JRスタッフが実践中! 外国人の気持ちがわかる「英語対応力アップ」のメソッド

JRスタッフが実践中! 外国人の気持ちがわかる「英語対応力アップ」のメソッド

©文藝春秋

「私が日本で働きはじめた1988年頃、『グローバル』といえば日本人が外国へ出ていくイメージだったんですけど、現在の『グローバル』って、外国人がどんどん日本に押し寄せてくる状態ですよね。駅構内は、外国人にとってわかりにくいところが実にたくさんあるんです」

 こう語るのはルース・マリー・ジャーマンさん。 「しごとの基礎英語」 (NHK)への出演などで彼女を知る人も多いかもしれない。ルーシーさんは 「ジャーマン・インターナショナル」 の代表取締役社長で、日本在住約30年の経験を生かしたインバウンドビジネス(国外から訪れる外国人をターゲットとしたビジネス)を手がけている。いま、ルーシーさんはJR東日本のグループ会社 「東日本環境アクセス」 で、首都圏を中心とした駅や駅ビルの清掃スタッフとともに、訪日外国人観光客への「英語対応力アップ」を目指して、シンプルで簡単な英会話をレクチャーしているのだ。

「東日本環境アクセスさんの3800人ぐらいの清掃スタッフが駅構内やお化粧室などをとてもきれいにしてくれて、駅構内の清潔感を保っているんです。この清掃スタッフの方々は仕事中に外国人から様々な質問を受けているんですね。非常に日本的な清潔感と、スタッフの皆さんの礼儀正しさに加えて、ちょっとした英会話を身につけることができれば、もう一つ上のレベルで、訪日外国人へのおもてなしができるのではないかと考えたんです。こうして『Have a Nice Day企画』というプロジェクトが始まりました」

■JR上野駅のバックヤードへ潜入!

「まずは、現場を見に来てください!」。9月某日、午後1時。ルーシーさんはJR上野駅入谷口改札を出て1階に降りていくと、プラットホームを左手に見ながら駅構内とは様子が異なるバックヤードのようなエリアをどんどん前へと進んでいく。東日本環境アクセス上野事業所での「朝会」に顔を出すためだ。

「『Have a Nice Day企画』で私が何をやっているかというと、おおまかにわけて3つあります。1つ目は、清掃スタッフの方が簡単に使えそうな52の英会話フレーズ。これをまず考えました。2つ目は外国人の気持ちが理解できるように、アクセスさんの社内報にコラムを書いています。そして3つ目は『朝会』。本当は『点呼』といって、各事業所から現場へ出勤する前に事務連絡などを行う短い集会が開かれるのですが、私も実際に首都圏をはじめとする色々な駅の『点呼』へお邪魔して、みんなで英会話フレーズを声に出して読み上げたりしています」

 午後1時30分きっかりに、上野事業所での午後の「点呼」がスタート。

 事務連絡やストレッチ体操の後に、ルーシーさんのスピーチが始まった。清掃スタッフは電車の発着時刻に合わせてシフトを組んでいるため、終了時刻を1分でも遅らせないように、話せる時間は3分間。

「みなさん、おはようございます! 皆さんにまたお会いできることをとても光栄に思います。実はきのうNHKの『しごとの基礎英語』という番組で10月からの新シーズンの収録があったんですが、今度の番組のテーマは『現場英語』なんです。主人公が色々なお店のスタッフになりきって、英語を使ってぶっつけ本番状態でサバイバルしないといけないという設定。こういう番組ができるぐらい、皆さんが『おもてなし』としての英会話に取り組んでいらっしゃることは最先端のアイディアだと、とても誇りに思っています。改札口やお化粧室を出た外国人に、『Have a nice day』 や『Thank you』 と言われたら、『Have a nice day!』とぜひ言ってみてください!」

 ルーシーさんは、「Have a Nice Day企画」の反響をすでに実感しているという。

「私はやっぱり現場主義で、直接行って『きょうも頑張ってください!』と皆さんに言いたいんです。この間、JR関内駅で降りたとき、アクセスさんのスタッフの方に挨拶しようと思って『こんにちは、英語のルーシーです』って言った途端に、本人が私の顔を見て大きな笑顔で『Have a nice day!』と言ってくれたのがとても嬉しかった」

「点呼」が終わったあと、上野駅構内で東日本環境アクセスの清掃スタッフが日頃どんな仕事をしているのか、こっそり見学させてもらうことに。ある女性スタッフにルーシーさんからのアドバイスをどんな風に生かしているか尋ねると、

「お化粧室の中に入っていくときの『失礼いたします』は『Excuse me!』ではなく『Good Morning!』とお声がけするようにしています。清掃スタッフが頻繁にトイレに入ることは海外では珍しいので、何か用があるのかとお客様をびっくりさせないようにと思っています」

