ライフネット生命創業者・出口治明氏が選んだ最高のビジネス書

ライフネット生命創業者・出口治明氏が選んだ最高のビジネス書

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■「国際ビジネスの現場」で求められるものとは―古典の重要性

 日本生命保険に勤務していた時、三年間ロンドンに駐在したことがあります。現地のトップビジネスマンと接して感じたのは、彼らと日本人では読んでいる本が違うということです。

 アダム・スミス、デカルト、ヘロドトス……、欧米のトップビジネスマンは、そうした古典を当然のように読んでいました。一方、日本の経営者は例えば司馬遼太郎作品のような、面白く清涼感のある本を好む人が多い。もちろん、私も司馬作品は大好きで、ほとんどの作品を読んでいます。ただ、あの物語を歴史的な史実だと錯覚してはいけない。あくまで娯楽小説として楽しむべきでしょう。

 こうした読む本の差は、教養の差として表れてきます。商売は人と人との戦いです。特に国際ビジネスの現場では、マネジメント層の優劣を競い合いますから教養は大きな武器になる。ところが、日本のマネジメント層は教養に乏しいと言わざるを得ません。

 では、どうすればいいのか。教養を身につけるには、娯楽小説ではなく、古典をじっくりと読むのが一番です。京都大学での学生時代、恩師の高坂正堯先生が常々「古典を読んで分からなければ、自分がアホやと思いなさい。現代の書籍を読んで分からなければ書いた人がアホやと思いなさい(即ち、読む価値がない)」と仰っていたことを、今でも鮮明に覚えています。

 何百年、何千年という時代の洗礼を受けて脈々と生き延びてきた古典は、無条件に素晴らしい。そもそも人間の脳は一万年以上も前からほとんど進化していないのですから、考えることも悩むことも今と変わりはありません。つまり古典とは、現代にも通じる人間の本質を教えてくれるものなのです。

 私は「活字中毒」で、本を読まないと落ち着かないタイプの人間です。特に古典や歴史書はこの五十年で、五千冊以上は読んできました。ライフネット生命を立ち上げて以来、さすがに読む冊数は減りましたが、今でも移動中や就寝前の一時間を利用し、週に最低四、五冊は読むことにしています。

■“リーダーを目指す人”の読むべき名著―歴史を自分の武器にせよ

 そこで、私がこれまでの人生で感銘を受けてきた古典や、リーダーを目指す人に読んで欲しい名著を十冊ほど紹介したいと思います。

 まず、ペルシア戦争を描いたヘロドトスの『歴史』です。冒頭の数行だけでも読む価値がある。“人間はいつもアホなことをやっている、懲りない動物や。女で争ったり、金で争ったり、本当にアホや。そこで私、ヘロドトスが世界中を旅して見聞きしたためになる話や面白い話をここに書いておくから、これを読んでアホなことを繰り返さないように注意しなさい”――ヘロドトスはきっとこう言いたかったのでしょう。歴史を自分の武器にせよ、ということを教えてくれます。

 西洋のヘロドトスと並ぶ、東洋における「歴史の父」は司馬遷です。中国の二十四史の一つで、黄帝から前漢武帝までの二千数百年にわたる通史を描いた『史記』は、格調高い文体で人間が生き生きと描かれています。中でも「列伝」の部が一番面白い。

 西と東を代表する古典を紹介しましたが、当然、中央ユーラシアにも豊かな歴史があります。フェルドゥシーの『王書』は、『平家物語』のような作品で、諸行無常が謳われています。

 一方、近代世界がどう成立したかという歴史を理解するためには、社会学者のイマニュエル・ウォーラーステインと、政治学者のベネディクト・アンダーソンの著作が欠かせません。

 ウォーラーステインは『近代世界システム』I・IIで、「近代世界システム」を、「極大利潤の実現を目指す市場向け生産のために成立した、世界的分業体制」と規定しました。十五世紀以降の世界は、経済的一体性を保ちつつも、政治的権力は統合されていません。これは、歴史的に非常にユニークな状況です。近代世界は決してバラバラではなく、特に現代は資本主義を背景に交易を通じて全世界が結びついていることを教えてくれます。

 かたやアンダーソンの『定本 想像の共同体』は、ナショナリズムを理解するために欠かせない一冊です。安倍政権発足以来、日本でもナショナリズムの高揚が目につきますが、アンダーソンは、近代国家はメディアが形成する共同体意識の上に成り立つ「想像の共同体」だと喝破しました。

 さらに古典は、今日の日本を取り巻く国際情勢を考える時にも重要な示唆を与えてくれます。

 最近、日米関係の軋みが伝えられますが、アメリカを理解するには、十九世紀のフランスの思想家、アレクシ・ド・トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』がベストでしょう。アメリカの民主政治の形成形態と統治機構の分析を通じて、民主主義の長所・短所を鋭く考察しています。

 東アジア海域は、中国の積極的な海洋進出等により不安定化しています。そこでアルフレッド・T・マハンの『海上権力史論』を挙げたい。マハンは、軍事分野はもちろん、平時の通商・海運活動を含めた広義のシーパワー理論を初めて構築した学者です。同書ではシーパワーが欧米史にどのような影響を与えたかを論じています。海洋国家に生きる日本人には必読の書です。

