歌舞伎町を研究する東大助教が感じた客引きの勤労倫理とは

歌舞伎町を研究する東大助教が感じた客引きの勤労倫理とは

『フィリピンパブ嬢の社会学』の著者・中島弘象氏

「研究者」といわれるとつい、真面目一徹で面白みのないカタブツを思い浮かべてしまうが、研究対象へのあくなき“情熱”を語る彼らの話は、とにかく“ヘン”で面白いのだ──。

 中部大学大学院生時代に「フィリピンパブ」を研究テーマに設定し、実態調査にのめり込むあまり、お店のホステスと結婚までしたのが、『フィリピンパブ嬢の社会学』の著者・中島弘象氏(28)である。

「大学のゼミでフィリピンへのスタディーツアー(研修旅行)に参加したのがきっかけで、大学院に進んで在日フィリピン女性たちの生活実態の調査研究を始めたんですが、フィリピンパブにも行ったことがないのでは説得力がないと思って店に通い始めた。

 ところが、偽装結婚とか不法就労とかの実態って、店の女の子に聞いてもなかなか教えてくれない。はぐらかされてばかりでした。結局、妻になった彼女と付き合い始めて、初めて全体像が見えた」

 著書には、偽装結婚の手法から店側やブローカーとの“契約”の内容、普段の生活まで詳細に綴られている。彼女に頼まれて、暴力団関係者と思われるマネージャーのところへ契約の変更を直談判しに行ったこともある。

「頼まれたときは、心の中では、『マジかよ、勘弁してくれよ』とビビっていた。やっぱり、研究対象にするのと、男女の仲になるのは違いますね(苦笑)。出版後に『研究対象に手を出したら研究者失格じゃないか』と指摘もされました。たしかに一緒に暮らすようになってからは研究どころじゃなかった。ただ、当事者になって人生かけたギャンブルに出た結果です。それはわかってもらいたい」

 中島氏は博士課程には進まず、在野のフィリピンパブ研究家としてフリーライター活動を続けている。

◆続いて話は歌舞伎町へ

 一方、東大で、夜の歌舞伎町を研究フィールドに選んだ“学究の徒”もいる。街頭に立つ客引きや彼らを取りまく地域社会の構造を研究するのが、『歌舞伎町はなぜ〈ぼったくり〉がなくならないのか』の著者、東京大学文学部助教の武岡暢氏(32)だ。同氏は大学院修士課程の頃から、5年以上にわたって歌舞伎町研究を続けてきた。

「歌舞伎町を研究対象に選んだのは、“いかにも都市的な現象”を研究したいという思いがあったのと、誰もやっていなかったからという理由です。歌舞伎町というのは不透明な社会です。不透明というのは、一つは社会構造が不透明。どんな人、組織が関係を形作っているかがわからない。もう一つは、雑居ビルの中でどういう営業が行なわれているのか物理的に見えないという意味で不透明です。

 その不透明さによって、外から来る人にとっては予測がつかない街になってしまう。だから、“客引き”という仲介業者を置いて、店と客をつなぐということが歌舞伎町では非常に重要なのです」

 フィールドワークとしては、関係者へのインタビューなどの他に、歌舞伎町商店街振興組合という商店街組織が実施している客引き排除のパトロールにも同行した。

「印象的だったのは、パトロールが来ると客引きがそこから立ち去っていく行動でした。なかには『今日のパトロールは何時までですか?』と聞いてくるベテランの客引きもいた。パトロールの人たちも笑いながら終了時間を教えていました。両者の間にバランスや調和みたいなものが生まれていたところが面白いわけです」

 一般的に客引きは連れてきた客が支払う代金を店と折半して収入を得るパターンが多いという。しかし、1時間8000円で客が「うん」といわない場合、“手出し”といって、自分の取り分を1000円引いて、7000円でどうかと持ちかけたりする。

「こういった方法で利益を少しでも確保しようという客引きの『勤労倫理』を感じましたね。客引きを職業として成立させようとする努力です」

※週刊ポスト2017年6月23日号

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