四国の高速バス、ココが凄い! 明石海峡大橋の開通で急成長 「自家用車+バス」も発達

四国の高速バス、ココが凄い! 明石海峡大橋の開通で急成長 「自家用車+バス」も発達

徳島と東京を結ぶ全12席の豪華夜行バス「マイ・フローラ」の車内(画像:海部観光)。

1998年に明石海峡大橋が開通したことで一変した四国地方の高速バス。神戸淡路鳴門道経由で京阪神を結ぶ高速バスがひっきりなしに行き交うまでに急成長した裏には、「マイカーがひとりに1台の時代」に合った施策が存在します。

明石海峡大橋開通前は、フェリーを利用していた高速バスも

 四国地方では、もともと高速バスの発展が遅れ気味でした。しかし、1998(平成10)年に明石海峡大橋が開通し、神戸淡路鳴門自動車道が全通したことを機に急成長を遂げます。成長開始が遅かったぶん、四国地方の高速バスは、ほかの地方には見られない特徴を持っています。

 1988(昭和63)年、四国と本州を結ぶ最初の橋、瀬戸大橋が開通した時点では、四国内の高速道路はほとんど開通していませんでした。高松〜徳島、松山〜高知などの都市間を結ぶ路線バスもありましたが、一般道を利用していました。瀬戸大橋開通を機に、香川県の乗合バス事業者3社が共同で出資して四国高速バスが、またその3社に加え航路が廃止となるフェリー会社も出資して瀬戸大橋高速バスが設立され、いずれも高松を拠点に、前者は東京(新宿)線を、後者は岡山線と横浜線を、本州側のバス事業者とそれぞれ共同運行を開始しました(その後、岡山線は廃止となり瀬戸大橋高速バスは解散。車両や路線は四国高速バスに移管)。

 1990年代には四国内の高速道路も徐々に開通し、高松〜高知、高松〜松山などの路線も加わります。また、高松〜大阪線(四国高速バス/阪急バス)が1994(平成6)年に、徳島〜大阪線(徳島バス/南海バス/阪神電鉄〔現・阪神バス〕)が1996(平成8)年に開業しますが、前者は瀬戸大橋経由、後者は淡路島と本州のあいだでフェリーを利用しており、所要時間が長くニッチな存在にすぎませんでした。明石海峡大橋開通による所要時間短縮を見据え、各事業者の先行投資であったと言えます。

 しかし、1998(平成10)年に明石海峡大橋が開通すると、四国の高速バス事情は一変します。特に変化が大きかったのは徳島県です。当時、徳島から神戸や大阪へは、直行の高速船や、和歌山港までのフェリーと南海電鉄を乗り継ぐルートが定着していました。しかし、高速バスであれば天候の影響が小さいうえ、乗り換えなしに都心(神戸の三宮、大阪の梅田、難波)へ到着することから、高速バスが一気にメインルートに躍り出ました。

「私鉄系」「JR系」が真っ向から競合!

 この徳島〜神戸・大阪線には、四国の高速バス事情を象徴する特徴があります。それは、明石海峡大橋開通による経路変更(フェリー利用時代とは所要時間や便数が大きく異なるので実質的には新規開業とも言える)当初から、私鉄系バス事業者の陣営とJR系の陣営が、ほぼ同じ便数を運行する「ライバル路線」として並び立ったことです。

 私鉄系は、徳島バス、南海、阪神に加え阪急バスも共同運行に参入しました。JR系陣営は、西日本ジェイアールバス、JR四国(現・ジェイアール四国バス)に加え、航路廃止となった船舶からの離職者対策として設立された本四海峡バス(西日本ジェイアールバスが開業支援を担当)による共同運行で、「JR本四ブルーネットワーク」という名称がついていました。

 東京や大阪、福岡などでは、高頻度運行の昼行路線ネットワークは、旧運輸省が「マルチ・トラック」(複数陣営の高速バスが同一路線を競合して運行すること)を認める前に完成したため、もともとその路線網を築いてきた私鉄系と、国鉄の分割民営化後に成長したJR系が方面別に路線を住み分けており、真っ向から競合する事例はあまりありません(長距離夜行路線についてはJR系が後発参入した事例もみられる)。しかし四国では、JR系事業者が実力を蓄えたあとに「高速バス時代」が到来したため、最初から「同格のライバル」となったのです。

