楠木建の「仕事のお悩み」一刀両断!

楠木建の「仕事のお悩み」一刀両断!

楠木建さん 八重洲ブックセンターにて ©山元茂樹/文藝春秋

「この仕事、自分に向いているんだろうか」「どうしたら頭の固い上司にうまく話を通せるのだろう」……競争戦略の第一人者として知られる一橋大学・楠木建教授が新著『 すべては「好き嫌い」から始まる 』の刊行を記念して、ビジネスパーソンたちからの様々な問いにガチで答えるトークイベントを開催。あなたの悩みがふっと消えるかも!?

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■20代・男性の悩み「嫌いではない仕事なら続けるべきか?」

司会(以下――) 今日はお忙しい中、沢山の方々にお集まりいただきありがとうございます。本日は参加者の方々から事前に募ったご質問、リアルな悩みを楠木先生にぶつけていきたいと思います。まずは20代の方からのご質問です。

「自分は入社以来、財務部門を経て、経営企画に異動となり、それなりに順調なキャリアを歩んでいるなと思っています。しかし、これが本当にやりたいことなのか、自分でも判別がつきません。先生は以前、『若い人の場合、好きなことよりも嫌いなことのほうがはっきり分かりやすいので、とりあえず嫌いなことだけはするな』と言っていたように思うのですが、経営企画の仕事は財務より“嫌いではない”ことなので、このまま続けていて大丈夫なんでしょうか」。

楠木 人間ができることというのは、数も、時間も限られています。もし分身の術が使えたら、朝起きたら3つに分身して、「私は営業」「私は経営企画」「私は他の業界」で働き、夜、家に帰ってきて、みんなで「どうだった?」と話し合う……。これができたら話は早いんですが、人間はそんなに実経験を持てませんよね(笑)。つまり、実経験では同時に比較できない。これが人間の割とうまくできているところだと思います。

 僕は、経験していない何かと比較して、良いの悪いのと考えるのはあまり意味がないと考えています。ですから、今、経営企画のお仕事をなさっていて、朝起きて「よーし、今日も行くぞ」と思えるならば、実はその仕事を好きなのではないでしょうか。問題は、そこで「凝る」ことができるかどうか。「凝る」というのは、「努力している」とか「頑張っている」のとはちょっと違った種類ののめり込み方をすることです。「凝る」ことができるかどうか、それがそのことが本当に好きかどうかの分かれ目だと思います。

■48歳・男性の悩み「遅いスタートになってしまった自分への焦り」

――同じような悩みで、こんな質問も来ています。「私は本当にやりたいことを見つけるのに時間がかかり、48歳の今からやっと自分の本質をビジネスで表現しようと考えていますが、この歳でまだ“つぼみ状態”の自分に焦りを感じます。遅いスタートから自分らしい仕事を構築する時に必要な視点を教えてください」。

楠木 「自分が好きなことは何なのか」というのは、終わりがない問いかけで、いつまでたっても本当のところは分かりません。ただ、それに日々近づいていくというのが生きていくことの面白さなんですよね。その辺にエイジングの醍醐味があるのではないでしょうか。歳を取ると、髪が減ったり体重が増えたり良くないこともありますが、僕はトータルで見ると「ビバ!エイジング」だと思っているんです。遅咲き、早咲きなんてあまり関係ない。それに、寿命が伸びた今、「80歳まで仕事をするぞ」と思う人にとっては40代後半でも遅くはないでしょう。お話しぶりですと、長いことお仕事をなさろうと考えておられるようですし、全然遅くないスタートではないでしょうか。

 昨今は、50代前半で早期退職をして新しいビジネスを始めたり、60歳になってからセカンドキャリアで新しい働き方を探る人も増えました。そういう方からご相談されると、私はいつも「好きなようにしてください」と答えています。

「仕事ではなにより好き嫌いが大切だ」とお伝えすると、時々相田みつを系の話と誤解されるんですね(笑)。「あなたはあなたのままでいいんですよ」「ナンバーワンよりオンリーワン」「人間だもの」みたいなソフトな話に誤解されるんですが、僕はそういう考え方は全く持っていません。注文がないことや金を払ってもらえないことは「仕事」として成立していない。新しい試みやセカンドキャリアが「仕事」になるかどうかは、自分ではなくて客が決めることです。若い人はそういう局面で傷ついたりするかもしれませんが、ある程度年齢を重ねた成熟した方であれば、やってみて注文が来ないようだったら「これは違うな」とお分かりになると思います。

