ICT時代はウィキペディア的社会 WeはIより優れ崇高なもの

ICT時代はウィキペディア的社会 WeはIより優れ崇高なもの

経営コンサルタントの大前研一氏

 スマートフォンが普及し、SNSなどで常に繋がっていることが当たり前になったいま、組織のあり方が変わりつつある。ネットワーク社会において求められる人材について、経営コンサルタントの大前研一氏が分析、解説する。

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 前号では、ICT(情報通信技術)時代のネットワーク社会では、従来のピラミッド型組織の時代が完全に終焉し、一人一人の個人が年齢、経験、肩書、性別などに関係なく、トップのダイレクトな指示を受けて、どれだけ組織に貢献できるか、ということだけが問われる、と述べた。
 
 では、そこで求められる役割や働き方とはどういうものなのか? ネットワーク社会における組織は一人がみんなに、みんなが一人に、みんながみんなにつながっているという概念であり、その中では積極的に自分の意見を「発言」して組織に「貢献」しなければならない。

 一例を挙げよう。私は学長を務めている「ビジネス・ブレークスルー(BBT)大学大学院」で経営戦略のクラスを受け持ち、1学期・3か月間に23回の講義を行なっている。その授業ではクラス全員でネット上で議論しながら“答え”を導き出すのだが、学生が3か月間に発言する回数は平均75回なので、発言が50回以下だった学生や最後に慌てて何度も発言して帳尻を合わせた学生は落第・再履修となる。

 発言していないということはクラスに貢献していないということであり、貢献しない学生はネットワーク社会では存在しないのと同じだからである。

 この手法は、いわば“クラス内ウィキペディア”のようなものである。一人一人の学生は知識や経験が足りなかったり、スキルが未熟だったりする素人だが、その素人が集まって真剣に考えながら侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を重ねていくことで、より正しい“答え”にたどり着くのだ。これは会社など他の組織やグループでも同じである。

 つまり、ICT時代のネットワーク社会は、すなわち“ウィキペディア的社会”であり、そこでは「I」よりも「We」のほうが、必ず優れているのだ。それが「集団知」というものであり、集団知が重層化すればするほどその組織は強くなり、実行する際にも馬力が出る、という考え方である。

 反対に「それは間違っていると思うが、口に出しては言えない」「こうすべきだが、私には関係ない」といった雰囲気がはびこると、組織は澱んで間違った方向に動く。歴代トップによる東芝の不正会計問題やオリンパスの粉飾決算事件が、その象徴的な事例である。

 重ねて言うが、「We」は必ず「I」より優れたものを生み出す崇高なものである。だから「I」は「We」の一員として貢献しなければならない。それがネットワーク社会における組織の必然であり、しきたりなのである。

 逆に言うと、組織に貢献しているなら、どこで何をしていてもかまわない。温泉旅行に出かけていようが、海外のリゾート地でマリンスポーツに興じていようが、ネットにつながってさえいれば貢献できる。それが21世紀の働き方なのだ。

※週刊ポスト2016年10月28日号

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