ヤフーが役員フロアにもフリーアドレスを導入した事情

ヤフーが役員フロアにもフリーアドレスを導入した事情

©Tone&Matter

 昨秋、「東京ガーデンテラス紀尾井町」(東京都千代田区)の5〜24階に新オフィスを構えたヤフー株式会社。フリーアドレス制の導入や、外部の人でも自由に入れるコワーキングスペース「LODGE」など、広がりつつある「新しい働き方を推進するオフィス」の象徴ともいえる存在として、注目を集めている。

■プロジェクトデザイナーにディレクションを依頼

 週休3日制の導入検討など、働き方に関わる新機軸を次々と打ち出す同社COOの川邊健太郎氏から、この新オフィスの役員フロアのディレクションを依頼されたのが株式会社トーンアンドマター代表、広瀬郁氏だ。とはいえ広瀬氏は建築家でもなければ、デザイナーでもない。「プロジェクトデザイナー」というあまり聞き慣れない肩書を名乗る広瀬氏が目指した、組織の内と外での協働を促すオフィスのあり方とは――。

――COOの川邊さんとはどういうご縁だったのですか?

広瀬 ずいぶん昔に、ある勉強会で知り合いました。僕が1973年生まれで川邊さんが74年、どちらも大学時代にインターネットが本格化した世代なんです。GYAOの社長になられるさらに以前ですね。

 ある時、川邊さんが館山にある老朽化した建物を私費で購入されて、そこに招待されたんです。とある企業の保養所だったそうですが、リノベーションして自宅として使いつつみんなで釣りにいったりご飯を作ったりしながら、ここで働けたらおもしろいじゃないかと言うんですね。

 川邊さんはその元保養所をのちに「館山ベース」と命名しました。東日本大震災の翌年にヤフーが石巻に作った「石巻ベース」の経験が紀尾井町の新オフィスに活かされているんですが、「どこでもオフィス」制度(月に5回〔2017年5月時点〕までオフィス以外で勤務することができる制度)などの働き方改革のタネは、そもそもは館山にあったのかも知れません。

広瀬 リノベーションするにはコストの課題もあるし、愛着も湧くので、みんなでDIYをやって館山ベースをリフォームすればいいんじゃないかと提案したら、「面白そうだから、それやりましょう。作業する人は集められます。」とすぐ乗ってくれて、そこから週末を中心に少しずつ、川邊さんの友達にも来てもらって手作りで現在の館山ベースを作っていったんです。社長さんや弁護士さんといった錚々たる面々が木を切ったり階段を作ったりするんですけど、みなさんに作業を教える必要があり、いつの間にかウチの事務所の若い子が棟梁みたいになってました(笑)。裏庭でひたすら竹を切っているのはヤフーの社員さんなのかなと思ったら、ピクシブの片桐孝憲社長だったり。ビジネスの世界で名前の通った人たちが工事作業員のようなことをやって作り上げました。

 館山ベースではヤフーの社員の方々も合宿会議などをしているようです。みなさんが会議している横で、川邊さんが料理を作ってみんなに食べさせたりして。川邊さんが議論のテーブルにつくとみんなが自由に発言しにくいと言うんですね。「俺が横でメシを作ってるくらいがちょうどいいんだ」と。このラフな男料理にも意味があったのかと(笑)。おもしろい人だなあ、と思いました。川邊さんとはそんなおつきあいをしているんです。

■「人の流れが混ざりあう」空間を提案

――そんな広瀬さんがヤフー新オフィスの役員フロアをディレクションすることになったのはどのような経緯だったのですか。

広瀬 コンペの参加に声をかけてもらったんです。とはいえ大手企業ばかりのコンペで、よそを差し置きウチみたいな小さな事務所にこのような大きな案件に声をかけて頂き嬉しさと共に責任も感じました。だけど何らかの意味があって声をかけてくれたんだろうと思って、建築家と一緒に、エレベーターの着床までも変更して外部から内部に入り込める中間領域を作るという、かなりラディカルなアイデアを提案してみました。

広瀬 最近、開発されるオフィスビルで、売りになるのはセキュリティです。外部の人が乗るエレベーターは、機密性の求められるフロアの手前までしか来られない。エレベーターの着床で、安全性を保っているわけです。

 ヤフーはいまや大企業です。セキュリティを高めたビルの内側にこもっても、事業は成立するんじゃないかと思います。だけど川邊さんもCEOの宮坂(学)さんも日本のインターネットに黎明期から関わってきた人で、雑多な交流からすぐれたビジネスが生まれた経験をお持ちです。いまの若い起業家たちの可能性にも、期待と脅威を感じているはず。そういう人たちもヤフーの内部に招いて気持ちよく働いてもらうことができれば、起業家にもヤフーにもメリットは大きいんじゃないか。

 ここで言う「外部の人」とは、ビジネスで協働する人だけではありません。ヤフーのサービスはネット企業の枠を超えて、すでに生活のインフラとして地方の高齢者にまで浸透しています。ビジネスの相手だけでなく、サービス利用者とも触れ合ったほうがいいはず。そこでヤフオク! を実際にリアルスペースで行う「オークションハウス」や、ヤフー・ショッピングの実店舗「ECサイトポップアップストア」など面白ネタを含めて提案に盛り込みました(笑)。

