名前を変えてやり過ごす日銀、ふんわり路線はこれからも続くのか?

名前を変えてやり過ごす日銀、ふんわり路線はこれからも続くのか?

日本銀行は21日、金融緩和の新たな枠組みを導入すると発表した(写真提供:ロイター/アフロ)

Q:「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入は追加緩和だったのか?

A:追加緩和ではない。従来から導入されていた「量」「質」「金利」に変更はなかったので事実上は現状維持。

 日銀は市場から「ゼロ回答」とみなされることを嫌い、政策パッケージの名称を変更することで「金融緩和強化のための新しい枠組み」と謳ったとみられる。ちなみに、「量」は長期国債の購入“量”、「質」はETFの購入など、「金利」は主として政策金利(翌日物金利)を意味する。

Q:主な変更のポイントは?

A:以下の3点。

(1)新たにイールドカーブコントロールという手法が導入され、短期金利が▲0.1%、10年金利がゼロ%程  度という2つの政策金利の誘導目標が設定された。

(2)オーバーシュート型コミットメントというフォワードガイダンス(将来の金融政策に対する口約束)が導入され、2%目標の曖昧さが回避された。

(3)これまで長期国債の買入れペースは年間80兆円程度とされていたが、今後は80兆円が「めど」とされ、同時に買入対象については平均残存期間の定めが撤廃された。また、(1)の運営にあたって「マネタリーベースの残高は短期的に変動しうる」と明記され、政策の優先度合いが「金利>量」であることが明確に示された。

Q:イールドカーブコントロールの意図は?

A:日銀にとって、マイナス金利と量的緩和の組み合わせがイールドカーブの極端なフラット化を招いたのは誤算であった(金利が下がり過ぎた)。しかしながら7月29日以降の長期ゾーンの金利上昇によって、直近のイールドカーブは日銀にとって心地よい形状となっていた。そこで、日銀はこの形状でイールドカーブを固定しようと判断した模様。

※イールドカーブとは債券の年限ごとの利回り。フラット化は長短金利差が縮小すること。

Q:オーバーシュート型コミットメントとは? またその導入の背景は?

A:声明文には「マネタリーベースの残高は、~中略~消費者物価指数(CPI、除く生鮮食品)の前年比上昇率の“実績値”が安定的に2%を“超える”まで、拡大方針を継続する」と明記され、いかなる解釈でも物価目標達成の基準が揺らぐことがないよう、文言が変更された。

 従来の声明文は「2%の『物価安定の目標』の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで『マイナス金利付き量的・質的金融緩和』を継続する」と、やや曖昧な部分があったため「CPI実績値が+1.8%なら2%程度とみなされ、出口戦略が模索されるのでは?」といった具合に解釈の幅があった。2%目標が柔軟化されるとの見方も一部にあったので、フォワードガイダンスが強化されたことは予想外であった。

Q:出口が一段と遠のくことになるが、なぜそのような措置を講じたのか?

A:日銀にとっての懸念事項は、長国の買入柔軟化が量的緩和の縮小とみなされることだったとみられる。日銀は1月29日のマイナス金利導入以降、「量」から「金利」へ軸足を移してきたが、それが市場に「量」を軽視したと解釈され、意図せぬテーパリング観測が台頭することを未然に防止する狙いがあったのだろう。また、会合に参加する9名の意見調整、すなわちマネタリーベースを重視する岩田副総裁と原田委員の主張を盛り込んだ方が、政策委員の意見対立が防げるという事情があったかもしれない。

Q:事実上の物価目標引き上げはプラスの効果があるのか?