 私も趣味でバンドをやっていますが、ライブをやってもお客が来ないんですよね。その理由は明確で、価値がないから(笑)。うちのバンドは純粋に趣味だから、こっちが気持ち良くなるためにお客さまを必要としている。だから我々はライブに来てくれる数少ないお客さまを「犠牲者の方々」と呼んでいます(笑)。とりあえずやってみれば顧客なり市場が「仕事」として成立するのかを判定してくれると思います。

■20代の悩み「資格取得のためにやりたくない勉強をするべきか?」

――次のご質問は20代の方からです。「先生がご指摘されている好きなこと、つまり内発的な動機付けにのみ努力することは非常に納得できる反面、自分の中の逃げにつながる可能性もあるのではないでしょうか。実際私は今、証券アナリストの資格を取得しようと考えていますが、何となく興味があるというところに加え、獲得したらキャリア上有利になるという打算的な理由もあります。でも数学と努力が苦手な私としては、その勉強はやる前から苦痛です。こういう場面でも、好き嫌いで判断することは有効なのでしょうか」。

楠木 資格を取るとか勉強してみるというのはあくまでも入口なので、「何となく」という動機でほとんどの人が始めていて、結果的に好きになったらそれはそれでいいことだと思います。ただ「やらなきゃ、やらなきゃ」と思いつつも気が向かないものなら、この先好きになることはたぶんないでしょう。まずは1年やってみて「楽しくないな」と思ったらやめて次のことに取り組む――そう期間を区切ってみたらいいと思います。僕だったらそうします。

■40代の質問・「今の学生と20年前の学生に違いはあるのか?」

――40代の方からの質問です。「今の学生と20年前の学生との違い、新入社員と接する方法、新入社員から得ることで相乗効果を得る方法、働き方改革といったものに、今すごくスポットが当たっている気がしますが、どう感じていらっしゃいますか」。

楠木 僕は「人間はそう簡単には変わらないものだ」という前提を持っています。時代とともに変わることがあったとしても、世代の間のバリエーションよりも、1人1人のバリエーションのほうがはるかに大きいと考えています。昭和的な若者もいっぱいいるでしょうし、昭和生まれでも「あいつ、すっごい令和だな」という人もいる(笑)。もちろん世代的な傾向はあるにせよ、ものごとを世代論で説明するのはあまり意味がないと思っています。

 若い部下の育て方がわからないという話もよく聞きますが、少し叱られたくらいで会社を辞めちゃう人は、昔からいたんですよ。若いからといって打たれ弱いとか、今の若者は人間として集団的に質が違うといったことはないのでは。今は、労働市場の流動性が昔よりはるかに高いので、ちょっと嫌になると「あっちの仕事のほうがいいかな」と辞めていく傾向はありますが、それは労働市場の変化の反映であって、個々人の持っているパーソナリティとはまた別の話だと思います。

■若者の不満「新しいことをやろうとすると上司が邪魔をする」

――一方で、若い方からはこんな不満も来ています。「新しいことをやろうとするために、現状維持バイアスを持つ上司が阻害因子になることが多々あります。よい切り抜け方を何か教えていただけないでしょうか」。

楠木 今のご質問をされている方の職業が私企業であるとすれば、話は非常に単純です。「こうやったらもっと儲かりますよ」という話に対して「やめておけ」という人はあまりいませんよね。その新しい企画がいかに成果に結び付くのかということを上司に分からせていくというのが一番早い道です。もしもあなたの直属の上司が現場の成果を上げることを阻害しているようであれば、その人はさらに上の上司に叱責されるんじゃないでしょうか。これが僕の所属している大学みたいな非営利の組織ですとなかなか厄介なんですが、企業の場合だと、目的がはっきりしていてずっとやりやすいと思います。

■フェイクニュ−スを見極める力をつける方法

――ここからはメディアリテラシーにかんする質問です。「怪しい情報が溢れる今、正しい情報か否かを見極める力を養うために、おすすめの方法があれば教えてください」。

楠木 昔と比べると情報の流通のコストが著しく下がっているので、人間が触れる情報の量は自然と飛躍的に増えました。一方で、人間の脳の処理能力というのは、ここ何千年も全く変わっていないので、当然1つ1つの情報に注がれる注意の量は減るわけです。現実的にできることは2つあります。

