中国が新型「軽」戦車を作ったワケ 対戦車戦は無理! 特異なスペックに見る意図、背景

中国が新型「軽」戦車を作ったワケ 対戦車戦は無理! 特異なスペックに見る意図、背景

天安門広場を行進する15式軽戦車。砲塔側面には「黒豹」をイメージしたマーク。砲塔側面装甲は2重になっているように見える(2019年10月1日、Gordon Arthur撮影)。

中国が新規開発し運用を始めたとある戦車は、対戦車戦など眼中にないようで、装甲も武装も強力とはいえません。それはまるで、かつての「軽」戦車のよう。伝えられるわずかな情報と写真や映像から、その開発意図を読み解きます。

軍事パレードの映像に見えた、いまどき珍しい「軽戦車」

 2019年10月1日に、中国、北京の天安門広場で中国建国70周年パレードが実施されました。派手なミサイルなどが目立つ、いわゆる軍事パレードです。記者(月刊PANZER編集部)はもちろん戦車を注視していましたが、中国が誇る99式戦車で構成された「戦車隊列」ではなく、装甲車で構成された「軽装甲車隊列」に参加していた、小型の戦車に注目しました。

 この戦車は制式名称「15式軽戦車(ZTQ15)」と分かっています。改めて映像を見てみると、気が付くことが多くあります。まず戦車砲、おもな国の戦車は120mm砲を搭載していますが、15式軽戦車は小さめの105mm砲です。車体にはブロック状の追加装甲が張り付けられていますが、砲塔上の乗員が立っているハッチから見て、車体の装甲は薄いようです。重量は33tから36tとされており、同じ中国の主力戦車である99式が54t、日本の10式戦車が48tであることと比べても、軽量で装甲が薄いことがうかがえます。

 15式軽戦車の火力と防御力はともに、敵の戦車と正面から戦える十分な戦闘力があるようには見えません。一方で、車体前面に用途不明のセンサー、アンテナ類が見え、砲塔にもレーザー検知センサーと思しき物も確認できるので、中国の主力戦車で最新型の99式戦車と同レベルのネットワーク能力付加とデジタル化が図られているようです。

 そもそも「軽戦車」とは、最近ではあまり聞かないカテゴリーです。第2次世界大戦中までは、大きさや重さに応じて「軽戦車」「中戦車」「重戦車」と分類されており、軽戦車は軽くて速いものの、火力も防御力も弱い、逆に重戦車は火力も防御力も強いが重くて遅い、そして中戦車はその中間、というイメージでした。やがて火力、防御力、速度という3要素のバランスがとれた中戦車が一番使い勝手の良いことが分かり、戦後、軽戦車や重戦車というカテゴリーは姿を消し、中戦車は「主力戦車(メインバトルタンク)」と呼ばれるようになります。

 では、なぜわざわざ中国は、敵戦車と戦う戦闘力が無いような軽戦車を新造したのでしょうか。

特異すぎるスペックから読み取れるものは…?

 読み解くカギは、中国の通信社である「新華社」の、今回のパレードを伝える記事にありました。そのなかで15式軽戦車とその運用部隊について、「観閲を受けた軽戦車隊列は、チベット軍区にある混成旅団の中核で編成されています。部隊の駐屯地は最高標高4800mに達しており、将兵らは閲兵式のため南西部から4000km以上を移動し、首都北京の天安門広場までやって来たのです」と紹介しています。

 移動距離4000kmというのは、東京と北京の直線距離が約2100kmですので、その距離感がわかるでしょうか。また、標高4800mといえば、富士山山頂(3776m)よりも高地です。標高0mで気圧1013hPa、気温摂氏25度、酸素濃度100%のとき、標高4800mでは気圧569hPa、気温摂氏マイナス4度、酸素濃度56%となります。人間の活動はもちろん、戦車のエンジンを動かすだけでも大変なことです。15式軽戦車は、開発段階では冷却水管の破裂、エンジン火災、油気圧パワーアシスト破損、射撃不良などあらゆる面で難航し、8年をかけてようやく完成、標高5100mでの連続テスト走行で平均時速69km/hを達成したといいます。

 薄い空気でも作動するよう、エンジンにはツインターボを搭載し、乗員用には酸素ボンベの追加や暖房装置、紫外線防止装置の搭載など対策が進められたそうです。他方、標高が低い平地ではエンジンが不調になるので、ツインターボは使わないという、極めて特殊なスペックの戦車なのです。

 そのような特殊なものを作ったのには、次のような理由があると考えられます。

 中国のチベット地域を含む南部戦区は、政情が不安定であり、インドとも国境を接しています。対抗するインド軍もT-90やT-72という主力戦車を持ってはいますが、高地では使えません。歩兵戦闘が中心になりそうですが、そこに軽戦車とはいえネットワーク化された機動火力があれば、圧倒的に有利になります。

戦車と「青海チベット高原鉄道」

 また、前述の紹介記事では4000kmを移動してきたということですが、戦車が自力で走ってきたわけではありません。履帯式車両(いわゆるキャタピラ車)は長距離移動が苦手であり、輸送車や鉄道で運ばれるのが一般的です。

 2006(平成18)年7月に、中国西部の青海省西寧とチベット自治区首府ラサ(拉薩)を結ぶ高原鉄道、「青蔵鉄道(青海チベット鉄道)」が開業しています。厳しい環境に鉄道を敷設するのは大変な難事業で、建設期間は2期に分けて22年、一説には4500億円に上るといわれる莫大な建設費をかけて敷設され、世界最高所の標高5072mを通る旅客列車は、風光明媚な車窓が売り物で観光ツアーも行われています。しかしこれは、決して観光鉄道などではありません。中国中心部とチベット地域を政治経済的に結びつけるための、戦略的な鉄道です。

 今回のパレードに参加した「15式軽戦車」も、おそらく青蔵鉄道を使ったものと思われますが、この鉄道を使えば逆に、増援戦車部隊を北京からチベットへ容易に送り込めるということにもなります。

 チベットは内政的にも不安定な地域です。中国政府が莫大なコストをかけて高原鉄道を敷設したり、高地戦用軽戦車を作ったりする意味は何なのか、考えなければなりません。

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