戦艦はなぜ消えた? 「航空機優位」だけじゃない、空母が海上戦力の中心になった理由

戦艦はなぜ消えた? 「航空機優位」だけじゃない、空母が海上戦力の中心になった理由

「ド級」の語源となったイギリス戦艦「ドレッドノート」(画像:アメリカ海軍)。

かつて海上戦力の中心といえば「大艦巨砲」、つまり戦艦でした。航空機の発達もあり、第2次世界大戦でその座が空母にとって代わられたのは広く知られますが、具体的に空母の何が優れていたのか、3つのポイントを解説します。

「ど」えらい(関西弁)から「超ド級」ではありません

 とても凄いことを表わす、「超ド級」という言葉がありますが、元々は海軍用語です。

 そもそも「ド級」というのは、イギリスが20世紀初頭に建造した「ドレッドノート級」という戦艦のクラス(型、級)を指す言葉で、それを超えるレベルということで「超」がつき、「超ド級」という言葉が生まれたのです。ドレッドノート級でも、登場当初は「それまでのすべての軍艦を陳腐にする」とまでいわれたようですが、超ド級はそれを超えているわけで、21世紀のいまもこうして言葉が残るほどのインパクトを、当時の人々に与えたのであろうことは想像に難くありません。

 それでは、ドレッドノート級は何が凄かったのでしょうか。

 それまでの戦艦は、様々な口径の艦載砲を備えることで、近距離から遠距離まで対応できるようにし、なおかつ速射性に優れた(すなわち時間単位あたりの撃てる弾数が多い)小口径砲と、射程と威力に優れた大口径砲をあわせ持つことで、敵艦を打ち負かそうとしていました。

 しかし、このように大中小と各種口径を揃えるということは、逆にいうと射撃統制を難しくし、なおかつ補給や整備性も悪化させる欠点を有しています。

 それに対しドレッドノート級は、艦載砲の口径を単一の大口径に統一することで、射撃指揮をとりやすくし、さらに速力を重視して、同年代の戦艦よりも10%以上、速度に優れる長所を有していました。

 これにより、敵艦よりも有利な位置にいち早く展開し、遠距離から高い命中精度で大口径砲を撃つことができ、仮に自艦が不利な状況に陥っても、足の速さによっていち早くピンチを脱出することができるという、画期的な艦だったのです。

大艦巨砲主義の衰退と航空戦力の台頭

 このドレッドノート級は1906(明治39)年に就役しましたが、同時期に建造中だった他国の戦艦を含めて、従来艦を一気に旧式化させ、他国もあわててド級と同じレベルの戦艦を揃える必要に迫られました。

 そして他国がド級と同レベルの戦艦を揃えたころに、イギリスが再び優位に立とうと開発したのが「オライオン級」という新型戦艦です。これが当時のイギリスメディアによって「スーパー・ドレッドノート」と呼称されたことで、日本において「超ド級」と訳され、定着したのです。

 このように、20世紀初頭は「戦艦の時代」でした。事実、1914(大正3)年から1918(大正7)年にかけ行われた第1次世界大戦では、海戦の主役は戦艦でした。このころの戦艦はまさに国力の象徴で、自国の強さを見せつける外交的な存在でもあったといえます。

 しかし時代は移り変わり、その後起きた第2次世界大戦を経て、2019年のこんにちでは戦艦(Battle Ship)を保有する国はありません。

 最後の戦艦となったのは、アメリカ海軍のアイオワ級ですが、1991(平成3)年の「湾岸戦争」への参加を最後に全艦が退役し、その後、戦艦は、建造はおろか運用もされていません。

 では2019年現在、往時の戦艦のような、国を代表する海の主役は何になるのでしょうか。それは航空母艦、いわゆる空母です。

 1941(昭和16)年12月8日、旧日本海軍の空母6隻は、350機以上の艦載機を載せハワイ沖へ到達、真珠湾へと攻撃を仕掛け、戦艦4隻を撃沈、そのほかの艦艇の多くも大破させます。当事者であるアメリカをはじめ、多くの国々に空母の凄さと有用性を見せつける結果となりました。

 さて、その「空母の有用性」とは何なのでしょうか。そのポイントとしては以下の3つが挙げられます。

 ふたつ目の要素は「汎用性、柔軟性」です。航空母艦は英語で「Aircraft Career」といい、直訳すれば「飛行機運搬船」となりますが、運ぶ飛行機、いうなれば搭載する航空機の種類によって、さまざまな使い方ができるのです。

