キリンビールが巻き返し成功、社長が語る戦略と組織改革

キリンビールが巻き返し成功、社長が語る戦略と組織改革

キリンビールの布施孝之・社長

 第3のビール「本麒麟」のヒットが話題となり、ビール類飲料(ビール、発泡酒、第3のビール)の総合シェアで昨年のキリンビールは“一人勝ち”を収めた。長期的な低迷から、どうやって巻き返しに成功したのか。改革を主導してきた同社の布施孝之・社長に訊いた。

──このインタビューシリーズでは「平成元年のあなたは何をしていたか」をまず質問します。30年前はどんな仕事を?

布施:私は1982年にキリンビールに入社しました。7年半ほど神戸支店に勤務して、平成元年(1989年)はちょうど東京の八王子支店に転勤した年です。

 当時は「ビールといえばキリンラガー」の時代。入社時のキリンのシェアは約6割、神戸エリアでは7割ぐらいあったと思います。神戸ではビールを売ったという経験は少なくて、「キリンレモン」や子会社の小岩井乳業の乳製品の拡販ばかり考えていました。

 移った八王子支店の主戦場は、当時活気のあった多摩ニュータウン。ここで私は初めて酒屋さんへの営業を担当します。1987年にアサヒの「スーパードライ」が登場したこともあって厳しい戦いでした。それから1990年に登場した『一番搾り』がわぁーっと売れて。その端境期に、どうすればお客様に喜んで頂けるのか、シェアを獲れるのかを必死に考えていた時代でした。

──その後、1994年をピークに、ビール市場は14年連続で縮小していきます。

布施:確かに「酒離れ」が指摘されるなか、市場全体として厳しい状況が続いています。ただし、社会の変化だけを言い訳にしてはいけないでしょう。

 私は2015年に社長に就任しましたが、社内には成果が出ないことを人のせいにする“他責”の文化が蔓延していると感じました。「商品開発が悪い」「いや営業戦略がブレている」と言い合う状況があった。

 社の歴史を振り返ってみると、「一番搾り」がヒットし、しばらくしてまた低迷、1998年の発泡酒「淡麗」、2005年の第3のビール「のどごし〈生〉」も同じようにヒットしてまた低迷。2009年にトップを奪還して以降、再びシェアが下がり続けました。要は、いつも一時的に新商品で助けられてきたわけです。これまでのキリンの悪いところは、ヒット商品が出ると安心、慢心し、また元に戻ってしまうことだった。

 そこで一昨年の後半、「我々は長期的な負け戦の中にいる」と社員に強く訴えました。

 負の流れを止めるのは大変です。私は「会社一丸となってお客様のことを一番に考える会社になろう」と繰り返し言い続けました。現場が主役、本社はサポートで、本社→現場という組織ピラミッドをひっくり返そうと。それは現場を回っていた若い時代や、その後の大阪支社長時代の教訓から来ています。

 組織は、働く社員のマインドが上向きになれば一定の成果は出る。そしてそこに良い戦略が組み合わされば掛け算になって、より良い流れが広がっていく──そう考えています。

 特に営業部門には厳しく言いました。かつて15あったビール工場を9拠点に再編し、生産部門に相当な痛みを強いたのに対し、営業部隊は変わっていないじゃないかと。こうした危機意識を全社員で持たなければ変革などあり得ません。

◆何かを「捨てる」勇気

──そんな中、昨年登場の「本麒麟」が大ヒット。業界としても久々に明るい話題でした。

布施:かつては「ラガー」と「一番搾り」の両面作戦で、ある年は「ラガー」の拡販に注力し、翌年は「一番搾り」の番と、継続性や一貫性がなかった。加えて、販売現場が苦しくなると、「もっと戦える武器が欲しい」と要望が入るので、それに応じて派生商品や季節限定品の乱発にもつながりました。それでは、お客様から見てキリンビールはいったい何をしたいのかわかりません。結果、販売計画の未達が続く、負のスパイラルです。

 そういうことを全部洗い出し、変革を始めたのが2017年の後半から。そこに、マーケティング部長で来てくれていた山形(光晴氏。P&Gジャパン出身)の改革がうまくはまった。私が大きな方向性を打ち出し、山形が具体的に落とし込んでいく。戦略は、何かに集中して、何かを捨てる勇気がなければいけません。

──テレビCMでは起用するタレントを変え、ビール業界の定番用語だった「コク」や「キレ」ではなく「おいしい」や「うまい」の表現を使った。市場を席巻した「本麒麟」の赤い缶デザインも大胆な戦略でした。

布施:確かに麒麟マークの入ったあの赤いパッケージは、以前のキリンだったらできなかったかもしれませんね。コーポレートカラーである赤を新ジャンルに使うのは挑戦でした。

 昨年の躍進は「本麒麟」なしにはありえませんでした。現在、家庭用ビール市場で5割のシェアを新ジャンルが占めている。言い換えれば、お客様に最も身近な商品です。ですが、「本当はビールを飲みたいけど、安いから飲んでいる」という声が多かった。そういうお客様に満足して頂く「本格的な旨さ」を追求しました。「ラガー」にも使われ、爽やかな香りと上質な苦みのあるドイツ産ヘルスブルッカーホップを一部使用し、長期低温熟成も行なっています。それがしっかりした飲み応えに繋がった。

 今年の課題は、この良い流れを継続すること。

 実は新商品を投入するより、リニューアルのほうが難易度が高いんです。主力商品で失敗したら会社が傾くくらいのリスクですから。しかし、やり切る覚悟がないとリターンもない。今年、新商品頼みではなくリニューアル中心のマーケティングで勝負して勝てれば、良い流れも本物でしょう。

「本麒麟」のヒットで、他社も本気で包囲網を敷いてきます。我々は新商品で応戦することはせず、「一番搾り」と「本麒麟」をリニューアルして、当社で言う“絞りの効いたマーケティング”を磨きます。

【PROFILE】ふせ・たかゆき(58)/1960年、千葉県生まれ。早稲田大学商学部卒業後、1982年キリンビール入社。大阪支社長、小岩井乳業社長などを経て2015年1月より現職。

●聞き手/河野圭祐(ジャーナリスト)

※週刊ポスト2019年2月15・22日号

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