 四国における私鉄系とJR系の関係は、需要が大きくおおむね30分間隔で運行される徳島〜神戸・大阪線などでは競合している一方、市場規模が比較的小さい区間(徳島〜京都、高松〜京都など)では両者が手を取り共同運行しています。また、高松〜大阪線では競合関係だったものの、2002(平成14)年、「たかなんフットバス」(高松エクスプレス/南海バス)参入を迎え撃つにあたり私鉄系とJR系が共同運行化されたという事例もあります。

 たとえば南海バスから見ると、関西空港〜高松線で共同運行している四国高速バス、ジェイアール四国バスや、大阪〜徳島線で共同運行している阪急バスが、大阪〜高松線では競合関係にあるという複雑な状況が生まれました(現在、南海バスは高松線から撤退済み)。

高速バス後進地域ならではの「パーク&ライド」文化

 徳島〜神戸・大阪線に代表される四国の高速バスには、もうひとつの特徴があります。それは、自家用車と高速バスの乗り継ぎを前提とした、大規模なパーク&ライド施設(駐車場)です。

 2003(平成15)年、徳島から神戸淡路鳴門道 鳴門ICへ向かう国道のバイパスに、国土交通省と徳島県が「徳島とくとくターミナル」(松茂町)を開設しました。土産物店や高速バス発券窓口などを備え「バスの駅」と称し、200台を超える有料駐車場も整備されました。しかし、200台ではとうてい足らず満車が続き、周辺の土地所有者らが続々とコインパーキング事業を開始。いまでは10か所を超える民間のコインパーキングが林立しています。

 高松道 高松中央ICの前にも、250台収容の駐車場を備えた「高松中央インターバスターミナル」があるなど、四国各県のIC周辺や大型商業施設などにパーク&ライド施設が設けられています。ほかの地方では、自家用車が「一家に1台」時代に高速バスが路線を拡大したのに対し、「ひとりに1台」時代に入ってから高速バスが急成長した四国では、最初からパーク&ライドを前提に事業が展開されているのです。

 ここまで主に短・中距離の昼行路線を見てきましたが、四国から本州、九州へは夜行路線も運行されており、四国各県から首都圏へは、私鉄系とJR系、および「高速ツアーバス」からの移行事業者が競合しています。

 このうち移行事業者である琴平バス(香川県琴平町)は、琴平から高松、鳴門(徳島県)を経由する東京線を運行しています。あわせて、愛媛県と高知県からシャトルバスを運行し「コトバスステーション鳴門」で接続、乗り換えてもらうことで、四国4県から東京への路線を維持しています(シャトルバスは名古屋線と兼用)。

 全国的に長距離夜行路線はLCCの登場や乗務員不足などで退潮傾向にあり、四国でも高松、松山、高知と成田空港を結ぶLCCが就航したことで、首都圏各線は特に平日の乗車率に大きな影響を受けています。その一方で、航空便の座席数は限られており、週末や帰省ラッシュ時には高速バスの需要が一気に高まります。需要の波が以前より大きくなっているわけで、琴平バスのように、効率的に運行しつつ繁忙日には柔軟に続行便を設定することが求められています。

豪華夜行バスで知られる個性派事業者の戦略

 高速ツアーバスからの移行事業者では海部観光(徳島県美波町)も有名です。阿南(徳島県)・徳島〜東京線に投入されている「マイ・フローラ」は、座席数をわずか12に絞り、パーティションとカーテンでほぼ個室になるほか、カーペット敷きの車内へ乗り込む際には靴を乗務員に預けるなど、豪華なバスとして知られています。

「マイ・フローラ」の豪華さが取り沙汰されがちですが、同社の基幹路線である阿南・徳島〜大阪線はすでに13往復まで増便されており、週末には続行便も頻繁に設定されます。乗客がウェブ上でじっくり比較しながら予約する長距離夜行路線に比べ、習慣的に利用される短・中距離の昼行路線では、歴史が長く運行頻度が高い老舗事業者の路線に強みがあるなか、後発参入者が成功した全国でも珍しい事例です。「マイ・フローラ」がテレビや新聞で繰り返し紹介され社名の認知を上げるとともに、地元密着の営業活動を行ってきた同社の成果がその便数に現れています。

 四国地方では高速道路が比較的遅れて開通しているため、線形の悪い鉄道に比べ、高速バスは所要時間で優位にあり大きな市場シェアを持っています。特に京阪神へは、四国4県から合計約230往復も運行されており、神戸淡路鳴門道では次から次へと高速バスにすれ違います。この区間は、事業者間の適度な競合関係が生み出した「高速バス街道」だといえるでしょう。

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