衝撃の真実、戦国の「武士」は誰? 戦う姿は? 大河ドラマの「雑兵」は戦国にはいない

衝撃の真実、戦国の「武士」は誰? 戦う姿は? 大河ドラマの「雑兵」は戦国にはいない

衝撃の真実、戦国の「武士」は誰? 戦う姿は? 大河ドラマの「雑兵」は戦国にはいないの画像

歴史家・乃至政彦氏の新著『謙信越山』が版を重ね話題を呼ぶ。あいまいに指摘されていた「上杉謙信」像を一次史料から掘り下げることで、その誤解や知られざる一面が見えてきた。

同じようなことは、多くの歴史上の人物にも言える。たとえば、戦国武将。戦う彼らの姿には、明らかに異なる事実がある。

『謙信越山』重版記念トークイベントの内容の一部より紹介する。(全3回)

背景の見えない「戦国最強」

 上杉謙信は戦国最強。

 よく戦国武将の強さランキングでも武田信玄と並んでトップに挙げられていて、多くの人がそういうイメージを持っていると思います。ではなぜ、こんなにも強いと言われているのか。

 実は、戦国時代というのは謎が多くて、少し前まで騎馬武者不在論が流行したくらい、何も分かっていないんですね。

 じゃあその戦国時代の中で、最強と謳われた謙信はどういう戦い方をして、どのように勝利したのか。この説明も具体的なものはほとんどない。

 作家さんの作品の中でも、「神がかりな采配をした」「偶然を味方にするような、むちゃくちゃなことをやって勝った」といったような抽象的な表現が多い。「毎回、必ず勝つほどのシステムがあったのではないか」を説明をするものはありません。

 研究書でも、歴史学が向き合う分野ではないので、詳しく分析されたものはほとんどないんです。

 ならばと独自に調べてみたところ、それまで誰も研究していなかった上杉謙信の強さの秘密、軍隊の扱い方や独特の戦法・用兵が分かってきました。

?『謙信越山』ではそれもまとめました(※1)が、今回は戦国時代がどれだけ曖昧に語られ、実際と異なったイメージを持たれているのかを解説していきたいと思います。

(※1)
上洛の6年前、長尾景虎は川中島で武田晴信と合戦を開始。以後、3度ほど紛争を繰り返している。ここで景虎が開発したのが、村上義清から継受した移動型隊形である。これは「車懸り」と呼ばれる作戦と組み合わせることで、その効果を最大限に発揮する画期的な隊形だった。
簡単に説明しよう。まず全軍が敵の旗本以外の軍勢をすべて足止めする。そして自身の旗本で、敵の旗本に突き進む。これが俗に言う「車懸り」の戦法である。
景虎はここで、自身の旗本が常勝するための仕組みを編み出していた。「五段隊形」である。
景虎の旗本は二列で移動した。
はじめは先頭に鉄砲隊の歩兵が歩いて進む。敵の旗本を視認すると、縦列から横列へと左右に展開する。すると、あとに続く兵科も前に習って、いくつもの横列を作っていく。鉄炮隊は銃撃を繰り返す。次の兵科は弓隊で、これも弓射を繰り返す。(『謙信越山』第11節 足利義輝が見た「大名行列」)

『雑兵物語』の功罪

 まず一般的な戦国の軍隊とか合戦に対するイメージがどれだけ曖昧なものかを簡単に説明したいと思います。イラストをご覧ください。

 まずご覧になっていただきたいのは左端。

 戦国時代の合戦のイメージでは、侍以外に色々な方が登場しますが、軍隊の大半は足軽または雑兵と言われる人々。戦国時代というと、この左端のイラストのような人がいっぱい出てくる。

「オラ農民だけど、大将様が合戦出てくれと言うから、陣笠と腹当てを借りて長い槍を持たされて参加しただ」みたいな発言をドラマとか漫画の合戦で見たこと、聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。

 こういったイメージは、江戸時代の前期に書かれた『雑兵物語』(※2)からきています。一部のイラストを見ると、こんな格好の人たちが出てくるんです。

(※2)江戸前期の兵法書。現代語訳版も複数刊行されている。
 中身を読んでみると、雑兵の人たちの会話が書いてあるんですね。「食事の時は陣笠を鍋の代わりに使うんだ」とか「槍を使って戦う時、オラたちはそんなに一生懸命戦わないけど、侍の人たちは一生懸命戦うんだ」といった内容がいっぱい書いてある。

 そこからイメージをふくらませると、身分の高くない人達がこの格好でいっぱい動員されたんだなと頭の中にすりこまれるわけです。『雑兵物語』はかなり曲者な資料なんですね。

「陣笠で鍋」は真実か?

 昭和から平成にかけて、民放で歴史物の時代劇をよくやっていましたよね。そこで江戸時代の時代考証をされていた名和弓雄先生が、『雑兵物語』に書かれていることがどれだけ真実なのかを調べたことがあるらしいんです。

 例えば江戸時代の陣笠(イラスト左端)を鍋にできるのかを実験してみたら、とてもじゃないけど無理だと分かったんです(※3)。

(※3)足軽の陣笠は鍋の代わりにもなった、という説が「雑兵物語」などでも指摘されている。

 よくよく考えれば、真夏も真冬も頭につける被り物ですよ。今でいうヘルメット。ヘルメットがどれだけ頑丈だろうと、頭に密着していて脂汗も染み付いたものを鍋にするかっていったら、とてもじゃないけど不衛生で臭くて無理なんじゃないか、これはありえないだろうと。

 そもそも一人一人、自分の鍋を用意しないといけないとはどういうことかと指摘されていたんですね。

 その他にも『雑兵物語』にはおかしなことがあるんです。

 合戦はとにかく飢餓が起こりやすいから、移動するたびに木の枝でもなんでも拾って食べる準備をしていたと書いてある。そんな状態で戦国時代が100年以上続いていたのかと考えると、異常すぎますよね。

『雑兵物語』に書いてあることがそのまま戦国時代の真実なのかと問われると、非常に怪しいと思っています。

【イベントの一部の様子はこちらから(4月20日〜)ご覧になれます】

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