――ヤフオク! をあえて人同士が対面で行う、すごくおもしろいアイデアですね。

広瀬 複合施設は、たいていオフィス棟、商業施設、ホテルとエントランスが分かれてしまって、目的が人の流れを分断していますよね。テナントがどんなに頑張ってもこれを変えるのは難しいので、最初から人の流れが混ざり合う空間にしたかったんです。

 結局コンペで選出頂くことはかなわず、これらの提案は実現しなかったけど、結果、一部のエントランスゲートを開きっぱなしにして誰でも入れるようにし、LODGEのあるフロアまでのアクセスが可能になりました。川邊さんがもともと考えていらっしゃった構想が具現化されています。その際に、僕らのアイデアが部分的にでも活かされているんだとしたら嬉しいなと感じています。

 コンペの結果、役員フロアについては手伝ってほしいと依頼を受け、僕らでディレクションさせてもらうことになったんです。

■「爆速」経営を下支えするオフィス

――役員フロアは外部の人が自由に入れる場所ではないので、独創的なフロアにしても社外へのアピールにはならない気もしますが、広瀬さんに依頼された意図はどこにあったと思いますか?

広瀬 その当時、社内改革のキーワードとして掲げられていたのは「爆速」でした。裏返せば、組織が大きくなったことで経営が失速しているという危機感があったのだと思います。

 川邊さんは、東京ミッドタウンのオフィスでは、役員フロアとほかの社員の距離が遠かった、とおっしゃっています。役員はそれぞれの役員室にこもって、いま誰がいるのかを把握しているのは秘書だけ。それが嫌で、まずは役員間の壁を取り払いたいんだ、と。

■必要があれば部署の垣根を取っ払う

広瀬 川邊さんに「これまでヤフーで働いていてベストな仕事の環境はいつですか?」とお聞きしたら「東日本大震災直後だ」と言うんですよね。部署も役職も関係なく社員が役員フロアに寝袋を持って集まって、サービス復旧や震災関連のプロジェクトを進めていたときが、企業としてのパフォーマンスが一番よかったと感じたそうです。毎日あんな強行軍をするのは無理でも、必要があればいつでも部署の垣根を取っ払えるようにしたいんだと言われたんです。

――『シン・ゴジラ』の「巨災対(巨大不明生物特設災害対策本部)」のように、専門性も年代も性別も超えたチームがいつでも集まる、そんな行動を促すオフィス環境にしたいと。

広瀬 まさにそうですね。もともと役員直下のプロジェクトメンバーは役員フロアで働いていたわけですが、役員自身のブースも共用空間に置くことで、役員と社員のあいだの壁も取り払われる。とはいえ、仕事の最中に後ろから見られると気になることもあるからブースにして、少し床の高さも上げたりといった工夫はしています。役員それぞれの会議室も作りましたが、それらはガラス張りにしました。そんな工夫の一つ一つを企画書にして意見をもらい、デザインに落とし込んでいったんです。完成後にお邪魔したら、宮坂さんも自分用のプリンターをデスクに置いて共用空間でお仕事されていて、すごく嬉しかったですね。

■「働きかた」を変えるだけでなく「働きかけ」を

――ただ、フリーアドレスと集中作業ブースを併設した企業でも、生産性が思うように上がらずに固定アドレスに戻った例を耳にします。

広瀬 つまり空間や制度で「働きかた」を変えるだけじゃ足りなくて、「働きかけ」をしなければいけないということだと思うんですよね。僕も含めて日本人はシャイなので(笑)、ブースがあればやっぱりブースにこもってしまうし、みんなが黙ってフリースペースで仕事をしたところで、イノベーションが生まれるわけじゃない。交流が生まれる設計も必要だし、同時に人と人を繋いだり盛り上げたりするファシリテーターも必要なんですよね。川邊さんはすぐれたファシリテーターだと思いますが、そういう存在がいるかいないかは大きいと思います。

――ふだんは緩やかに繋がっていて、ある時にギュッと濃くなるような関係性を、日常にどうセットしておくかということですね。

広瀬 そう、緩やかにしておかないと新しい人が入ってこられなくなりますからね。

 僕は「デジタルファブリケーション協会」というところの理事もやっているんですけど、その協会でソニーの品川本社ビル1階の「ソニークリエイティブラウンジ」の運営サポートを行っています。ここは初回だけソニー社員の紹介があれば誰でも自由に入れて、3Dプリンターなどのデジタルファブリケーションが自由に使えます。ソニーとしては外部の人との交流を商品開発などでのイノベーションに活かすのが狙いなんですが、情報などのセキュリティは弱くなる。どちらを取るかで外部との交流を選んだわけですね。

 で、やってみると、社外の人が多くいて、かつファブリケーションという目的がある場に、社内の人たちが集まれるということが大きいみたいなんですね。クローズドの場でやろうとすると、特別な人だけが集まる場になってしまう。アイデアを議論するだけの場は心理的な負荷が高すぎる。社内の人もいるくらいの場で、さらに別の目的がアリバイとしてあると、自由に話し合いやすくなる。川邊さんが料理していたのも発想は同じです。そういう工夫なしにいきなりフリーアドレスにしても、なかなかうまくはいかないだろうと思います。

写真=佐藤亘/文藝春秋

(柳瀬 徹)

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