「積替えステーション」に「ビール列車」……鉄道貨物輸送の「埋もれたニーズ」とは?

「積替えステーション」に「ビール列車」……鉄道貨物輸送の「埋もれたニーズ」とは?

JR貨物の真貝康一社長 ©文藝春秋

 トラックドライバーの減少という労働力の面と、二酸化炭素排出量の少なさという環境面という二つの社会問題を背景に復活の狼煙を上げたJR貨物(日本貨物鉄道株式会社)。

 昨年社長に就任した真貝康一氏は、元銀行マンだ。日本興業銀行で実績を積んだのち、長崎の大型テーマパーク「ハウステンボス」の常務として出向、12年前にJR貨物に移籍してきた。経営資源を構成する「ヒト(ハウステンボス)」「モノ(JR貨物)」「カネ(興銀)」のすべての要素に、事業の対象として関わることになった真貝社長に、鉄道貨物への思いを聞いた。

■銀行員、ハウステンボス……様々な経験から生まれた経営軸

――長く銀行に勤めていた経験が、いま活かされていると感じることはありますか。

 真貝 直接これがということはあまりないですね(笑)。JR貨物に来て12年になりますが、いまだに社員のみんなに育ててもらっている、という感じです。

 私のいた日本興業銀行は、長く日本の基幹産業の大企業をお取引先としてきた銀行で、私は化学や非鉄金属などの業種、あるいは公共法人などの営業を担当してきました。企業審査として、まず一番見極めなければいけないことは、経営者だということは若い頃から叩き込まれました。また、1988年にできた虎ノ門支店のオープニングスタッフとなるのですが、ここは興銀として初めて、ビルの1階ではなく、5階に開設した貸付専門の「空中店舗」でした。ここで中堅中小企業の経営者と数多く付き合うことができ、学ぶことも多くありました。

 特に、「“リスクゼロ”の経営では企業は伸びない」ということは、その頃に身についたと思います。リスクを取りながら利益を追求していくのが経営の在り方だ、という考えは、自分が経営者になった今も大切にしています。

――その後ハウステンボスに出向し、常務も経験しました。

 真貝 ハウステンボスは再建のために行ったのですが、バブル時代に作られたこともあって、リスクを取り過ぎていました。東京や大阪なら事業性はあると思いますが、長崎で数千億円の投資でテーマパークを作るのは無理があり過ぎました。ただ、金融機関の多額な債権放棄により今でも地域社会に大きな貢献をしている。そうしたところを見てきた経験は、経営をしていく判断として活きているとは思います。

 JR貨物もリスクを取っていかなければならない、という点は同じです。ただこれまではその資金的な余裕がなかなかなかった。いまは連結で100億円、キャッシュフローでいえば250億円が常時出るようになったわけですから、それをどんなところに投資していくべきなのかをよく考えなければならない。上場をきちんと見通せるよう、注力すべき分野を優先順位をつけて見定めていく必要を感じています。

 新しいブランド・メッセージを「挑戦、そして変革」とし、「JR貨物グループ中期経営計画2023」で鉄道事業を基軸とした総合物流グループの進化や新技術導入・新規事業展開を打ち出したのも、そのような考えに沿ったものです。

■「企業として安全はすべての基盤である」

――どんなところに鉄道事業の難しさを感じますか。

 真貝 当たり前のことですが、「安全」への意識が頭を離れることがない、ということかもしれません。銀行員が送金ミスをしたとしても、それで人の命が奪われることはない。しかし、運輸事業者が安全上のミスをしたら取り返しのつかないことになります。

 1985年に起きた日航機の墜落事故では、興銀の社員が2人犠牲になりました。当時私は組合執行部の専従として対応に当たったこともあって、なぜあのような事故が起きたか、あの時のことを忘れることができません。「企業として安全はすべての基盤である」と口うるさく言っています。

■貨物列車のある情景が私にとっての原風景

――個人的に鉄道との接点はありますか。

 真貝 私は秋田の生まれで、いまの秋田貨物駅(当時は八幡田信号場、のちに秋田操車場)の近くで育ちました。自宅にいれば貨物列車の音が聞こえてくるようなところで、友達にも国鉄職員の子がいました。

 そう考えると、貨物列車のある情景が私にとっての原風景と言えるかもしれません。両親が新潟出身なので、墓参などでよく羽越本線を利用しました。列車の車窓から眺めた日本海に沈む夕日は、いまも強く印象に残っています。両親も私も「日本海側」の人間なので、それだけに東京や都市部への人口集中で何がおきるのか、を憂慮する思いが強いのかもしれない。