 1つは、入ってくる情報の量を意識して減らすこと。もしかしたら良い情報を遮断してしまうかもしれないけれど、四の五の言わず「情報量を減らす」。それが、情報に対する注意量を強制的に回復する1つの方法です。それからもう1つは、信頼できる「情報の推薦者」を持つこと。たとえば、本でいえば書評家ですね。信頼できる書評家をひとつ持っていると、ものすごく良いスクリーニング装置になる。Amazonのレビューなんて全く意味がありません。あれは、何の責任もない匿名の素人がその時の気分で書いたものですから。やはり新聞の書評とか、自分の名前を出してプロとしてやっている読み手の中から、「この人の推薦する本はいいよな」と思える人を見つけることです。僕の場合は、フランス文学者の鹿島茂さんの書評を参考にしています。鹿島さんは、お亡くなりになった方も含めてプロの書いた書評を全部アーカイブ化して見られるようにしていこうと、「ALL REVIEWS」というサイトを始められました。本選びについていえば、このサイトは非常に価値があると思います。

■母親からの質問「小さな子どもがいろんな情報に触れること」

――お子さんのいる女性からはこんなご質問も。「未成年とか小さい子どももいろんな情報に触れることができる世の中になってきました。これは自分の子どもには触れてほしくないなと思う情報がある一方で、好き嫌いを押し付けるのも良くないという思いもあります。先生は、子どもたちがいろんな情報に触れることについてどうお考えでしょうか」。

楠木 僕はかなり自由にやらせるほうです。というのは、今みたいにスマホやパソコンがあると、どんなにこちらが抑制しても情報に触れちゃいますよね。抑制や規制という考え方がそもそも有効じゃないのかなと思っています。ですから、「こういうものにはあまり触れないほうがいいんじゃないの?」と思った時には、理由を説明するようにします。僕はかなりいい加減な性格ですけど、子育てにおいて「自分のことを棚に上げないように」だけはしてきました。時々自分のことは棚に上げて、聖人君子のように子どもに対して言う人がいますが、僕はそういうことは好きじゃない。それは長期的に見て、うまくいかないのではないかと考えています。だいたい自分はそんなに立派な人間じゃない。結局は子どもに見透かされますから。自分が子どもだったときのことを考えても、子どもというのは基本的にろくでもないことを考えたりやったりするものです。それはもう仕方がない。滑った転んだの中で学んでいくしかないんですね。最初からなにか制限しようとするよりも、基本的には子どもの判断に任せて、悪いことをやったら事後的な対処をするようにしていました。

■こだわりのノート「ほぼ日手帳」と「超重要ノート」

――情報の整理にかんしていうと、「先生のこだわりのノートや筆記用具について教えてほしい」という質問も来ています。

楠木 昔はスケジュール帳と、アイデアなどを書くノートと2冊持ち歩いていたんですが、今はA5サイズくらいの「ほぼ日手帳」1冊だけです。日々の予定はもちろん、メモを書き込めるスペースも多いので、この手帳1冊で済みます。筆記具は、スケジュールのパートは予定が変更することもあるので、消せるボールペンを使っていますが、ノートのパートは万年筆で書きます。万年筆で書くとあとから読みやすいんですよね。それとは別に、僕が「超重要ノート」と呼んでいるノートがあります。それは、深く込み入った考えを言語化したり、図式化したりするノートで、持ち歩かずに職場のデスクの上に置いてあります。これは僕の所有物の中で最も大切なものです。

――メモの取り方のコツについてはいかがでしょうか。

楠木 初めにキーワードだけをバーッと書いていき、後で書き足していきます。頭の回転のほうが文字を書く手のスピードよりも速いので、頭に追いつくためには断片的な単語しか書けないんですよ。とにかく単純に「忘れてしまわないように書く」というだけです。大きな字で、後から読みやすく、早くメモを取ることが重要です。

■50代の質問「どうしたらメタ認知力を上げられる?」

――50代の方からのご質問です。「楠木先生はものごとを分析するさいの“メタ認知力”が素晴らしいと思っているのですが、どうやったら向上するのでしょうか」。

楠木 メタ認知力をどういう意味でおっしゃっているのか分かりませんが(笑)、それは言語的抽象化の作業に近いことだと思います。本にも書きましたが、自分の中の好き嫌いを明確にするうえで、私的な感覚を精緻に言語で突き詰めていくんです。たとえば僕はスポーツが嫌いです。みんなが楽しいというスポーツを自分はなぜ嫌いなんだろうと腑分けしていくと、「事前にルールが設定されている」ということに行きつく。しかも得点や記録といった数値が示されるから、当然、競争になる。こういう定量的・客観的な数字で互いの優劣を競うこと、つまり「ゲームによる競争」が自分は嫌いだと分かってくる。一方、自分が大好きな音楽には事前のルールがない……といったように抽象化していく作業は本能的に楽しいことです。少し時間的なゆとりがないとしにくいことかもしれませんが。