A:今回のフォワードガイダンス強化は、8月にウイリアムズ・サンフランシスコ連銀総裁が提起した考え方に近いとの印象を受ける。同総裁は、中央銀行が物価目標を引き上げることで人々の予想インフレ率を上方にアンカー(固定)できれば、それが実質金利低下を通じて景気刺激的な効果を生み出すかもしれないという議論を展開していた。総括的検証では、この政策案の重要な要素である「均衡実質金利」が随所にみられた。※筆者の見解では、この考え方の最大の弱点は、中央銀行のインフレターゲットと人々の予想インフレ率に関係があることを前提にしているところ。あまり現実的な印象は受けない。

Q:今後の追加緩和手段は?

A:今回の声明文には「追加緩和手段」という項目が設けられていたので抜粋する(<斜体部分>)。
<具体的な追加緩和の手段としては、「イールドカーブ・コントロール」の2つの要素である(1)短期政策金利の引き下げと(2)短期金利操作目標の引き下げを行うほか、「量的・質的金融緩和」以来実施してきた(3)資産買入れの拡大が考えられる。また、状況に応じて、(4)マネタリーベース拡大ヘペースの加速を手段とすることもある>

 この文章を素直に解釈すると(1)~(4)の順に追加緩和が予想される。上述のとおり、日銀は「量」から「金利」に軸足を移していることから、追加緩和の必要性が生じた場合は(1)(2)が優先され、(3)は最終手段になると予想される。

 しかしながら「量の限界」「金利の副作用」という問題が残存する限り、追加緩和が難しい状況に変わりはない。そもそも今回の政策変更の背景に、行き過ぎた金利低下があったことを踏まえると、再びそうした問題を引き起こすおそれのある(1)(2)が実行される可能性は低い。

Q: 今後、物議を醸しそうなポイントは?

A:リーマンショック、欧州債務問題において米国の中央銀行であるFRBや、欧州中央銀行(ECB)、英中央銀行(BOE)がゼロ金利制約(金利はゼロ以下にすることができないというそれまでの常識)に直面する下、景気刺激ツールは短期金利(政策金利)の調節から長期金利の抑制にシフトしてきた。しかしながら、短期金利はピンポイントでターゲットの水準が示されるのに対して、長期金利については明確なターゲットが示されることはなかった。

 1940年代の米国で戦費調達のため長期金利ペッグが採用されていた経験があるにせよ、イールドカーブコントロールは戦後の主要国で初めて採用される政策であるため、その運営が難しそうだ。まず、問題となりそうなのが、10年金利の政策目標からのかい離だ。声明文では10年金利の誘導目標が0%「程度」とされているが、この“程度問題”が物議を醸すだろう。

 たとえば、翌日物金利の25bpの引き上げは、直ちに金融引き締め策として認識されるが、通常の市場において10年金利の25bpの上下はその時々の市場変動によっていくらでも起こり得る。たとえば、米債市場で10年金利が100bp上昇した場合、本邦10年金利にも相当な上昇圧力が生じるが、そこで日銀が10年金利の15bp程度の上昇を放置したとする。市場がそれを金融引き締めとみなすのか、それともイールドカーブコントロールに失敗とみなすのか、この点が注目される。

Q:総括的検証の全体感は?

A:事前の予想では自己肯定的な色彩が強くなると予想されていたが、ペーパーでは幾つかの点で否が認めれており、これまでの姿勢に比べて中立的な印象を受けた。

 たとえば「これまでのところ、マイナス金利政策は、貸出・ 社債・CP金利の低下にしっかりとつながっている」と従来からの見解が示された一方、

 「今後、さらなる金利低下が貸出金利にどのように波及していくかについては、金融機関の貸出運営方針にも依存する」として、マイナス金利の深掘りが望ましい効果を生み出さない可能性が指摘された。また、マネタリーベース(≒長期国債の買入額)と予想インフレ率の関係が短期的には希薄(非線形)である可能性も指摘されるなど、これまでの姿勢から変化が感じられた。政策効果については「これまでの政策は正しかったが、これ以上はあまり意味がない」との印象を受けた。総括的検証を見る限り、追加緩和の可能性は低いと判断される。

(第一生命経済研究所・主任エコノミスト 藤代宏一)

※本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。