「一球入魂タイプ」じゃない会社員こそ自由になれる理由とは

「一球入魂タイプ」じゃない会社員こそ自由になれる理由とは

元マイクロソフト社長で、HONZ代表の成毛眞氏

 少子高齢化が本格化し、AIなどのテクノロジーに仕事を奪われることが当たり前になった今、ある日突然、会社どころか、業界ごと消滅してもおかしくない時代を迎えている。

 そしてすでに、“業界丸ごとの沈没”が始まっているのが、新聞や出版などのメディア業界だと、元マイクロソフト社長で、HONZ代表の成毛眞氏は言う。

 若い人はまだいい。凋落する業界で働くミドルはそこでどう決断すればいいのだろうか。定年まで、恐怖に震えながら必死に耐え忍んでいくべきか? それとも沈む船からいち早く脱するべきか?

 ベストセラーを手がける編集者で、ネットメディアをプロデュースする身でありながら、突如“日経BP社”を退職し、大学教授に転身した柳瀬博一氏の話からそのヒントを探ろう。

※本稿は、成毛眞『 決断 』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■たまたま入社、たまたま異動、そしてたまたまの「教授転身」

成毛 大学でのポストが決まり、日経BP社を辞めるときの「決断」は悩まないというか、もう喜んで、という感じ?

柳瀬 悩むふりをしつつ内心では「行く」と最初から決めていた、と申しますか。そもそも30年間のサラリーマン生活も、自発的に始めたわけではなかったですし。

成毛 柳瀬さんの場合、大学へのお誘いを含め、とにかくいろんなことが、向こうから来ていますよね。いい意味でも悪い意味でも。本人が狙っていたわけじゃないところが可笑しいのですが。

柳瀬 たまたま入社、たまたま異動、たまたま声をかけられた、とか。ヒットした本も、「自分で著者を見つけてきた」ということがあまりない。自社の雑誌から面白いものを見つけて「紹介してよ」と頼んだことはたくさんありますが。見ず知らずの有名作家の著作を全部読んだあと、手紙を出すようなタイプの編集者ではなかった。そういうエネルギーがまったくなかったし。

成毛 必要なタイミングで「斜め上」から、誰かが弾を打ってきてくれた。でも、それこそが大きな意味での編集なのかもしれないね。

柳瀬 自分自身のことを、決して「面白い人間」「すごい編集者」と思っていない、ということもあります。面白いことはいつも外から飛んでくる。そして僕は、飛んできた球をとりあえず全部打つ。お声をかけてもらえたら「やります」の一択。基本的に断らない。

■断らない「決断」の強さ

成毛 柳瀬さんの場合、決断は決断でも、断らない「決断」。これは何かあるな……。もしや、誰かからの影響ですか。

柳瀬 みうらじゅんさんです。仕事でご一緒したこともあるんですが、昔から大好きで。みうらさんが雑誌のインタビューで「仕事は選ぶな」とおっしゃっていたのを非常に気に入って、以来、それを意識し、仕事は決して選ばないようにしています。みうらさんの親友であるリリー・フランキーさんも、若いときに書いたコラムで「仕事は選ばない」話をしていました。今や俳優として大人気ですが、元はイラストレーターやコラムニストで、『東京タワー―オカンとボクと、時々、オトン―』(新潮文庫)ではミリオンセラー作家。リリーさんも外から声をかけられて、なんでもやった先に、いまの立ち位置があるのだと思いますよ。

成毛 選ばないという「決断」をしている人、いますよね。来た仕事は断らない。意識高い系が抱きがちな夢と希望、そして目標みたいなものはまったく持ち合わせず、目の前のことをする。誰かから与えられた仕事を、ブツブツ言いながらやっているうち、面白くなる、ということもありますし。柳瀬さん、ここまでキャリアプランを必死に練って、ということは全然なかったわけですよね。

柳瀬 まったく。あらゆる仕事は面白いと思えば、大抵は面白いし、つまらないと考えたら、大抵つまらない。たまたま、そのときに居合わせた人や組み合わせで面白いときもあればつまらないときもある。つまらないときはさっさと退散して、映画を見にいったり、誰かと飲みにでも行けばいい。

成毛 そうだよね。与えられた仕事が面白くないなら、その間、見えないところで遊んでいればいい。見ないふりをしているうち、状況が変わるだろうと。そういう考え方は大事。サラリーマンにとって、それが一つの正解だよね、きっと。