 実はこれは生活上、仕事や世の中をみるときも実利の大きな方法です。ある選択を前にしたとき、個別の断片に見えることでも自分の中で抽象化ができると、ものすごく実用的です。素早く本質的な判断ができるようになるからです。抽象化というのは言語化ですから、先程いったようにメモを取ることはもちろん助けとなります。

■20代・結婚に迷う男性の質問「結婚の決め手は?」

――なるほど。人生における究極の選択といえば「結婚」ですが、20代の男性からこんな質問が来ています。「現在付き合っている女性と結婚したいとは思っていますが、いまいち決め手がありません。まさに結婚とは好き嫌いで決めるものだとは思うのですが、先生は何を決め手に結婚されましたか?」。

〈会場爆笑〉

楠木 「決め手」というのをどういう意味でおっしゃっているのかがポイントで、容姿や性格で点数をつけて「この人は76点、この人は82点、まだ90点の人がいるんじゃないか」なんていう感覚なら、一生結婚できないでしょうね(笑)。そもそも結婚に「決め手」なんてないので、探しても無駄です。結婚とはものすごく事後性が強く、「誰と結婚するか」よりも「結婚した人とどういう生活を送るか」によって、その成功・失敗が大きく変わってくるんです。とりあえず結婚してみて、その後自分が「この人と結婚したという意思決定をより良くする」ように生活するほうが手っ取り早いんじゃないでしょうか。これは仕事にもそのまま当てはまる要素が大きいと思います。まるで牧師のようなことを申しましたが、僕自身は結婚生活で大切なものは3つ、「我慢・忍耐・耐え忍ぶ心」をモットーにやってまいりました(笑)。

■未婚女性の不満「結婚していない女は欠陥があると言われる」

――結婚に関して、女性の方からこんなお悩みも来ていました。「結婚イコール正義なのでしょうか。『結婚していない女は欠陥がある』と周りに言われて、仕事をして自立した生活を送ってきたのに気持ちがふさぎます」。

楠木 「結婚は正義だ」と言う人は、ごく個人的な経験に基づく思い込みが激しい人、もしくはよほど結婚生活が不幸で「自分みたいなやつを増やしてやれ」と思っている人でしょうね。全く気にする必要はありません。結婚なんてしたいと思えばすればいいし、気が向かなかったらする必要はないし、やってみてダメだったらやめればいい、その程度のこと。結婚=正義だなんて世迷言です。僕が苦手な「良し悪し族」は、個人の好き嫌いの問題でしかないような世間の出来事について、「ここがおかしい」「だから日本はダメなんだ」などと声高に主張しています。

 たとえば、氷山の海の上に出ている部分が「良し悪し」だとすると、その海の下には見えないけれども個人の「好き嫌い」が大きく広がっている。世の中には「良し悪し族」と「好き嫌い族」がいて、「良し悪し族」は水面上に出ている部分が多ければ多いほど良い社会だと考えて、様々なルールを設定したりして、一生懸命氷山を上に持ち上げようとします。一方、僕も含めた「好き嫌い族」は、「各々が自分の好き嫌いで仕事や生活をしていけばいいじゃない」と思うわけです。自由で平和なんですね。いまの社会は「良し悪し族」が優勢で、デカい面をしています。このことが気になって、僕は今回の『すべては「好き嫌い」から始まる』という本を書いたというわけです。

 僕の考えは、「マクロには平和、ミクロには健康」。この2つさえあれば、あとは自分の好きなようにやっていいんじゃないか」というものです(笑)。戦争が起きた場合や健康が害された場合は、もう好きも嫌いもへったくれもないですが、それ以外は大抵「好き嫌い」の問題です。自分の「好き嫌い」で考えれば、ほぼ全ての問題は解決すると思っています。自分の中の「好き嫌い」を言語で抽象化して研ぎ澄ませていく。仕事にしても生活にしても、それが最強の「自由になる技法」だと信じています。

――本日のトークイベントはここまでにしたいと思います。ありがとうございました。

楠木 建(くすのき・けん)

一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻(ICS)教授。1964年、東京生まれ。89年、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授、同大イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専門は競争戦略。『ストーリーとしての競争戦略』が20万部超のベストセラーとなる。他の著書に『「好き嫌い」と才能』『好きなようにしてください』『戦略読書日記』などがある。

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(「文春オンライン」編集部)

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