 物流という仕事に携わりながら、心のどこかに「東京ばかりが便利になっていいのか……」という思いがあるのも事実です。地方の人たちの生活を豊かにするためにも、鉄道貨物が果たすべき役割を考え、その仕事を進めていきたいですね。

■「ベテランから若手へ」鉄道を支える、技術を受け継ぐ仕組み

――そういった国鉄時代に採用された社員の定年が進み、ほぼ「JR世代」に入れ替わる時期を迎えています。

 真貝 ベテランの技術は今後も重要な戦力であり、国鉄世代の定年再雇用後の人事制度や給与体系の抜本的な見直し、休日数を選べるシフト制なども導入しました。一方では、若い社員の定着率を高める取り組みを進めています。たとえば支社の採用者が、その人の事情に合わせて別の支社への転属や担当する区間の変更、運転士であれば乗務できる機関車の形式を増やすなど、時代に合った働き方ができる労働環境の整備に取り組んでいます。

 鉄道貨物の世界には、世代間で技術を伝承していく仕組みがあって、たとえ中間層がいなくても「ベテランから若手へ」と技術は確実に伝わっていく風土があります。国鉄世代の技術をJR世代が確実に受け継いで、安全運行に取り組んでいく、という姿勢は今後も変わりません。

■運転士によるリレー方式……輸送体系が確立された鉄道貨物

――乗務員の手配には「全国区」ならではの苦労もあるようですね。

 真貝 たしかに貨物列車は運行区間が長距離なものが多いのですが、実際には運転士は細かく交代しています。現在、一番長い距離を走るのは札幌貨物ターミナルと福岡貨物ターミナルを結ぶ列車で、約2140kmを福岡行きは37時間弱、札幌行きは40時間以上をかけて走っていますが、これなどは14人の運転士によるリレー方式で列車を走らせている。言い換えれば、こうした輸送体系が確立されている点が鉄道貨物の優位性でもあるのです。

 たとえば、札幌から福岡に貨物を運ぶとして、トラックを14人のドライバーがリレーするというのは現実的ではない。逆に船は、船内で交代で休憩をとることはあっても、一度港を出たら途中で下船して家に帰ることは不可能です。その点、鉄道は、一定の時間、一定の距離ごとに運転士を交代させることができ、降りた運転士は逆向きの列車に乗務することで、当日か翌日には帰ることができる。こうした鉄道貨物ならではの労働条件は、他のモードと比較しても有利だと思います。

■鉄道貨物が抱える問題をテクノロジーで解決できるか

――そんな中、労働面で解決すべき課題はどのような点でしょう。

 真貝 日本の鉄道貨物の作業の多くが「夜間」に集中している点は、労働力確保の面でネックと言えます。首都圏を中心に日中は旅客列車が頻繁に走っているため、貨物列車が入り込む隙は多くない。また、夜発送して朝届ける、というタイムスケジュールを前提に物流が回っていることも事実です。こうした点は、働くことへの価値観が変わり、労働人口が都市部に集中する中で、今後解決していかなければならない課題になっていく可能性があります。

――労働力確保の面では、IoTやAIを活用する余地もありそうですが。

 真貝 IoTへの期待感は強く持っています。いまは貨物駅構内でのコンテナの移動や積み下ろしはフォークリフトに、貨車の編成は入換機関車に頼らざるを得ません。どちらもマンパワーに依存する作業です。しかし、これらは自動化できる可能性があります。

 たとえばヨーロッパなどでは、船から降ろした貨物を、港湾のなかに引き込まれた線路上の指定された列車の指定された車輛までコンピュータ制御で移動させる「オンドックレール」というシステムが普及しています。また、貨物駅のように本線とは別に設けられた「閉ざされた区域」においては、貨車の切り替え作業を遠隔操作で行うことも十分可能でしょう。

 全長650メートルに及ぶ貨物列車のコンテナと貨車を、出発前に一つひとつ確認して回る「積み付け検査」という作業があります。冬は寒く夏は暑く、雨や雪の日は本当に大変な作業ですが、これを画像診断のような形で自動化することも可能です。こうした省力化が進めば労働環境は向上し、先に述べた「上質な労働力の確保」にもつながるはずです。

■従来の設備を有効活用「積替えステーション」

――昨年取材させてもらった隅田川駅でも感じたのですが(「JR貨物『隅田川駅』のいま」=『平成の東京12の貌』文春新書収載)、貨物駅の多様化が急速に進んでいるように思います。