柳瀬 自分というのは、マーケット全体からすれば、ものすごく小さな存在。だからどの仕事を選んだところで、基本的にはその人一人のサイズからしか始まらないわけです。仕事を選ぶ権利を持つ人は、そのジャンルでの「天才」であることが前提。でもほとんどの人は僕も含めて「凡人」。だから「仕事を自由に選べる」というのは、そもそもどこかで勘違いした考えだと僕は思っています。

■出世に燃えないからこそ好きに働ける

成毛 そう考えられる人って少ない。柳瀬さん、さぞ社内では変人扱いだったんでしょうね。だから何をやっても「柳瀬さんなら、仕方がない」と。

柳瀬 自分で選択して、そこに入ったつもりはないんですが……。おそらく、出世欲とかはゼロだったから。あと、どんな状況でも楽しめるというか。

成毛 出世に燃えてないから、周囲が警戒しない。足も引っ張られない。

柳瀬 『日経ビジネス』のナンバーワン記者になろうとか、編集長になってやろうとか、そういう野望がまったくありませんでした。そのエネルギーも能力もなかったし。一方、権力欲が強い人というのもいて、そういう人をじっと観察していたこともあります。「さっきまで上司に尻尾を振っていたのに、後輩には羽を広げて威嚇しているぞ」って。ある程度の規模の会社だと、出世はしないかもしれないけれど面白い仕事や場所というものがしばしば残っている。ただ、そういう場所というのは出世したいから、いや、落ちこぼれたくないから、多くの人がないがしろにしている。

成毛 編集長になったら、編集とは違うところに時間が取られるから。でもそれでは養老孟司先生と、虫取りに行ったりはできなくなる。

柳瀬 社内会議ばかりになりますから。でも、そういう縛りがないから「養老先生のご自宅」とホワイトボードに書いて出かけられる。それで養老さんのところで半日虫談義をしていたら、現実にそれが本になったりする。結果論ですが。

成毛 選んだ会社がよかった、という事実もあるよね。それを仕事と認めない会社の方が多いだろうし。「本になろうが、仕事中に虫を追っかけているとは何事か」という世界はあるし。

■混沌とした時代に必要なのは適度な「いい加減」さ

柳瀬 確かに、僕にとって日経BP社はとてもいい会社でした。いい意味でゆるいところがあったのと、チャレンジをすることに寛容でしたし。常に「いろんな雑誌を作っては、大成功したり潰したりしてきた」歴史が、いい意味でトライ&エラーを厭わない社風を醸成していて、しかもそれはトップが替わろうと不変でした。中央公論新社は『中央公論』を、文藝春秋は『文藝春秋』を潰せないかもしれない。でも日経BP社は、マーケットの環境が変わったら『日経ビジネス』を解体しかねない。流石にそこまではしないかもしれないけれど、それくらいの変わり身の早さが、業界でいち早くウェブメディアを作り出すきっかけになった。そういう雑さって重要だと思う。なにせ「雑」誌社ですから。

成毛 いい意味で職人肌なのかな?

柳瀬 いや、少なくとも僕自身はド素人です。たとえば、ほかの出版社の書籍編集者や雑誌編集者を横目で見ていると、自分は編集者として、なんてアマチュアなのか、とつくづく感じていました。そんな僕にとって、日経BP社はとてもありがたい場所だった。日本の出版社としてはきわめてユニークで、理工医療系の専門媒体が多いため、理系の専門記者がたくさんいる。その意味では超プロ集団です。

 一方で、「誰かに書いてもらう」編集者はあまり数がいない。専門記者たちの横で、アマチュア編集者の僕が、書籍やウェブメディアや広告企画を作っていく。この30年間、メディアのプラットホームの中心が紙からインターネットへと大きく動いた。あるいはビジネス分野や理工系の書籍市場が急拡大した。そういった激変を前にスムーズに一歩を踏み出せたのは、僕が古いタイプのプロではなく、むしろド素人のアマだったからなんだと思います。

成毛 アマのいい加減さ、フットワークの軽さが活きた。

柳瀬 特に僕は、アマチュアのなかのアマチュア、という自負を持っています。自負というのも変ですが。実際、書籍のプロでも、一流の編集者でもありませんし。社内でウェブメディアが立ち上がったとき、たまたま関係した広告企画が成功しただけで、ウェブ広告に配属を変えられた。そしてそこで一人ぼっちになっても、特に何とも思いませんでした。

