「名前は知っているけど、今さらね……」だった別府温泉を復活させた“驚きのPR”とは?

「名前は知っているけど、今さらね……」だった別府温泉を復活させた“驚きのPR”とは?

ANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパからの絶景(撮影:牧野知弘)

 別府温泉といえば、日本人なら誰もが知る温泉の代名詞のような存在だ。別府温泉という名称は大分県別府市内に存在する数百にものぼる温泉の総称で、「別府八湯」と呼ばれる別府、浜脇、観海寺、堀田、明礬(みょうばん)、鉄輪、柴石、亀川に代表される。湯の湧出量では日本一どころか世界1位を誇る。

■観光客が減少し「昔のリゾート地」に

 別府温泉の名が全国的に知られるようになったのは別府観光の父とも呼ばれる実業家、油屋熊八の手によるものだ。彼が「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」というキャッチフレーズを考案し、全国を行脚しながら立て札を建立して回ったことで別府温泉が日本人の多くに知られるきっかけとなった。

 しかし、この温泉を訪れる観光客は平成に入って減少を始める。別府温泉は静岡県の熱海温泉などと並び、企業の社員旅行に代表される「団体旅行」が主体だったために、個人旅行へと軸足を移しつつある国内旅行客のニーズからは徐々に離れていくことになったからだ。

 逆にそれまではひなびた温泉地でしかなかった湯布院に客足を奪われるようになり、日本人にとって別府は「名前は知っているけど、今さらね」といった感覚の「昔のリゾート地」となっていた。

■PRビデオ「シンフロ」で話題沸騰

 そんな別府温泉が今、熱くなっている。背景は増加し続ける訪日外国人客(インバウンド)と、JR九州が運行する「ななつ星」に代表される富裕層観光の活発化だ。

 大分県は15年5月に別府市のPRビデオ「シンフロ」を発表。シンクロナイズドスイミング(現在の呼び名は「アーティスティックスイミング」)を温泉風呂の中で行うという奇想天外なストーリーと映画並みの演出、高品質な映像でおおいに話題になった。このプロモーションビデオは大分空港のロビーでも繰り返し流され、空港を訪れる多くの観光客の目に留まることとなる。

■ジェットコースターの台車に温泉を!?

 16年になると、別府市の長野恭紘市長は「シンフロ」をも驚かせる内容のプロモーションビデオを発表した。その名も「湯〜園地」。別府市にはラクテンチと呼ばれる遊園地がある。ラクテンチの歴史は古く、1929年「別府遊園」として開園された。だが温泉地のにぎわいが失われていく中で、ラクテンチは経営に苦しみ、事業譲渡が繰り返されてきた。

 市ではこの遊園地のジェットコースターに目を付け、ジェットコースターの台車の中に温泉を入れて、その台車に客を乗せて園内を走り回るという驚くべきビデオを制作して公開。別府は「湯〜園地」としてその存在を国内外にPRしたのだ。

 おまけに長野市長はこのビデオに100万回以上のPV(ページビュー)がついたら実演してみせるとまで豪語。結果は公開後わずか72時間で100万回を超え、17年の7月29日から31日までの3日間、実際にジェットコースターに温泉(実際は泡)を入れて動かしてみせたのだ。この祭りは大変な話題を呼び、東京のメディアなどでも取り上げられた。

■インターコンチネンタル初の温泉スパリゾートを誘致

 こうした自治体を挙げてのプロモーションの陰でひそかに進行したのが、世界的なリゾートホテルブランドの誘致だ。17年6月東京、港区のANAインターコンチネンタル東京の宴会場では大分県広瀬知事、別府市長野市長も臨席する中、「ANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパ」のプレスリリースが盛大に行われた。

 このスーパーラグジュアリーリゾートホテルは来月1日に別府市の鉄輪温泉近くにオープンする。客室数89室。62平米から212平米までの客室にはスイートタイプの部屋のテラスに露天風呂が設置される。海側に面した客室からの別府湾の眺めは絶景だ。さらには大分の豊富な海の幸や山の幸をふんだんに使った食事を楽しむレストラン、別府石を贅沢にあしらった大浴場、別府湾に繋がるような感覚になるインフィニティプール、世界のセレブリティを魅了するエステなどハイグレードな設備仕様が話題を呼んでいる。

 さらにホテルでは大型クルーザーを用意。夜には別府湾でクルーズディナーを楽しむコースも企画しているという。インターコンチネンタルブランドを展開する英国IHGにとって世界初となる本格的温泉スパリゾートは、国内外の富裕層を別府に呼び込むことを目論んでいるのだ。

