フランス人記者が突く、東京五輪ボランティアの待遇をめぐる「アンフェアな関係」

フランス人記者が突く、東京五輪ボランティアの待遇をめぐる「アンフェアな関係」

商業化した現在のオリンピックにおいて、ボランティアに多くの自己負担を求めるのは「アンフェアだ」と指摘するメスメール氏

2020年の開催まで2年を切り、東京オリンピック・パラリンピックの「応援ムード」が高まっている。開催費の膨張などの問題が話題になることは少なくなったが、「ボランティアの待遇」など、新たな議論も生じている。

東京に暮らす外国人ジャーナリストは、これらの問題をどう見ているのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第128回は、フランス紙「ル・モンド」東京特派員、フィリップ・メスメール氏に聞いた──。

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──今夏はオリンピックへの「応援ムード」が大いに高まった印象です。

メスメール そうですね。以前は批判的な姿勢が目立ったニュース番組なども、着々と進む競技場の建設現場のレポートなど、期待を膨らませるようなニュースばかり報じるようになってきました。開催費の膨張や閉会後の競技場の使途など、大きな課題については敢えて触れないようにしていると感じています。大手メディア自体がオリンピックの有力スポンサーでもあるので、ネガティブな側面をあまり報じたくないという実情もあるのでしょう。

──今はどんな問題に注目していますか?

メスメール 東京の猛暑の下で働くことになる「ボランティアの待遇」です。東京オリンピック組織委員会は、大会期間中に8万人規模のボランティアが必要だとして、学生などに応募を呼び掛けています。しかし、その応募条件は1日8時間、最低10日間以上働けること。地方から参加する場合は、東京までの交通費や期間中の宿泊費は支給されず、ボランティア希望者は事前の研修にも自腹で参加しなければいけません。提供される食事も1日1回だけです。

今年の冬に平昌オリンピックを取材した際、韓国のボランティア参加者と話す機会がありました。彼らもボランティアとしての「仕事」そのものは無給ですが、少なくとも交通費や宿泊費は支給されていました。また先日、インドネシアのジャカルタで開かれたアジア大会でもボランティアの人たちに取材しましたが、彼らには「日当」が支給されていました。

もちろん、夏季五輪と冬季五輪やアジア大会では規模が違いますから、単純に比較すべきではないと思いますし、「ボランティアが無償なのは当たり前」という意見も理解できます。しかし、交通費や宿泊費など「ボランティアとして働くための環境」を整える部分にまで個人に負担を求めるというのは、本当にあるべき姿でしょうか? 世界中から人が集まる五輪期間中に10日間の宿を確保するのは容易ではないでしょうし、宿泊費はかなりの額になるはずです。

──「やりがい搾取」だと批判する声もありますね。

メスメール 最近、ボランティアの応募を促すかのような「偽アカウント疑惑」が、ネットで話題になりました。若くてカワイイ女性が「ボランティアに応募することにした」などとツイートしたのですが、別のアカウントでもほぼ同じ文面のツイートがあって、「これはネット工作ではないのか?」と騒がれました。誰の仕業かはわかりませんが。

──しかし、そもそもボランティアなのだから自己負担は当たり前で、オリンピックの運営に協力するという貴重な経験こそ大事なんだという声もあります。

メスメール 個人のモチベーションは否定しません。ただし、1984年のロサンゼルス大会を境に、オリンピックは急激な商業主義化が進み、今や巨大ビジネスと化している。この変質を前提にこの問題を眺めてみると、大会組織委員会とボランティアの「アンフェアな関係」が見えてきます。

これほど商業化する以前の、いわゆる「アマチュア精神」が残っていたころのオリンピックでは、選手の多くは本当の意味でアマチュアでしたし、オリンピックに参加するためになんらかの負担を強いられていました。開催国や運営側の人たちもそうだったでしょう。

