マツダ・ロータリー誕生以前、ヴァンケル型ロータリーエンジンが世界の産業界に衝撃を与えた【RE追っかけ記-1】

すっかりご無沙汰しました。さて、ヴァンケル型ロータリーエンジン発表が世界の産業界に衝撃を与えて以来、60年近く経ちます。ロータリーエンジンといえば、このタイプを連想しますので、REと略します。

私、60年来のRE追っかけを自認します。ドイツのフェリックス・ヴァンケルの研究所と自動車メーカーNSUがREを発表したのは1959年暮れでした。ところが最初のRE開発ライセンスを取得し、米国内ライセンサー権利を得たアメリカ・カーティス・ライト社(C-W)が本業航空機エンジンでしょうか、1959年11月23日、ニューヨークでフライング発表をやったのです。NSUも緊急発表をします。

NSU社RE発表資料表紙で興味のあるのが、イラストの吸入ポートがハウジング側面にあることです。NSUの生産型は、ペリフェラル、すなわちローターハウジング周辺部に設けられました。NSUが高速型、サイドポートを選んだマツダが常用域重視型と解説されたものです。ちなみに、米C-W社のプロトタイプもサイド吸入でした。

当時、BMW4・2輪、英BSA2輪車輸入商社に勤めていた私、小型自動車輸入協会の付き合いで、 NSUモーターサイクルと小型乗用車には興味と敬意を抱いていました。NSUは、ホンダ台頭以前、世界最大の2輪車メーカーで、50年代初半、2輪GPレース250、125ccクラスを席巻しました。1953NSU レンマックス 250ccレーシングマシーンのDOHC2気筒エンジンのバルブ駆動は、吸排2対のベベルギアとシャフトの凝った構造です。

ホンダの1959マン島TT出場のホンダRC141・125cc、同年浅間レース250cc優勝のRC160は、NSUの影響を受けたと思っています。ただ、ホンダはDOHC駆動は1本シャフト/ベベルギア、さらにRC160では4気筒と跳びました。1960年からのホンダGPエンジンは、ギア駆動DOHC、フロント・テレスコピックフォークに進化します。

1959年は、まだ日本では乗用車の一般ユーザー向け輸入は禁止されていましたが、国際見本市展示、自動車関係企業の研究用などの特例はありました。小型自動車輸入協会の相互試乗会にはヨーロッパで発表されたばかりのNSU シュポルト・プリンツが登場。ベルトーネ・デザインの洒落たクーペでした。

NSU小型車は、リア空冷2気筒600ccエンジンでしたが、これもまたエクセントリックロッドなる変わったOHC駆動方式を採用していました。世界最初のRE市販車「ヴァンケル・スパイダー」は、このボデイのREロードスター版です。

NSUのフェリックス・ヴァンケルへの革新技術委託は、1950年代初頭に遡ります。2輪GPにおいて功を成したNSUは、次に2輪世界速度記録に挑みます。ヴァンケルは、第2次大戦中、戦後を通じて、気密シーリングの権威として認められていました。NSUは、戦後、50c・モペッド「クイックリー」が大ヒットしました。このエンジンにヴァンケル発明のスーパーチャージャーを付け、空力フルボデイを架装したバウム I(デザイナー名。その仰臥運転姿勢から「空飛ぶハンモック」とも呼ばれる)は、米ボンネヴィル乾湖で世界記録を樹立しました。回転子過給器がREへの過程でした。

(山口京一)

マツダ・ロータリー誕生以前、ヴァンケル型ロータリーエンジンが世界の産業界に衝撃を与えた【RE追っかけ記-1】(http://clicccar.com/2017/08/15/501713/)

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