 真貝 (前編で触れた)東京レールゲートのように新しい設備を作るだけでなく、従来からある設備の有効活用にも力を入れていきます。たとえば、従来は出荷元の工場なり倉庫なりで荷物をコンテナ詰めし、そのコンテナを貨物駅まで運んできてもらっていました。これだと駅での積み替え作業は簡単ですが、そこまでの道路輸送には「緊締車」というコンテナ輸送専門の車輛が必要になります。

 そこで、貨物駅構内に、線路に面し、積替えスペースを用意し、そこでコンテナ詰めを行うサービス、社内では「積替えステーション」と言っておりますが、を開始しました。貨物駅までは普通のトラックで荷物を運べるので、顧客の利便性は高まります。この方法で、アサヒビールさんの商品を隅田川駅でコンテナ詰めして新潟行きの貨物列車で発送するサービスを始めました。このサービスは非常に高いニーズを感じています。

■帰りに荷物がない「空荷」を解消した「ビール列車」

――ビールと言えば、「ビール列車」もJR貨物の収益増に貢献したそうですね。

 真貝 これは、大阪から金沢までアサヒビールとキリンビールの同業種間での共同輸送の貨物列車です。

 旅客と貨物の最大の違いは、旅客は「行けば帰る」という「往復」が基本なのに対して、貨物は「行ったきり」、つまり「片道」という点。つまり、何かを運ぶと帰りは荷物がないと「空荷」で戻さなければならないのです。もちろん帰りの列車も利用してもらえるように営業は努力するということですが。

 そんな中で「ビール列車」は当社にとっても顧客にとってもメリットとなる事例と言えます。大阪の吹田貨物ターミナルと金沢貨物ターミナルを結ぶ貨物列車があり、金沢から大阪に向かう列車は清涼飲料水や紙製品などを運ぶ需要があるのですが、大阪から金沢に行く列車は「空荷」の比率が高かった。

 そんな折にビール2社から「名古屋から金沢へ貨物列車で運びたい」という話があったのです。残念ながら名古屋から金沢に向かう貨物列車はニーズが高くて余裕がない。そこで「大阪からの列車なら空きがあるのですが……」と話したところ、金沢向けのビールの生産拠点を名古屋から大阪圏に移して、この列車を利用してくれることになったのです。

■「埋もれたニーズ」を掘り起こし続ける

――貨物列車で運ぶために生産拠点を移すとは大胆な決断ですね。

 真貝 それだけトラックドライバー不足が深刻だということです。ただ、従来は空荷だったところにビール2社の商品が載るわけですから、こちらとしても比較的安くすることができます。顧客は輸送費を抑えてエコにも貢献できる。ちなみにこの取り組みによって、ビール2社は年間トラック1万台相当の輸送量をトラックから鉄道に切り替え、2700トンの二酸化炭素排出量削減を実現しました。結果としてお客様と当社の双方にメリットが生じたわけです。

――「線路があるところしか走れない」という制約がある鉄道貨物も、発想を変えることで、環境に配慮した効率的な輸送のために柔軟な対応ができることを、ビール列車は証明したことになります。

 真貝 今回はビール会社による同業種間の共同輸送でしたが、他の業種でも複数の企業が手を組むことで効率的な輸送をしようという動きが出てきています。まとまったロットがあれば従来は通過していた駅に停車させることも、運休している土・日の列車を復活運転することも可能です。また、これまでA駅とB駅とを往復していた列車を、A駅→B駅→C駅→A駅と、三角形の運行形態にすることで「空荷」を減らす努力もしています。

 鉄道貨物のことをあまりご存じのない荷主さんに、利便性と効率性、そしてエコの面での優位性を知ってもらい、的確なソリューションを提供し、「埋もれたニーズ」を掘り起こしていく努力がさらに必要だと考えています。

■真貝康一(しんがい・こういち)

 1955年生まれ。78年東大法学部卒業。同年日本興業銀行入行。みずほコーポレート銀行資本市場部長、証券部長などを経て、2007年日本貨物鉄道(JR貨物)事業開発本部グループ戦略部担当部長。常務執行役員東北支社長、取締役兼常務執行役員事業開発本部長などを経て2018年代表取締役社長兼社長執行役員。趣味はヴァイオリン演奏、テニス、水泳、スキーなど。「JR貨物テニス部」元部長(社長就任後は顧問)。

(長田 昭二)

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