消えゆく戦闘機F-4「ファントムII」 空自百里基地で「ラストファントム」飛ぶ

消えゆく戦闘機F-4「ファントムII」 空自百里基地で「ラストファントム」飛ぶ

2018年12月2日、「百里基地航空祭」にて披露された特別塗装のF-4EJ改「ファントムII」と、こちらも特別仕様のバックプリントを披露する整備員(月刊PANZER編集部撮影)。

航空自衛隊の百里基地には、世界でも類を見ない数のF-4「ファントムII」戦闘機の現役機がいまだ配備されています。2019年にF-35戦闘機への機種転換を控える同基地の第302飛行隊が、イベントで最後の雄姿を見せました。

第302飛行隊の「ラストファントム」に世界が注目

 2018年12月2日、航空自衛隊百里基地(茨城県小美玉市)で開催された「平成30年度百里基地航空祭」には、毎年のことながら地元住民のみならず、日本中から多くのファンが駆けつけ、盛大なお祭りとなりました。しかし今回、例年の賑わいとはひとつだけ違った様相がありました。

 それは、海外からの来訪者の数。例年になく、大きなカメラを持った海外の観客が多い基地祭となったのです。彼らのお目当てはF-4EJ改、通称「ファントムII」。40年以上も日本の空を守り続けてきた「ファントムII」の、百里基地に所属する第7航空団 第302飛行隊における最後の雄姿を目に焼き付けたいと、世界中からファンが集まってきていたのでした。

世界中で運用されたファントムII

 世界中にファンの多いF-4「ファントムII」は、アメリカ海軍の要請により艦上機として開発され、1958(昭和33)年に初飛行を行いました。これが、思った以上に大成功。アメリカ空軍も使用したいと願うほどの高性能機でした。

 こうしてアメリカ海軍、空軍、そして海兵隊で運用が開始され、さらにイギリス軍をはじめ当時の西側諸国もこぞって「ファントムII」を購入し、総生産数は5000機を超えるベストセラー機となりました。

 当時の運用国は、日本、韓国、イスラエル、エジプト、イラン、トルコ、スペイン、イギリス、ドイツ、ギリシャなど。すなわち、単純に考えてもアメリカ以外のこれだけの国に、「ファントムII」を知る人たちがいることになります。世界中の「ファントムII」は、さまざまな紛争、世界的に大きな戦争に駆り出され、大きな戦果を挙げていきました。

日本における「ファントムII」

 日本の航空自衛隊に「ファントムII」が導入されたのは、1971(昭和46)年のこと。世界で初めてF-4EJ「ファントムII」としてライセンス生産が許可され、1981(昭和56)年の生産終了までに輸入したRF-4Eと合わせ、154機を導入しました。

 導入後、1976(昭和51)年の「ベレンコ中尉亡命事件」なども起こり、低空目標への探知能力不足など課題も明らかになりましたが、1981年にF-15Jが採用されるまで、F-4EJ「ファントムII」は日本の主力戦闘機として運用されました。そう、当初の予定ではF-15の導入により、その一部は偵察機として残るものの、「ファントムII」は引退する予定でした。

 しかし、ここで予定外のことが起こります。支援戦闘機として運用されていたF-1の引退が間近に迫っているにもかかわらず、その後継機であるF-2が完成していなかったのです。そこで白羽の矢が立ったのは「ファントムII」でした。

 もともと制空戦闘機として運用するため、対艦・対地攻撃能力をカットして航空自衛隊に導入されたF-4EJ「ファントムII」。そこに対艦・対地攻撃能力を再度、付与し、さらにレーダーや制御コンピュータを(当時の)最新のものに更新。ヘッドアップディスプレイシステムなども導入し、制空戦闘も対艦対地攻撃も可能なマルチロール機「F-4EJ改」へとバージョンアップされたのです。改修は1989(平成元)年から1993(平成5)年にかけて行われ、計90機が生まれ変わりました。

 日本でF-4EJ改が新たな任務を与えられていた頃、生まれ故郷アメリカでは、「ファントムII」は第一線を離れ、静かにその寿命を終えようとしていました。またイギリスも「ファントムII」を退役させ、新たな戦闘機を導入する動きが加速していきました。

 しかし、そのほかの国は、日本同様「ファントムII」をグレードアップさせ、少しでも長く運用しようとさまざまな改修を行っています。もともとの頑丈さ、汎用性の高さなど、やはりその信頼性は、世界中で高く評価されていたのでしょう。イスラエルは独自システムと兵器を搭載できるF-4E-2020、通称「ターミネーター」を開発。ドイツもF-4Fに「ICE(Improved Combat Efficiency:戦闘効率改善)」と称するアップグレードを施して運用を続けました。

「ファントムII」の終焉

 それでも、最期の時はやってきます。改修を行っても機体は寿命を迎え、2000(平成12)年から2015年くらいのあいだに、世界各国の「ファントムII」は次々と姿を消していきました。ドイツ空軍の第71戦闘航空団は2013(平成25)年6月29日、「ファントムII」の最後の任務飛行をイベントとして公開し、10万人を超えるファンが詰めかけるなか、その生涯を閉じました。

 2018年末の時点で、日本以外に「ファントムII」を運用している国は、韓国とイラン、ギリシャ、トルコの4か国といわれています。ただし、これらの国々も「ファントムII」の運用は縮小しており、イランでは2014年に、イスラム過激派への攻撃や偵察任務に使用されて以降、その姿は見られていません。また韓国でも、2018年3月にF-35戦闘機の引き渡しが行われ、2019年初頭からその運用が開始されるため、あと10年もすれば世界の空から「ファントムII」の姿がなくなる可能性は非常に高いのです。

 お話を最初に戻しましょう。2018年12月2日、「百里基地航空祭」に世界中から集まった「ファントムII」のファンたち。ここは現在、世界でも類を見ない、偵察飛行隊を含む3個飛行隊が「ファントムII」を現役で運用している、いわば「ファントムII」の「最後の楽園」です。そして今回の航空祭では、2018年度末でF-35Aに機種変更を予定している第302飛行隊の、「ファントムII」のラストフライトということもあり、より一層ファンたちの心を浮き立たせるものとなりました。

 残る2個飛行隊も、2021年までに「ファントムII」の運用を終了することが決定しており、その名のとおり「幽霊」のように姿を消そうとしています。しかし、世界中から百里基地に集まったファンの姿を見る限り、「ファントムII」は、いつまでも彼らの心に生き続けていくことでしょう。

【写真】アナログ計器ズラリ、F-4EJ「ファントムII」のコックピット

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