「人生ゲーム」初の全国大会に見た、半世紀続く“運ゲー”の魅力

「人生ゲーム」初の全国大会に見た、半世紀続く“運ゲー”の魅力

会場には人生ゲームのルーレットをデザインした花壇も設けられた

タカラトミーのボードゲーム「人生ゲーム」が、初代の発売から今年で50年を迎えた。9月22日(土)、半世紀の歴史の中で初となる「人生ゲーム日本一決定戦」が開催され、全国から115人が参加。そのほかにも多くの観客が秋葉原に集まった。

1968年の日本発売以来、モデルチェンジやさまざまなコラボレーションを重ね、国民的作品となった人生ゲーム。ゲームシステムの根幹にあるルーレットの出目によってさまざまなイベントが発生するため、ランダム要素が勝敗を大きく左右する。そんな“運ゲー”である人生ゲームで、何故日本一を決める大会を開催しようと考えたのか。その理由を、タカラトミーで「人生ゲーム」ブランドプロデューサーを務める池田源さんはこう話す。

「アメリカで生まれた人生ゲームが日本で発売されてから50年が経ちますが、これまで大会自体は開催したことはあっても、1位を決めるというイベントはやったことがなかったんです。50周年ということで記念に残る大会をやりたいと思っていたのはもちろんですが、『人生ゲーム日本一』を掲げたら一体どういう人が集まってくれるんだろうという純粋な興味もあり、開催に至りました」

そんな作り手の好奇心から生まれた大会には、北は宮城県、南は大分県や佐賀県からの参加があり、先着順の当日参加枠にも早くから多くの人が集まった。

福井県から飛び入り参加した27歳の参加者が「人生ゲームで遊ぶのは小学校以来十数年ぶり。運も実力のうちと言いますが、子どもが家族のアドバイスではなく自分の勘を信じた選択が運を引き寄せる場面があって、そこが面白いなと思いました」と話すように、年齢に関係なく対等に遊べるのがこのゲームの特徴の1つだ。会場の雰囲気は終始和やかで、初対面の人同士が人生ゲームを囲むうちに笑顔が増えていったのが印象的だった。池田さんも、大会の様子を見て人生ゲームの魅力を再確認できたと語る。

「最初はぎくしゃくしながらも、終わるころには見ず知らずの人と仲良くなれるというのは、他のゲームにはやはりなかなかない部分だと感じました。もちろんゲームですので勝敗にもこだわりますが、プレーを通してコミュニケーションするうちに、お互いに気づかいの気持ちが自然と生まれてくるのは人生ゲームならではだと思います」

テレビゲームの登場や、昨今市場を席巻するスマートフォンゲームなど、人生ゲームの発売から50年の間におもちゃ・ゲームを取り巻く環境は様変わりした。その中で、人生ゲームが支持され続けている理由を池田さんはこう話す。

「デジタルゲームや戦略的なゲームが好きという人も多い中で、昔ながらの形を受け継ぐ人生ゲームが楽しまれ続けているのは、ゲームの過程を大事にしているからだと思っています。『ものすごい額の借金をした』であるとか、『人物ピンが差せなくなるくらい子どもが生まれた』とか、途中に起こる出来事をみんなで笑い合うとそれが思い出になる。時には勝ち負けよりも記憶に残るような過程が生まれるというのが人生ゲームのよさなのかなと思います」

そんな人生ゲームの初代チャンピオンには、娘の付き添いで参加したという埼玉県のKAZUMIさんが輝いた。本大会にも親子枠が設けられているように、人生ゲームはかつて一家団らんを象徴するゲームでもあった。しかし、今は人生ゲームを取り巻く環境が変わってきたと池田さんは言う。

「最近は親子の会話が減って、家族が同じ空間にいても、スマートフォンやタブレットを見て話をしないという場面も多くなってきました。そうした中で、人生ゲームが遊びの選択肢としてだけではなく、人が集まるきっかけになるという状況を作れればと思っています」

その言葉の通り、現実にある商店街を人生ゲームの盤面に見立ててゲーム参加者が商店街を散策する「まちあそび人生ゲーム」や、子どもたちが自分の街や学校、生活環境をテーマに「人生ゲーム」のマス目を考えて1つの「人生ゲーム」を作り上げる「みんなでつくる人生ゲームプロジェクト」など、現在は人生ゲームそのものを目的としたさまざまなイベントや企画が行われている。本大会もその一環と言える。

「人生ゲームを1つのコミュニケーションツールとして使ってもらえるようにするというのが、これからの大切な使命なのかなと思います」と、これからの展望を語る池田さん。世相を反映し続けてきた人生ゲームは、変化する時代の中でそのあり方を変えようとしている。(東京ウォーカー(全国版)・国分洋平)

この記事の続きを読む

関連記事(外部サイト)