ここで何をすべきか」を考える。これがうまくいく秘訣だと本能的に感じているのでしょう。

 ふりかえってみても、過去には良いことばかりあったわけではありませんから、後悔することになる。一方で先のことも考えない。未来は憂えるものですよね、とくに頭のいい人たちにとっては。失敗するケースをいくつも想定できますから。

 過去を後悔したり、未来を憂えていたら、現在、目の前にある問題に、うまく対処できませんよ。

大泉 それが、プロデューサーとして成功なさってきた理由なのでしょうね。

鈴木 これまで私が見てきたプロデューサーや経営者の中で、成功した方々には一つの特徴があります。それは「計算ができない」ということ。

 過去を整理整頓できる、未来を展望できる。これは計算ができる人のすることです。こうした計算のできる人は、実際の行動には移さない。

 でも、計算のできない人は無茶を言う。それが経営の最も大事な部分かな、と思います。

 映画の世界でご説明しましょう。高畑勲や宮崎駿は、お金をつかう名人なんですよ。

 2013年に公開された宮崎駿の『風立ちぬ』と高畑勲の『かぐや姫の物語』では、これまでの経験から、あわせて100億円ほどの製作費がかかることが予想できました。日本映画は平均して1本1億円で製作されているのに。

大泉 たいへんな数字ですね。

■自分には編集長が向いていないのかな

鈴木 ですから経済合理性にもとづいて考えると、誰がどうみても上手くいかない。でも、そうした状況を突破するためには、経済合理性に押しこめるのが不可能な場所に自分をおいてみるしかないのです。

大泉 とはいえ、鈴木さんご自身は数字にとても強いとうかがっています。

鈴木 そうなんですよ。自分で言うのもなんですが、数字を覚えることは得意です。

 私が徳間書店で「アニメージュ」という雑誌の編集長を務めていたときは、「珍しく数字に強い編集長だ」と言われていました。雑誌の編集長で数字に強い人はいませんから、逆に「自分には編集長が向いていないのかな」と思ったほどです。

 ただ、プロデューサーとしては、自分がもっている「数字に強い」という能力に自分でフタをします。その能力を仕事に活かしたら保守的になって、絶対にうまくいきません。猪突猛進でやるしかないのです。

大泉 どなたか数字面でサポートしている方がいるのではないですか? ホンダの創業者、本田宗一郎を、名経営者の藤沢武夫が支えたように。その方が予算の策定や、工程管理などを細かくやっておられるとか。

鈴木 必要なときは私が一人二役をやりますが、世の中に作品を送り出すときは、数字をすべて横に置きます。

■「金のことは口にするな。いいものができねえぞ」

大泉 数字に強いと、いろんな要素をコントロールできますよね。

鈴木 でも、未来のことがみえると、踏みだせなくなるんです。

大泉 製作費が100億、ポスター何十万枚のコストがいくら、上映される映画館が何軒だから、何人はいってチケット収入がいくらで……と、細かい数字を積み上げていかないと、裏付けのない数字が独り歩きするバブルになりませんか?

鈴木 たしかに、その危険性はあります。それを念頭におきつつも、一方で、数字は横に置く。

 そう考えるようになったのは、徳間書店に入社したとき、社長の徳間康快に言われた言葉の影響が大きかった。

「編集者たるもの、金のことは口にするな。いいものができねえぞ」

 この言葉は非常に勉強になりましたね。徳間さんは、お金のことを口にした編集者は怒鳴りつけていましたよ。

 もっとも、それが後に、当時、1000億円以上とも報じられた、出版社としては史上最大の赤字につながるわけです。出版社は一般的に60〜80億円の赤字が出た段階で倒産するから、けた外れの額ですよ。これは数字のことを考えていたら絶対にできないことです。

大泉 そうですね。

■根拠なくてもすごいカラ元気の社長

鈴木 ただ、後世にのこしたものは大きかった。チャン・イーモウという中国の映画監督をご存じですか。『紅いコーリャン』や『菊豆』といった作品で知られ、1980年代に国際的な評価を得るようになった、中国映画界「第五世代」の代表格です。

 そのチャン・イーモウ監督が私に向かって、こう言ったことがあります。

「徳間さんがいなければ、いまの私にはなっていません。本当にありがとうございます」

 彼に限らず、第五世代の監督たちに映画を撮らせたのは徳間なのです。「お前ら、映画をつくれ。カネは俺が出してやる」と。その彼らが世界の映画祭で続々と賞を獲得して、高い評価を得た。

 で、そのお金がどこにあったのかといえば、銀行にあった(笑)。

大泉 銀行からの融資を、当時は無名だった中国人映画監督につぎ込んでいたのですか。

鈴木 銀行から融資を引き出すのは天才的でしたよ。でも、それだけではないのです。

 徳間は神奈川県に古くからある逗子開成学園の立て直しに成功したこともあります。この学校は徳間の母校なのですが、一時期、低迷していました。そこで理事長兼校長となった徳間は、いきなり「目標は東大合格、50人をめざせ!」と宣言した。その数に根拠などありませんよ。でも、このカラ元気がすごい。結局、進学校として復活しました。

 とても真似はできませんけど、号令は大事だな、と勉強になりました。

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#2に続く

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すずき・としお
1948(昭和23)年、愛知県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。徳間書店に入社、「アニメージュ」編集長などを経て、スタジオジブリに移籍、映画プロデューサーとなる。スタジオジブリ代表取締役プロデューサー。著書に『映画道楽』『仕事道楽 スタジオジブリの現場』『風に吹かれて』など。

おおいずみ・けいいちろう
1963年(昭和38年)、大阪府生まれ。1988年 京都大学大学院農学研究科修士課程を修了。2012年、京都大学博士(地域研究)。現在は日本総合研究所調査部の上席主任研究員として、アジアの人口変化と経済発展、アジアの都市化と経済社会問題、アジアの経済統合・イノベーションなどの調査・研究に取り組む。アジア全体の高齢化をいち早く指摘した『老いてゆくアジア』(中公新書)は大きな注目を集めた。著書は他にアジアの巨大都市に着目した『消費するアジア』(中公新書)などがある。東京大学大学院経済学研究科非常勤講師(アジア経済論)も務める。

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(「文春オンライン」編集部)

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