■経済を知るには“アダム・スミス”

 では、経済を知るには何を読めばいいのか。近代資本主義思想の原点とも言える、アダム・スミスの『国富論』に立ち戻るべきです。欧米の一流大学で経済学を専攻し、アダム・スミスを読んでいない人はいないと思います。しかし、これが日本の経済学部の学生になると、「読んでいません。確か『神の見えざる手』ですよね」という程度。そんなことはウィキペディアを見れば、誰でも分かるでしょう。

 大事なのは、二百九十年も前に生まれたアダム・スミスが、どういうふうに市場経済という概念を考え出したのか、その思考のプロセスを追体験することです。スポーツでも芸術でも素人よりも、プロに直接教えてもらったほうが早く上達するもの。超一流のアダム・スミスの『国富論』を読むのと、二流の経済学者が書いた解説書を読むのと、どちらが良いか。話にならないくらいの差が生まれると思います。

 最近はどこの企業でも外国人とビジネスをする機会が増えていますが、曖昧性を良しとする日本文化は、グローバル社会では通用しません。国際ビジネスの現場で求められるのは、ロジカルシンキングです。『ニコマコス倫理学』はアリストテレスによる倫理学の講義ノートを編纂した名著で、人生の目的とは「幸福」、即ち「良く生きることだ」と説いています。アリストテレスの中では最も読みやすい作品ですが、西洋思想の特徴である論理的思考力を涵養刺激してくれます。

■古今東西のリーダー達の“バイブル”とは

 リーダーシップを学ぶには、古くから「帝王学の教科書」と呼ばれる『貞観政要』が最適です。中でも、中国史上最高の名君、唐の太宗が見ていたという三つの鏡の話は、トップが持つべき心構えをズバリ突いています。

〈夫れ銅を以って鏡と為せば、以って衣冠を正す可し〉――第一の鏡は普通の鏡です。上に立つ者は、常に心身ともに健康でなくてはならないと説きます。〈古を以って鏡と為せば、以って興替を知る可し〉――第二の鏡は歴史の鏡です。過去に起こったことを学ばなければ、将来は見通せない、と説きます。〈人を以って鏡と為せば、以って得失を明かにす可し〉――第三の鏡は人間の鏡です。「あなたは間違っている」と直言してくれるスタッフを近くに置けと説きます。

 古今東西、様々なリーダーが『貞観政要』を学んできました。モンゴル帝国の第五代皇帝、クビライ(フビライ・ハーン)は最も有能なリーダーの一人だと思いますが、そのクビライですら、生涯「魏徴(太宗に仕えた政治家。太宗への臆さぬ進言で知られる)を探し続けた」といいます。

 経営者の中にも、『貞観政要』をリーダーシップの教科書として挙げる人がいますが、学者が書いた解説書を読んでいるだけというケースが多い。残念ながら、それではほとんど意味がありません。本文を苦労しながら読んでこそ、自らの血となり、肉となるのです。

■昨年の“ナンバー1”ビジネス書はこれだ

 古典は無条件に素晴らしいものですが、新しい本がすべてダメというわけではありません。最後に、昨年出版された本の中で、私がナンバー1だと思ったビジネス書を紹介しましょう。人間と人間が作る社会を、このように深く読み解いた本は他にはありません。

 小坂井敏晶・パリ第八大学准教授による『社会心理学講義』です。同書では、“社会は同質化していなければ安定しない。同質的な社会は変化しないはずなのに、変化は必ず起こる。それは例外的な少数派が時間と共に拡大して社会を変えることがあるからだ”ということが丁寧に論じられている。ベンチャー企業の経営者としては、大変勇気付けられました。

 私は価値観を押し付けるのは大嫌いなのですが、この本は唯一、岩瀬大輔君が社長兼COOになった時、「お前、これくらい読んで勉強せぇ」と言って手渡した本です。若いから仕方がないけれど、岩瀬君はまだまだ読書量が足らない(笑)。でも、この前、ブログか何かで「出口の部屋に行ったら『貞観政要』があったから、借りてきて読みました」と書いていましたね。

 経営者の中にはビジネス書を有難がって読む人もいますが、私は感心しません。私自身、ビジネス書をたくさん出しているので、天に唾する行為だと自覚していますが、ビジネス書を十冊読むより、古典を一冊読むほうがはるかに得るものが大きいのです。私のビジネス書は、古典に疲れた時の暇潰しとして読んでもらえれば十分です。

 デザイナーのココ・シャネルが功成り名を遂げた晩年、こんな言葉を残しています。「私のように教育を受けていない、孤児院で育った無学な女でも、一日に一つぐらい花の名前を新しく覚えることはできるの。覚えると謎がひとつ消える。謎が減ると人生が楽しくなっていく。生きることが楽しくなる」。この人生に対するスタンスこそ、教養だと言えるのではないでしょうか。彼女のような好奇心を持って、古典の深遠な世界に触れる喜びを味わって欲しいと思います。

出典:文藝春秋2014年7月号
著者:出口治明(ライフネット生命保険会長兼CEO)

(出口 治明)

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