しかし、現代のオリンピックはどうでしょう? 東京オリンピックの開催費は数兆円規模に膨れ上がり、大会組織委員会が多くの企業から莫大なスポンサーマネーを集めている。莫大な放映権料を支払って中継するテレビ局や、新聞を含めた大手メディアにとってもオリンピックは「金になるコンテンツ」です。組織委員会の理事たちも多額の報酬を得ていますし、さまざまな実務を委託され、それらを独占的に取り仕切る立場にある大手広告代理店も直接的、間接的に巨額の利益を得る。

現代のオリンピックが一種の「巨大なキャッシュマシーン」と化しているにもかかわらず、東京都が募集する都市ボランティアも含めれば、11万人もの人たちによる「無償の労働」を前提に運営されている。彼らに対して少なからぬ経済的負担を求めているというのは、どう考えてもフェアじゃないでしょう。

──なるほど。その他に注目する課題はありますか?

メスメール 大会期間中の「交通」の問題が心配です。東京は世界の大都市の中で最も優れた公共交通網を備えた都市ですが、都内の電車はいつも混雑していますよね。世界中から多くの人たちが集まるオリンピック期間中はどうなってしまうのでしょう?

日本の鉄道は他に例がないほど緻密で正確に運行されています。たとえば、新国立競技場近くに駅がある東京メトロ銀座線の場合、ピーク時にはほぼ2分おきという、信じられないほどの密度で走っている。現実的に考えて、これ以上、旅客輸送能力を高めるのはほぼ不可能だと思います。

そのため政府は、五輪期間中は従業員に休暇を取らせるよう企業に要請したり、テレワークを推奨したり、オフピーク通勤を呼びかけたりしていますが、勤勉な日本の人たちが素直にそれを受け入れるでしょうか?

もうひとつ、最も深刻なのは「猛暑対策」です。政府が時計の針を2時間繰り上げる「サマータイム」の導入を検討し始めたことは、本当に驚きました。ヨーロッパ諸国でサマータイムが導入されたのは1970年代、第一次オイルショックで原油価格が高騰したときでした。夏の間、時計を1時間早めることで省エネに繋げるのが主な理由で、その後、ヨーロッパ以外の国々にも広がったのですが、今、EUを中心に議論されているのは「サマータイムの廃止」で、日本とは逆の方向です。

──なぜ、ヨーロッパではサマータイムの廃止論が?

メスメール 端的に言えば「無意味」だということが明らかになってきたからです。導入された70年代ならともかく、今では省エネへの効果も無視してよいほど小さいことが明らかになっていますし、むしろサマータイムへの切り替えによって、体内時計が不調をきたすなど、健康に悪影響があるとする意見が一般的です。

ヨーロッパ諸国が40年近くもかけた「社会実験」の末、廃止の方向に動き出しているサマータイムを、日本がわずか数週間のオリンピックの猛暑対策を理由に導入しようというのは、悪い冗談にしか思えません。

──コンピューターシステムの切り替えなど、多くのコストも要しますしね。

メスメール 猛暑対策としては他にも、マラソンコースの沿道にある店舗が冷房をかけたままドアを開放して沿道の気温を下げる「クールシェア」とか、道路への「打ち水」とか、街路樹を大きく育てて木陰を増やすとか、冗談のようなアイデアが真顔で語られています。

1964年の東京オリンピックでは、競技に適した気温や過去の気象データを調査したうえで、晴天の確率が高い10月の開催日程を決めたようですね。今年の夏が記録的な猛暑だったとしても、そもそも東京の夏は暑い。そんなことは初めからわかっていたのに、なぜこの時期に開催するのか、という根本的な疑問にはほとんど誰も触れようとしません。

もちろん、その理由がオリンピックに大きな影響力を持つアメリカのテレビ局の意向などを重要視するIOCの意向であり、すべては「ビジネス」を優先した結果であることは、多くの人たちがわかっているはずです。そこにはアスリートファーストの精神もなければ、観客や、運営を支えるボランティアたちへの配慮もない。多くのメディアもそのことをわかっていながら、自らもそのビジネスの一部として一体化しているので、こうした問題に触れられないのだと思います。

●フィリップ・メスメール
1972年生まれ、フランス・パリ出身。2002年に来日し、夕刊紙「ル・モンド」や雑誌「レクスプレス」の東京特派員として活動している

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取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪

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