「ヤメ東芝」65歳男性 恵まれぬ現場体験もとに後輩へエール

「ヤメ東芝」65歳男性 恵まれぬ現場体験もとに後輩へエール

2015年に「SEtech」を設立した関根弘一氏(65)

 圧倒的な技術力を背景にテレビ、冷蔵庫などのシェアを拡大し、日本の高度経済成長を支えた「総合電機メーカー」東芝が、東証2部に降格する。先の展望も見出せない中、上場廃止どころか、廃業の危機を迎えている。

 粉飾決算や原発事業の巨額損失などトップの判断が凋落を招いたのは言うまでもない。だが、東芝が培った現場の力は、全く色あせてなどいない。“東芝社員”たちは、場所を変えて再び輝き出そうとしている。

 技術部門での経験を活かして起業した人物がいる。入社以来、デジカメやプリンターに欠かせないイメージセンサーの開発や製造に携わってきた関根弘一氏(65)は、2015年に「SEtech」を設立した。

 東芝から独立後にコンサルタントとして訪問した介護施設で、監視カメラ映像に一つの画面が何分割もされ、複数のカメラの映像が映っているのを見て、これでは大事な映像を見落としかねないと感じたのだ。

 そこで、専用のセンサーを開発し、撮影範囲に動きがあった時だけ映像を映し出すシステムを考案。この仕組みは、監視だけでなく防犯などにも幅広く活用できる上に、コストや録画データの容量を削減できる。技術畑を歩んできた関根氏だが、技術以外のスキルも叩き込まれてきた。

「東芝時代、100を超える特許申請をしたノウハウを活かし、新会社でも5つの特許を取得しています」

 関根氏は東芝でのキャリアの半分近くを、出向先の子会社で過ごしてきた。勤務先は岩手にある工場。そこでは技術開発だけではなく、社外への営業にもかかわってきた。その経験も貴重な財産になっている。

「地方工場は受け身に回ってしまうことが多いのですが、それでは新製品の製造は主流の工場に奪われてしまいます。ですから私は常に新たなチャレンジをし、客先をも巻き込むようなアピールを欠かしませんでした。

 それは今も変わりません。私は“まさかの上司は真の上司”で、苦しい状況でも周囲にあたらずどっしり構えようと自分に言い聞かせてきました。今の東芝の社員にもそう伝えたい」

 東芝が輝いていた時代、必ずしも恵まれていない現場を経験した関根氏は、そう後輩たちへエールを送る。

※週刊ポスト2017年7月21・28日号

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