■在来線は最もタフな現場です

「私たちの仕事場は在来線で、新幹線とは違います。新幹線は7分間の折り返しで、いかに劇場的に清掃を行うかについて、マスコミやハーバード大で取り上げられたりしていますが、在来線もとてもタフな現場です。厳しい環境のもとで技術を磨いているのは東日本環境アクセスだと思っています。多くのお客様があふれかえる首都圏の駅構内で、時間も少ない中、危険と隣あわせでどうやって仕事をしていくか。非常に高いハードルを超えながらやっています」

 こう語るのは東日本環境アクセスの赤石良治社長。ルーシーさんのインバウンド対策にまつわる講演をきっかけにルーシーさんへ白羽の矢を立てて、「本格的な英会話は難しいんだけれども、清掃スタッフが自信を持って応対ができるように、ぜひアドバイスをいただけないでしょうか」と赤石社長自らメールを送った。

「海外から来られた方が、駅の中で困っている。そんなときに声をかけられやすいのは身近な清掃スタッフなんです。さっそくルーシーさんが英会話フレーズ52題を持ってきてくださったのですが、『いきなり50も覚えられないので、まずは『Have a nice day』から始めてみよう』と(笑)。『Have a nice day』はこれから会話が始まるというより、最後にお見送りする言葉です。当社としては、抵抗感なく負担が軽いところから取り組めたので、とてもいいスタートが切れたと思います」

 2020年の東京五輪に向けて、JR東日本グループ全体でも訪日外国人観光客に向けた取り組みが始まっているという。

「JR東日本グループ全体で『Ticket to Tomorrow』という海外から来られた方に質の高いサービス提供を進めていこうという取り組みを行っています。東日本環境アクセスの勤務エリアは基本的に首都圏。東京都と3県です。まずはなんといっても東京都、日本のインバウンドにおける一大ディスティネーションでしっかりやっていきたいですね。

 よくルーシーさんがおっしゃるのは、『スタッフの皆さんも海外の人を前にして緊張するかもしれないけれども、外国人のほうがより緊張しているんですよ』と。その気持ちを和らげるという意味では、駅員よりも『清掃スタッフやエキナカのスタッフなどがほぐしてあげるほうが、よほどおもてなしとして素晴らしいんですよ』と言われました。そういった面では私たちも丁寧な案内を完璧にこなすというよりは、海外からのお客様とグッドリレーションを作るために始めたんです」

■「私たちが上から目線で英会話を教えてもダメなんです」

 2000人いる清掃のパートスタッフのうち、65歳をこえるシニアが約1000人。どうやってとっつきにくい英会話に、スタッフを巻き込んでいったのか。

「ダジャレですね(笑)。事業所の壁に貼ってあるんですが『こんなふうに言うと海外のお客さまには伝わる!?かも』といって『Good Morning』は『ぐんま〜に』、『Please stand back』は『プリンス ターンバック』など面白おかしく紹介しています。楽しんでやってもらえるように意識していますね。普段は『点呼』のときそっぽを向いているような人が、なんとなく面白そうに参加しているというのは各事業所からも聞こえてきますし、『May I help you?』と自分から声をかける社員が出てきたり。

 私たちが上から目線で教えてもダメで、ルーシーさんの前向きな情熱と明るいお人柄に助けられているところが大きいです。『ライフタイムコントラクト』、半永久的にサポートしてくださるとおっしゃっています(笑)。いやあ、面白い人に出会いましたね」

 最後にルーシーさんから、東日本環境アクセスの「潜在力」と「Have a Nice Day企画」にかける意気込みを伺った。

「実は私自身が一番勉強になっていて、『日本人・日本企業ならではの組織力』を直接感じているんですね。JRって電車は遅れないし、もし遅れても『申し訳ありません』と謝ってくれる。アクセスさんの組織力や一体感、所長さんのリーダーシップを拝見しているうちに、日本の電車がこれほど正確に、安全に運行できているのは、組織の強い結束力があるからだと確信するようになりました。

 日本人は、受験勉強も含めて、とても長い時間英語を一生懸命勉強していますよね。簡単な単語を組み合わせた短い文章で、外国人に伝わる英語は話せると思うんです。正しいか正しくないかではなくて、外国人に通じる英語を一緒に勉強していけたらと思います!」

写真=佐藤亘/文藝春秋

INFORMATION

「週刊文春デジタル」
ルーシーさんの「外国人の気持ちがわかるおもてなし英会話」の入門編動画を、「週刊文春」デジタルで配信中!

文春オンラインでのルーシーさん連載第1回目
http://bunshun.jp/articles/-/4434

(「文春オンライン」編集部)

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