「ザ・昭和の観光」な定期観光バス、なぜいま人気 はとバスV字回復、地方でも脚光のワケ

「ザ・昭和の観光」な定期観光バス、なぜいま人気 はとバスV字回復、地方でも脚光のワケ

レモンイエローの車体色が目印のはとバス。東京を拠点に横浜や富士・箱根方面へも運行されている(成定竜一撮影)。

「はとバス」に代表される定期観光バスは、その地域の観光地を効率よく回ることができ、高度成長期には全国の都市で運行されていました。時代の流れで一時は人気が低迷しましたが、近年、新たな取り組みや訪日外国人の利用で復活しつつあります。

高度成長期に全国へ普及した定期観光バス

 2018年、はとバスが設立70周年を迎えました。同社は戦後すぐに誕生し、全国そして世界からの来訪者を対象に、東京都内や周辺の名所を案内する役割を果たしてきました。一時は経営危機さえ囁かれたものの、現在では毎日約100コースを運行するなどV字回復を遂げています。

「はとバス」と聞いてまず思い浮かぶのが、東京駅などのターミナル駅を基点に、半日または1日かけて、東京タワーをはじめとした都内の名所をバスガイドが案内して回るタイプのコースでしょう。これらは、「定期観光バス」と呼ばれる路線バスのいち形態です。

 定期観光バスは、特定の日だけ催行される旅行会社のバスツアーと異なり、毎日、あるいは毎週土休日など曜日を決めて運行されます。また、バスに乗って遠方に向かうのではなく、原則としては旅行先で乗車し周辺を巡るものです。多くは、地域の路線バスや高速バスなどと同様に、道路運送法における「乗合バス」として扱われ、走行ルートや運賃などについて国への申請、届出を行っています(旅行業法における「募集型企画旅行」として扱われるものも一部ある)。

 はとバスのみならず、全国で多くのバス事業者が地元を案内する定期観光バスを運行しています。わが国で最初の定期観光バスは大正期に東京都内で運行されましたが、女性車掌(かつては地域の路線バスにも必ず車掌が乗務していた)がガイド役を務めるスタイルは、1928(昭和3)年、別府温泉を回るコースで亀の井バス(大分県別府市)が始めたのが最初だと言われています。

 戦後、高度成長期には国内旅行者が大幅に増え、全国で定期観光バスが運行されます。1957(昭和32)年には、はとバスのバスガイドをモチーフにしたと言われる「東京のバスガール」という歌もヒットしました。

「国内旅行の花形」から一転、縮小へ

 当時、定期観光バスは国内旅行の「花形」でした。多くのコースが日本交通公社(現・JTB)など大手旅行会社の支店で取り扱われ、国鉄の「連絡運輸」扱いで、駅の窓口において予約、購入できるものもありました。ウェブ予約などなかった時代、全国の旅行会社や駅で購入できるのは大変便利だったこともあり、鉄道で目的地に向かい、定期観光バスに乗り換えるという旅行形態は一般的なものになりました。

 伊豆や箱根のような観光地、京都や奈良のような観光都市では多くのコースが作られ、決して観光客が多いと言えない都市でも、県庁所在地クラスには必ずと言っていいほど運行されていました。一般的に、午前コースと午後コースが設けられ、昼食を挟んで両者を乗り通すと地域内の観光地をひと通り網羅できるよう設定されました。

 ところが、1980年代から定期観光バスの市場は縮小を始めます。自家用車が普及し、マイカー旅行の比率が上がったこと、所得が上がり休日が増えたことで多くの日本人が「旅慣れ」し、景勝地から神社仏閣、博物館まで総花的に回るコースでは満足しなくなったことなどが背景にあります。知らない土地に出かけ物見遊山することは、もう特別なこととは言えず、旅行者ひとりひとりの興味関心に沿った旅行が求められるように。一方、高速道路の延伸などにより、地元で集合し目的地までの移動から現地での観光まで1台の貸切バスが担う、旅行会社のバスツアーが増え、手軽に旅を楽しみたい人はそちらに参加するようになったのです。