■ホテル・旅館が続々とリニューアル

 星野リゾートは6月14日に新規リゾートホテル「星野リゾート 界 別府」を着工。この案件は市内の北浜2丁目にあった既存旅館「花菱ホテル」の株式を星野リゾートが取得、建替えのうえ再オープンを目指すもので、21年春頃の開業を目標としている。すでに隣接地では大江戸温泉物語が「別府ホテル清風」を買収、リニューアルオープンしている。

 こうした動きに触発されたかのように今、市内では既存ホテルや旅館のリニューアルや建替え、リブランドが続々行われている。今年になってからだけでも4月に餅ヶ浜海浜公園前にあった別府富士観ホテルが建替えられて、近代的なリゾートホテルREX HOTEL別府としてオープン。

 同じく4月に湯布院で旅亭田乃倉を営み、市内でも黒田や、しおり、かんな和別邸などの旅館を展開するオーナーが「灯りの宿燈月」をオープン。亀川温泉の高級旅館「晴海」は7月20日に「潮騒の宿晴海」として、全室が海側に面して露天風呂を持つ新規旅館を上人ヶ浜温泉にオープンする。

 さらに別府の老舗ブランド「杉乃井ホテル」を運営するオリックス不動産は5月、杉乃井ホテルのうち2棟の新築、1棟の全面建て替えを発表。400億円の事業費をかけて2025年度までに完成させるとした。地元の雄、関屋リゾートも市内の堀田温泉で35室の長期滞在型ホテル「ガレリア御堂原」を20年9月に開業する。

■ラグビーワールドカップでは強豪国の滞在地にも

 空前のリゾートブームに沸き返る別府は今年9月20日から11月2日までのラグビーワールドカップでもその存在感を遺憾なく発揮している。大会開催期間中、別府は大会の強豪でもあるニュージーランド、オーストラリアそしてウェールズチームの滞在地となったからだ。今年1月、この3チームをお迎えするにあたってのまたまた奇天烈なビデオが公開された。

■高校生たちがタオル1枚になって踊る!

 それは市制作の「NO SIDE-BEPPU CITY」というプロモーションビデオだ。市内の温泉で寛いでいる男子高校生の脱衣カゴ内のスマホに彼女と思しき女子高校生から連絡が来る。風呂あがりにそのメッセージに気づいた男子高校生がいきなりタオル1枚に風呂桶を抱えて市内じゅうを走り回るという、意味不明なストーリー。街中では桶をボールに見立てた様々なラグビーの技が披露され、最後は連絡してきた女子高校生もラグビー場でタオル1枚になり、チーム全員でダンスを踊るというものだ。

 最後に別府にやってくる3チームのチームフラッグが出てWELCOMEとなる。このビデオの制作には、市内の高校のラグビー部員や顧問、ラグビー経験のある市役所職員や一般市民など200人以上のボランティアを動員したという。多額の製作費をかけるのではない、手作りのPRからは地元の熱意を十分感じ取ることができる。

 別府は古くからの温泉街であることから、もともと市外からやってくる人たちに対して寛容な土地柄である。だが日本の多くの古びた温泉街は「いなくなってしまった」客を懐かしむだけで、客が再びやってくることをボーッと待っているだけである。対してこの街は自ら積極的に仕掛けることで、国内外に自らの姿勢を曝け出して新たな顧客の獲得に力を入れている。

■必要なのは「また来たい」と思わせるソフトウェア

 多くの新しい客がやってくると、ホテルや旅館が儲かるだけではない。市では観光客が別府の街に繰り出して遊ぶ新たな仕掛けを考えているという。別府の観光の定番と言えば地獄めぐりだが、夕方5時には閉園となる。商店街が廃れ、飲食店も数が減っているため、遊びに来た客は夜の別府の街に繰り出すことを躊躇してしまう。

 特に外国人観光客、とりわけ欧米からの客は、夜、街に繰り出して深夜まで遊ぶ。今の街には、昔ながらのスナックやカラオケを除いてはその受け皿がほとんどない。地獄めぐりも照明デザイナーなどの知恵を借りて、「ナイト地獄」として様々な演出を試みてもよいのではないか。

 また別府には数日から1週間滞在するメニューがまだ乏しい。温泉に加えてクルージングやフィッシング、グライダー、トレッキングなど様々なアクティビティを兼ね備えてみてはどうだろうか。

 別府市を訪れる外国人観光客は2017年で約60万人。前年比で33%もの増加をみせている。彼らを受け入れるハコも整いつつある。あとはやってきた彼らを飽きさせずに「また来たい」と思わせるソフトウェアを用意することだ。

 今度は別府市制作の「WELCOME BACK」をテーマにした素敵なプロモーションビデオがみたいものだ。

(牧野 知弘)

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