働き盛り世代のお金に関する不安と意識 - 老後の不安を解決する為に (2) ライフプランについての日米の意識差

働き盛り世代のお金に関する不安と意識 - 老後の不安を解決する為に (2) ライフプランについての日米の意識差

画像提供:マイナビニュース

前回に続き、20代〜30代の方に、「今読んでおくべき」資産形成に関する情報をご紹介します。"将来に向けた資産形成の方法論″の前に、50代のプロジェクトメンバーの体験談から、まず"将来″をイメージしてバックキャスティングしていきましょう。

今回は「ライフプラン」の捉え方の日米の意識の違い、そこから将来の夢を持つことの大切さやそれを実現するためのアドバイスのあり方を考えてみます。50代のつぶやきに耳を傾けてください……。

つい先日、不運にも入院する事になり、一人病室で本を読む機会を得た。とにかく暇なので数冊、病室で朝からずっと本を読んでいた。夕方前、義理っぽく見舞いに来た高3の次男が手にしていた本にふと意識が向かう。ヘミングウェイの「老人と海」だ。私も好きな本である。1950年代のメキシコ湾が舞台だが、当時の時代背景とあいまって、その小説を読んだ論客らの解釈をめぐり、様々な物議をかもした名著である。殆どの我々の世代(50代)が、少なくとも欧米人の同世代はみんな、読んでいる本ではなかろうか。私がこの本と出合ったのは、息子と同じ高校生ぐらいだったろうか。

当時私は、「老人」にではなく、登場人物の「少年」に意識が向いていたのだが、今、よわい50を過ぎて考えてみると、世界中の読者を魅了した理由がわかる気がする。特に、病室にいる今はなおさらである。この本に登場する老人と言われるサンチャゴの年齢について、いったいいくつなのか、はっきりと本には書かれていない。少年も同様である。でも、老人と自分を重ねて考えられる今、それはかつて少年時代に読んだ「老人と海」ではなくなっている事に驚く。

かつて私は、勤務していた証券会社から転職し渡米する機会を得た。青い目をした職場の同僚と飲みに行くと、よく「将来は○○がしたい」という類の話が実は多かった。みんなある意味のストレスを抱えていたのだ。Early Retirementだとか、Quality Of Lifeといった言葉は、少なくとも日本の団塊の世代から発せられた言葉ではない。

今なおボストンにいる、昔、Barでよく愚痴を聞いてあげた親友は当時、「俺の夢はヨットで自由に旅行をすること」と言っていた。今、それなりに歳をとり、金融機関の役員におさまっているが、時折話すSkypeの向こうで彼は言う。「俺は退職したら、自分で作るヨットで、二人の子供たちと旅をする」と。子供が加わったもののRetirement後の夢は変わっていないのである。

つい先月、彼と話をした時も、「先週の土曜に、フレーム(構造体の骨組み)まではパーフェクトに完成している」とか、「ハル(船首横)の曲りがうまく作れないから、技術者に習って勉強している」とか。年齢は私より4つ年長だから、もう60に近いというのに、未だ「将来は○○したい」と、夢でいっぱいなのだ。パソコン画面の向こうで老人は目をキラキラさせている。なんとまあ、素敵な生き方ではなかろうか。

一方、本邦では、例えば私が子供の頃、身近に感じた大人達だった父親や叔父、近所の大人は、「一生働くつもり」で生きていたような気がするし、定年が早かった昔は、第二の人生も働く事が当たり前の時代だった。私の父も53歳で定年し、第二の就職先で死ぬまで働いていた。

アクサが世界26カ国で実施した退職後の生活に関する意識調査「第5回AXAリタイアメントスコープ」でも退職後の生活に悲観的で、プランを描けておらず準備は遅れがちという日本人の姿が浮き彫りになっていた。一瞬にして国境を越えて海の向こうの友人と、あたかも目の前で話しているように顔をみながら会話を楽しめる世の中になった今、この島国の労働環境も大きく変わろうとしている。

しかし、なぜかリタイヤ後の生き方と、大人たちの"将来"の考え方については、あまり私が子供の頃の時代と、つまりは昔とそれほど変わっていないように思えるのだ。働いているあいだの「家族の扶養」、「子供の学費」などの責任から解放されると同時に、「これからは自分の好きな事をさせてもらう」と言う人は増えているようだ。ただ、その時になって初めて、その生き方を模索する人も多いと聞く。将来の為に働きながらも、「将来」が見えていないということなのだろう。具体的に青写真を描けない漠然とした将来に不安が募るばかりではなかろうか。金銭的な不安とは異質の不安である。

私が触れ合う本邦での小さな標本からは、まさにこの点で未だ国と国との距離を痛感する。社会は待ったなしで変化しているというのに、何も変わらない"父祖伝来の秘伝"であるかのような、えも言われぬ空気が日本にはあるように感じる。誰かが問題提起をしなければ、「国民の厚生」など、期待されるべくもない。今年で53歳になった私が、平均寿命まで生きたとすれば、昔の計算でいう土曜と日曜の勤労者の休日は1000日を切っている現実を直視すると、いくつになろうが、ヘミングウェイが書く「老人」のように、カジキと闘う人生を送りたいと切に思う。いくつになっても将来のやりたい事を追いかけたいと思うのである。

日本でライフプランを金融機関等に相談するとよく「人生設計」とか「お金のアドバイス」といった類の事をよく耳にする。しかしながら私が海外で出会ったプロのアドバイザーは、そのようなことは滅多に口にしないし、実際に聞いたことも無かった。私自身も、当時そのようなことを彼らに求めてはいなかった。今懐かしく思い出すが彼らはむしろ、将来の夢を率直に聞き、虚心坦懐に話をしてくる人が多かった。青い目をした彼らからは、そう、なんとなく"茶の湯"の所作に似たものを感じたのである。妙な話ではあるが、日本のお家芸の本質を感じる。

"茶の湯"の世界では、「茶碗は掌に寄り添う前に、毅然とした気品がなければならない」と言われる。茶碗を掌に寄り添わせようとするその時に、"掌に馴染む"感覚を知る事が大切なのだと。本邦は社会の変化のうねりの激しさにもかかわらず、ライフプランに関する意識やアドバイスが未成熟なままといわれている。今後は消費者の意識が高まり、アドバイスにも卓越したホスピタリティが求められる時代になり、提供する側の責務も意識されるようになると感じている。少なくとも、一方的に「商品を売るだけの人」ならそのうち人工知能に置き換わり、淘汰されるかもしれない。

老人と言われる人も、そうでない人も、ヘミングウェイが書く「老人」のように、カジキと闘うギラギラした将来を描ければ、あるいは静かな時間を過ごすことに心を満たされる自分を描ければ、きっと素晴らしい人生になるだろう。

ヘミングウェイの書く「老人と海」は最後に、"うつ伏せになったきりで、少年が付き添って坐っている。老人はライオンの夢を見ていた。"と締めくくる。今思えば、少年こそが、老人にとっての良きアドバイザーだったのかもしれない。そんな事を考えさせられる小説だ。今の私がこの小説から見えるのは、淡くほのかな黄昏の中で、閑雅を心ゆくまで味わう老人の姿である。

※写真と本文は関係ありません

○執筆者プロフィール:アクサ『若者の資産形成を考える』プロジェクト

アクサは世界最大級の保険・資産運用グループ。日本ではアクサ生命等の生命保険事業、アクサダイレクトの自動車保険で知られる損害保険事業、資産運用事業、アシスタンスサービス事業を展開している。保険を活用した資産形成の分野ではユニット・リンク保険のパイオニア的存在。
(『若者の資産形成を考える』プロジェクト)

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