 乗客減少により、バス事業者は複数のコースを統合し合理化を進めますが、それがさらに総花的で凡庸なコースを生み、利用者はもっと離れました。2000年を過ぎると全国で廃止が相次ぎ、観光客が多いはずの大阪や広島といった都市でさえ、一時は全廃されました。

集客のカギは「夜のエンタメ」? 個性派車両も続々

 そのようななか、はとバスは大きな決断をします。地方からの観光客に「ガイドブックで見る東京」を案内するという従来の戦略を転換し、首都圏在住者をもうひとつの重要なターゲットと定め、定番観光地ではないスポットを回るコースを充実させたのです。その象徴が夜のエンターテイメントを楽しむコースであり、ショーパブで「ニューハーフショー」などを楽しむといった体験が人気に。遠方からの観光客を対象とする「東京半日」(皇居や東京タワーを半日で巡るコース)といった定番コースと、主に地元在住者をターゲットにした企画性の大きいコースの2本柱で乗客を集めるようになりました。

 一方、はとバス以外の定期観光バスはどこも苦戦が続いていましたが、近年、その流れが大きく変わりつつあります。

 2004(平成16)年、東京で日の丸自動車興業(文京区)が、2階建てバスを改造し屋根を取り払ったオープントップバスを用いて定期観光バス事業に参入しました。走行中に風が直接入ってくる2階席の開放感は抜群で、レインボーブリッジや都内のイチョウ並木などを巡るコースが人気となりました。

 さらに同社は、陸上を走行するバスがそのまま川や湖に入って船として運航する水陸両用バスも投入。オープントップバスとともに、いまでは東京以外の多くの地域で導入されています。これらのコースは、下車観光はほとんどありません。物見遊山ではなく、エンターテイメント性を重視したことで定期観光バスに新しい価値が付加されたのです。

 もうひとつの変化は、外国人客の増加です。急増する訪日外国人(インバウンド)は、ここ数年、団体ツアーからFIT(Foreign Independent Tour/個人自由旅行)中心へと変化しています。貸切バスではなく、公共交通を乗り継いで個人旅行を楽しんでおり、そのなかには、訪問先で現地参加型ツアー(着地型ツアー)に参加する人も多くいます。

「総花的で凡庸」な「昭和の遺物」と思われた定期観光バスですが、考えてみれば、現地の観光スポットを効率よく回る着地型ツアーでもあったのです。今後、FITはますます全国の様々な土地を訪れるようになるでしょう。そのとき、定期観光バスが残っていることが、その地にとってFITを集客する要素のひとつになるかもしれません。

「どの都市でも金太郎飴」にならないために

 定期観光バスがさらに多くのFITを集めるには、ふたつの変化が必要です。ひとつは多言語対応。ウェブ上で多言語でコースを紹介し予約を受け付けることはもちろん、車内での観光案内を多言語で行うことも重要です。はとバスでは、いわゆるバスガイドではなく、英語や中国語を話すツアーガイドが乗車する外国語コースが運行されています。

 言語別にコース設定するほどの需要がない地域でも、ジェイアールバス東北、西日本ジェイアールバスらが運行する定期観光バスで、GPSを活用し多言語で自動的に音声案内が流れる機器が採用されています。乗客はイヤホン型のレシーバーで言語を選択し、案内を聞くことができます。

 もうひとつはコース内容の見直しです。地元の観光スポットを網羅的に回るだけでは、どの都市の定期観光バスも「金太郎飴」になってしまいます。遠来の旅行者やFITが喜ぶような演出、その土地でしか味わえない体験を、もっと取り入れていく必要があります。例を挙げれば、「KIMONO」を着て旅を楽しめる仕掛け(浴衣のレンタルなど)、地場産業の職業体験といった具合です。

 FIT、国内旅行者、そして地元在住者に対しても、日常生活では味わえないワクワク感、旅のプロしかなしえない演出、そして地元のバス事業者だからこそ実現できる、その土地ならではの一歩深い旅行体験を提供することができれば、定期観光バスはもうひと花咲かせることができるはずです。

【写真】黄色じゃなかった! 昭和25年の「はとバス」

関連記事(外部サイト)