「連絡船うどん」とは かつて鉄道連絡船の名物、いま駅に 「思い出の味」は進化

「連絡船うどん」とは かつて鉄道連絡船の名物、いま駅に 「思い出の味」は進化

JR高松駅構内の「連絡船うどん」。かつて宇高連絡船のデッキにあったうどん店をイメージしている(画像:めりけんや)。

かつて国鉄・JRが運航していた宇高連絡船(宇野〜高松)では、讃岐うどんがひとつの名物となっていました。現在は高松駅で、その名も「連絡船うどん」という店が営業しています。

コシがなかった? 「連絡船うどん」

 岡山県玉野市の宇野港と香川県高松市の高松港を結ぶ宇高航路。いまは四国フェリー(高松市)が運航していますが、以前は国鉄・JRも鉄道連絡船「宇高連絡船」を直営し、宇野駅と高松駅のあいだを連絡していました。そしてこの連絡船、デッキで販売されていた讃岐うどんが、ひとつの名物となっていました。

 宇高連絡船は1910(明治43)年に就航。旅客はもちろん、貨車の航送も行われるなど、本州と四国を結ぶ大動脈となっていました。しかし、1988(昭和63)年に瀬戸大橋線が開通したことで、鉄道車両を搭載できる連絡船とホーバークラフトが廃止、1991(平成3)年には地域住民のために残されていた旅客専用の高速艇も廃止され、81年の歴史に幕を閉じたのです。

 うどん店が営業していたのは連絡船で、廃止までの20年ほどのあいだです。人呼んで「連絡船うどん」。インターネットなどではいまも、船の上で食べたこのうどんを懐かしむ声が聞かれます。旅行者には四国に足を踏み入れることを実感させ、帰省者には故郷を感じさせるものだったのでしょう。

 ここでは作り置きの茹で麺が使用されていたこともあり、なかには「コシがなかった」といった声も。しかし、「デッキで海を眺めながら食べる」ことに価値があったのかもしれません。

いまは「駅うどん」に 味も進化

 宇高連絡船は廃止されましたが、現在、JR四国グループのうどん店「めりけんや」が、高松駅構内で「連絡船うどん」という名のうどん店を営業しています。店にはフェリー「伊予丸」「土佐丸」「讃岐丸」「阿波丸」の写真が掲示されているほか、テラス席も設けられ、かつての「船上」をイメージさせる店舗作りが行われています。

 連絡船のデッキでは作り置きの茹で麺が使われていたのに対し、現在の「連絡船うどん」ではその場で茹でた麺が提供されており、連絡船当時と比べてコシもあり、味は一段とおいしく。また、当時は「かけうどん」「きつねうどん」「天ぷらうどん」の3種のみでしたが、いまは「肉ぶっかけ」や「肉うどん」「かきあげうどん」などもあります。

 店には改札内、改札外どちらからも入ることが可能。店から瀬戸内海までは400mほどです。めりけんやは、「潮風に吹かれながら、本場の讃岐うどんを味わってほしいです」と話します。

 ちなみに、船上の「連絡船うどん」が1日限りで復活したこともあります。2010(平成22)年6月12日、宇高連絡船の誕生100周年を記念してJR四国が企画した「宇高連絡船メモリアルシップ」。スタッフが当時の制服に身を包むなど、廃止当時の連絡船に見立てられた四国フェリーの貨客船が高松〜宇野間を1往復し、その船内の売店でうどんも振る舞われました。

※記事制作協力:風来堂、やまだともこ

【写真】懐かしの「宇高連絡船のうどん店」

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