 たとえば、特定エリアの制空権(一定空域において味方の航空機が自由に行動できる状態のこと)を確保したい場合には、制空戦闘機を多めに搭載して出航し、敵国本土を叩く目的ならば攻撃機を、揚陸作戦ならばヘリコプターや「オスプレイ」のような輸送機を多めに搭載するなど、それぞれの目的に合わせて柔軟に艦載機の数や種類を変更することで、幅広く運用することができます。

 また艦載機の搭載武装も、目標が敵航空機であれば空対空ミサイル、艦船であれば魚雷や対艦爆弾、対艦ミサイルといった具合に、潜水艦なら対潜ロケットや対潜爆雷、魚雷など、陸上目標なら爆弾や空対地ミサイル、ロケット弾などといったように、積み替えることができます。

 これは海上で、砲撃戦主体の船として生み出された戦艦とは大きな違いです。戦艦は強力な艦砲を多数装備するとはいえ、それを魚雷やミサイルに積み替えることはできません。仮にミサイルを搭載したとしても、その巨大な艦砲を外すことはできず、場合によっては無用の長物を載せたままとなるのです。

 戦艦は大口径の大砲を有していますが、その射程はせいぜい40kmほどです。しかし、それが空母であれば、艦載機の存在によって、200km以上先の目標に向けて狙いを定めることも可能です。もちろんこの距離は、洋上だけでなく内陸部にも向けることができるため、敵艦艇だけでなく敵地奥の陸上目標に狙いを定めることもできます。

 しかも第2次世界大戦後、航空機はジェット化され、より速くより遠く飛べるようになりました。現代の艦載機であれば、1000km以上も先の目標に対して攻撃することも可能です。しかも、より大型の爆弾やミサイルも積めるようになっています。

 複葉から単葉へ、レシプロ(ピストン)エンジンからジェットエンジンへ、航空甲板という狭い空間でも運用可能な航空機の登場により、空母は大発展を遂げたのです。

 まずひとつ目は「艦載機の存在」です。

空母の有用性、具体的にはどのあたり?

 こうした理由から、空母は戦艦に代わって「海洋の覇者」となっていき、現代においては空母の有無が、各国の海軍力のひとつの目安といわれるまでになったのです。

 現在、原子力空母を有しているのは、アメリカのほかにはフランスのみです。そのほかに、軽空母も含めた通常動力型空母を保有している国は、イギリスやイタリア、インドなど5か国のみです。

 そうしたなか2017年には中国が、ロシアから購入した中古を改造した空母「遼寧」を就役させ、「中国海軍躍進の象徴」として大きな話題を呼びました。まだ艦載できる戦闘機は多くないといわれていますが、それでも東アジアで、正規空母を保有する国は中国のほかにはないため、大きな脅威であることに間違いはありません。

 現代の空母は、かつて砲艦外交において戦艦が果たしたような、象徴的な役割も担っているのです。

 当時は、年に50%ともいわれるハイパーインフレが起こっており、また空母の場合、艦載機やそのパイロットを考慮しないと戦力としてカウントできないので、一概にこれだけで有用性を問うのは難しいかもしれませんが、それでも多くの国が、戦艦の建造より空母に力を入れた理由のひとつが、このような経済的理由だったといえるでしょう。

 さらに戦艦の場合は、前線で直接的に敵艦とやりあうため、砲弾や魚雷に耐えられるような重装甲、そして敵艦の装甲を撃ち破れるだけの大口径砲を搭載しようとすると、建造にも高い技術力と相応のノウハウが必要です。しかし空母の場合は、ある程度後方から航空機を発着艦させるため、それなりの発着艦支援装置は必要ですが、艦自体にはそこまで高い建造能力を必要としないため、戦艦と比べれば短期間での大量建造が可能です。ゆえにアメリカは、太平洋戦争中に正規空母16隻、軽空母9隻、護衛空母118隻もの大量建造ができたわけです。ちなみに、同時期にアメリカが建造した戦艦はわずか4隻(ほかに、戦前に起工、戦中に竣工したのが4隻)だけでした。

 3つ目のポイントはその「経済性」です。第2次世界大戦当時、日本の国力を結集して建造した戦艦「大和」の建造費が、当時の価格でおよそ1億4000万円、現在の価値にすると約3兆円弱になるそうです。同じころ建造された空母「翔鶴」「瑞鶴」の建造費はそれぞれ約8000万円ですから、「大和」の約半分の値段で建造できたわけです。

実はお安い空母、その理由

【写真】まさに超ド級の大迫力、戦艦「アイオワ」の主砲斉射

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