「空気を読む」マネジメントより「行間を読む」スキルが求められる時代に

「空気を読む」マネジメントより「行間を読む」スキルが求められる時代に

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 私が働きだした20年ぐらい前は、全力で働くことが良しとされ、組織の中に団塊オヤジがどっかり腰を下ろしていて、仕事を取るのも円滑に物事を進めるのもノミニケーションが主体であっても何も問題とされていませんでした。飲みに付き合わない奴はノリが悪いと言われ、取引をするにあたって得意先の幹部が企画する宴会に顔を出さないと仕事が他に流れると危惧した時代は確かにありました。

 当時は私もタバコを吸っていたので、緊密な取引先さんに出向いた帰りに喫煙室にいくと大抵そこの会社の幹部さんがタバコを吸っていて、これはこれで貴重な情報交換ということもありました。まあ、何というか相手の懐に入るにはそういう「お作法」を身に付けておくと何かと世の中を渡っていくうえで便利ですよ、という物事があり、しかもそういうことをうまくやる奴が出世していくのが文字通り目に見えて分かるので、必死になって得意先の会社の中の「風読み」をしたものです。

■「ダイバーシティ」の世の中で通用しない組織論

 時は下り、いまや監査法人や大学病院ですら労働基準監督署が入って不適切な残業がなかったか立ち入り検査を喰らう時代となりました。経験の深いベテラン社員が幹部になり、社歴の長い人ほど偉く、給料が高いとは限らない時代となってくると、私もいつしか年上の社員を雇い、英語しか話せない技術者を日本に呼んで仕事をするようになりました。そうすると、一挙に「ダイバーシティ」の世の中がやってくるのです。

 つまり、日本人が阿吽の呼吸で「こんなもんだろう」と思ってきた組織論が通用しない。秋葉原のラボで雇ったインド人は「今度飲みに行こう」といっても気が乗らなければ平気で断ってくるわけですよ。当たり前ですね、上司と部下だし、文化も違えば笑えるツボも異なるんですから。酒の力を借りて部下の本音を、というようなクソの塊みたいなマネジメントがどんどん通用しなくなり、幹部に女性社員が増えると今度は下ネタを職場で言わなくなる。どこそこの会社の何とかさんが辞めさせられたらしいと耳にして事情を聴きに行ってみると、ついうっかり女性社員の前でセクハラめいた発言を繰り返してしまい、問責され吊るし上げられて心を病んでしまったという話を聴いて、時代は変わったのだなと思います。

■「真面目に働けよ」の意味合いが変わった

 いつしかライフハックのように「新しい時代のマネジメントは、旧世代の組織論の否定から入りましょう」みたいな話がどんどん出てくるようになって、昔から日本社会を支え組織の中で働いてきた人たちの常識と、いまの若い人や外国人が集まる組織での働き方とに大きな乖離を起こすようになりました。営業の仕方は一変し、組織が心がけるべきこともこれだけ変容してくると、空気を読みながら相手の要望を察知して先回りして提案したり、相手の懐に入って「面倒くさそうだけどいい奴」という信用を勝ち取り信頼に応えながら仕事を大きくしていくようなやり方もむつかしくなってきたわけです。

 昔は「真面目に働けよ」と言えば、文字通り残業をいとわず成果が出るまで倒れても働く、というモーレツを指しました。そこには、確かに人材軽視でマネジメントなど存在しないかのような、若い人材を使い捨ててそれでも這い上がってくる奴が偉い、みたいな仕事の進め方があったことは間違いありません。いまは、効率を考え、段取りを組んで少ない労力で最大の成果を出せる人が「真面目」となりました。もちろん、仕事に対して集中していることは大事ですけど、私が投資先の営業会社とかにたまに見物にいくと露骨に出ているのは「同じ定時退社でも、しっかりやるべき仕事を終えてさっさと帰る人と、仕事を大量に残して帰らざるを得なくなる人」の残酷なまでの差異です。一定の働く時間しか与えられないいまの仕事環境では、一定の時間働いて成果を出せる人と、そうでない人があっさり可視化されてしまい、能力はないけど幹部各位の空気を読んだり組織の潤滑油的な愛されキャラがどんどん干されていくという悲しい現実がそこにはあります。むしろ、残業というバッファがなくなればそういう宴会を企画したり社内勉強会をやろうというような人よりも、淡々と働いて成果を出して自己研鑽に励む人のほうが評価されるようになってきます。

 世の中がそういう方向に変化してきている以上、空気を読む人よりも仕事のできる人が大事だという枯れた話になるんですが、いまや上司や同僚、部下からの360度評価だけでなく『Earned Value Management』のような客観的な指標で「こやつはどのくらい価値のある仕事に取り組み、実現してきたか?」というような物差しがどんどん増えてきております。昔なら「溌溂としていて、才能のありそうな若者だな。応援したろ」と思うような子でも、いざこの手のマネジメントに放り込んだら「うわ。爽やかな割にぜーんぜん成果出ないアカンやつじゃん。うちの環境に合わないかもしれないから早いとこ他の部門に出してやろう」みたいなことがどんどん起きてくる。

■「生産性を上げるために何を重視するか」

 ? これって、人間関係の「空気を読む」から、仕事本来の価値に関する「行間を読む」能力にシフトしてきたんだろうなあと思うわけであります。人間の感情を先回りするために空気を読むのではなく、仕事の付加価値を上げたり時間当たりの成果を増やすために行間を読むのが、現代日本に求められる働き方なのかもしれません。マネジメントもなるだけきちんとした目標管理をする必要があるし、無理なチャレンジをさせても組織的にろくなことが無い、と割り切れるかどうかがポイントでもあります。

 巷では「働き方改革」などさまざまな掛け声が広がっていますけど、現場で起きていることは間違いなく「生産性を上げるために何を重視するか」ってことじゃないかと思います。やはり、働くからには価値を高めなければならない、限られた時間で出せる成果を最大限にしよう、というのは、私は健全な方向だと思っています。

 言い換えれば、それだけいままでの日本の企業や組織は、日本人の同調圧力や優しさ、事なかれ主義みたいなものの合せ技で、部下や若い人をこき使うことで成り立ってきたところがあって、これが若い人が減ったために工夫せざるを得なくなった、と考えると、いろんな物事の理解が進むのではないかと思うのですけど、どうでしょうか。

(山本 一郎)

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