「鉄道の日」に紐解く、幕末に鉄道体験した侍の日記 『開成をつくった男、佐野鼎』を辿る旅(第45回)

「鉄道の日」に紐解く、幕末に鉄道体験した侍の日記 『開成をつくった男、佐野鼎』を辿る旅(第45回)

*写真はイメージ

(柳原 三佳・ノンフィクション作家)

 10月14日は、「鉄道の日」です。

 この日は、日本初の鉄道が1872(明治5)年に、新橋〜横浜間で正式に開通した記念すべき日で、「鉄道が広く国民に愛されるように」という願いを込めて、平成6年に制定されました。

 残念ながら今年は新型コロナウイルスの影響で、日比谷公園で予定されていた「第27回鉄道フェスティバル」をはじめ、多くのイベントが中止となってしまいましたが、それでも、全国各地のJRや私鉄では、「鉄道の日」にちなんだフリー切符など、さまざまな企画が楽しめるようです。

<予定されているイベントは、『TETSUDO.COM』(https://www.tetsudo.com/)などで見つけられます>

馬車がなかった時代に蒸気機関車を目の当たりにした日本人たち

 さて、冒頭でも書いた通り、日本で鉄道が稼働したのは明治に入ってからのことでしたが、それより10年以上前の幕末期に、アメリカ大陸を蒸気機関車で大移動した日本人たちがいたことをご存じでしょうか。

 1860年、新見正興(しんみ・まさおき)を正使、村垣範正(むらがき・のりまさ)を副使、小栗忠順(おぐり・ただまさ)を目付として、幕府が日米修好通商条約の批准書交換のためにワシントンへ派遣した、総勢77名(途中で1名帰国)の遣米使節団です。

 本連載の主人公である「開成をつくった男、佐野鼎(さのかなえ)」も、この使節団の従者として地球一周の行程に随行し、詳細な日記を書き残した一人でした。

 そこで今回は、日本に「鉄道」はもちろん「馬車」すらなかった時代に、異国の地で初めて「蒸気機関車」に乗った日本人が、その驚きをどのような言葉で表現し、観察していたかについて、見ていきたいと思います。

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