成毛 出版社で「自分は敏腕編集者だ」なんて思い込んでいたら、「広告企画なんて傍流のやつがやるもの。ましてやウェブなど」などと怒りそう。

柳瀬 でも日経BP社は、僕も含めてアマチュア根性が備わっているからこそ、結果として、早々にインターネットの世界でマネタイズできた。特に新しいことをやる場合、アマチュア根性で面白がってくれるような人が周囲にいないと絶対にうまくいきません。

成毛 確かに、出版社で偉くなっている人に、最近は保守本流ではない人が増えたよね。

柳瀬 そうですね。日経BP社でも中途入社の人が元気な一方で、「入社以来、記者一筋」とか、そういう人が意外に偉くならなくなってきた。混沌としている時代だと、いい意味で少しはみ出していたり、いい加減だったりする人の方が、マッチしやすいのかもしれません。

■今の時代、危険なのは「深掘り」である

成毛 一方で「一所懸命にこの会社でがんばる」「会社を変えてやる」と思っていた人ほど、あるときに心が折れて、あっさりと会社を辞めたりする。

柳瀬 自分は「一球入魂タイプ」ではなかったからこそ、会社を辞めなかった。ただ足元の仕事の先には、大きな転機がいくつかあって。雑誌、書籍、ウェブと広告。大体10年ごとに、仕事内容が大きく変わりました。

成毛 僕もそうかも。マイクロソフトに入社後、部長歴が10年、社長歴が10年、インスパイアを創って10年。HONZももうすぐ10年を迎えます。

柳瀬 これも結果論だけど、その周期で動いたことも良かったです。10年やれば、アマチュアなりに何となく仕事の目鼻は付く。

成毛 10年の間、そのジャンルの人たちとしっかり付き合うことが、次の10年にも活きますしね。そのまま20年やってしまうと、付き合いも知見も広がらない。むやみに足元を深掘りしていくだけ、というか。今の時代、それは合わない。10年掘れば、十分に深い。それこそ30年も深掘りしてしまうのは逆に危険。

柳瀬 危ない。それこそ、井戸になっちゃう。たまにいますよね、自分で掘った井戸から出られなくなる人。

成毛 掘りすぎると、そのうち水が出てきて溺れちゃうかもしれない。あるいは枯れ井戸になっちゃうかもしれない。

柳瀬 だから、何のために掘っているのか、そしてどれくらいまで掘ってきたのかは、常に自問自答しないと。僕の場合、仕事を通じていくつか穴を掘ってきましたが、“小網代の森”の保全をやったとか、それ以外の経験も大きかった。特にこれからの時代、一つの穴を掘りながらも、別の穴を掘り進めておかないと、その先で危険な目に遭遇しかねない。そのことはあらためて意識しておくべきだと思います。

成毛眞(なるけ・まこと)

1955年、北海道生まれ。書評サイト「HONZ」代表。79年、中央大学商学部卒。自動車メーカー、アスキーなどを経て、86年日本マイクロソフト(株)に入社。91年、同社代表取締役社長に就任。2000年に退社後、投資コンサルティング会社(株)インスパイアを設立、代表取締役社長に就任。08年、取締役ファウンダーに。10年、書評サイト「HONZ」を開設、代表を務める。元早稲田大学ビジネススクール客員教授。主な著書に『面白い本』『もっと面白い本』(岩波新書)、『定年まで待つな!』(PHPビジネス新書)、『amazon』(ダイヤモンド社)など多数。

柳瀬博一(やなせ・ひろいち)

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授(メディア論)。1964年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日経マグロウヒル社(現・日経BP社)入社。『日経ビジネス』記者を経て、単行本の編集に従事。主な担当書籍に『小倉昌男 経営学』、『アー・ユー・ハッピー?』(矢沢永吉)、『流行人類学クロニクル』(武田徹)、『ニッポンの課長』(重松清)など。2008年より『日経ビジネス オンライン』のプロデューサーなどを歴任。ラジオパーソナリティとしても活躍。18年、日経BP社を退社。現在、東京工業大学で「メディア論」について教鞭を振るう。 

(成毛 眞,柳瀬 博一)

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