どんな道でもほぼ安全に走れる制御こそ、自動運転化時代に重要となる

どんな道でもほぼ安全に走れる制御こそ、自動運転化時代に重要となる

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ビークル・ダイナミクス(車両運転性能)領域の研究・開発に取り組んでいる技術者および学識経験者の多くは、日本車のこの領域はいまだに欧州車、とくにドイツ車に及ばないことを認識している。同時に、近年はこの領域に割ける工数とコストが全体的に減っている。コネクテッドなど「わかりやすい商品価値」を訴求する傾向はいまや世界共通である。TEXT&PHOTO:牧野茂雄(Shigeo MAKINO)

 自動車技術会春季大会に合わせて行なわれるSVD(シニア・ヴィークル・ダイナミシスト)の会合に、今年も参加した。ダイナミシストとは聞き慣れない言葉だが、自動車の運動性分野の研究や開発に携わる人、ダイナミクス+シストという英語であり和製の造語ではない。この会には私が取材を通じて知り合った方々が多い。年に一度、ここでしか会わない方が大半だが、皆さん日夜、自動車の運動性能向上のために努力をされている。

 運動性についての考え方やアプローチの流儀はそれぞれであり、研究テーマと開発目標がそのまま流儀である。同時に、サイエンスを探求する大学とテクノロジーとしての実用化を考える企業とは微妙にスタンスが違う。使う言葉も違う。しかし、細かな違いを尊重し合いながらまるめて呑み込むふうのダイナミシストの集いは、私にさまざまな知見を与えてくれる。

 ジャーナリストの役割は「比較」であると思う。こちらはこうです。あちらはこうです。違いはここです。これに集中して世の中に情報開示することだ。ただし、人間である以上は好き嫌いがあり、40年近くも取材を重ねた私は、自分なりの流儀を持っている。そのベースはダイナミシストの方々からの言葉であり、早い話が受け売りだ。しかし、多くの方々の言葉を自分なりに噛み砕き、あれこれ組み合わせ、あるいは組み換え、これが自分流の考え方だというものを持つに至った。

 気を配らねばならないのは、自分の好き嫌いをあたかも絶対的な価値観による優劣であるかのように勘違いしないことだ。自動車の運動性については物理法則に基づく原理原則があり、これはすべての流儀の上に立つものだと思う。自動車130年の歴史の中で先達が考え、検証し、あるべき方向を見出した原理原則は、ダイナミシストが共有すべき財産である。

 私的解釈では、ビークル・ダイナミシストはダイナミクス・サイエンティストとダイナミクス・エンジニアに分かれる。前者はサイエンスを担い、後者はテクノロジーを創造する。両者はいま以上に緊密な連携が必要だと思う。内閣府のSIP(戦略イノベーションプログラム)では自動車用内燃機関研究でサイエンスとテクノロジーの連携が大きな成果を生んだ。熱効率50%超えという成果を「現時点では机上の空論」と言う人も私の周囲にはいるが、すべての始まりは机上論であり、これを現実のものにするのがテクノロジーだ。商品はその先にある。

 今年のSVD総会では「2018日本ヴィークル・ダイナミシスト・オブ・ザ・イヤー」の賞状授与式が行なわれた。ビークル・ダイナミクス分野での研究開発成果を讃えるために創設された賞であり、2018年が第1回に当たる。選考は昨年に行なわれ、受賞者はトヨタ自動車先進シャシー開発部第1シャシープロジェクト室主幹の勝山悦生氏である。2018年自動車技術会春季大会での学術講演で発表した『トリプルスカイフック制御による乗り心地の研究』が栄えある第1回受賞である。

 世に言うスカイフックダンパーとは、空中に固定したダンパーから車輪を吊り下げればつねに安定した姿勢を保つことができるという理論であり、ばね上共振周波数付近の振動を減衰させる効果を狙っていた。これに対し勝山氏は「動かされた車輪」を制振制御するのではなく、車輪が路面から受ける反力・外乱、駆動・制動および操舵といった車両動作から、ばね上への入力をばね上に設置した加速度センサーだけを使って制御するという理論である。ばね上を制御するためにはばね下の状態を推定する必要があるが、勝山氏はばね上側のセンサーだけで制御する方法を提案した。

 トリプルスカイフック制御は、いってみれば従来理論に対するアグレッシブな挑戦である。当然、賛否両論があるだろう。しかし、新しい研究はすべて挑戦から始まる。私はこの理論の発展と深化に期待する。

 原理原則に縛られない考え方があってもおかしくない。考え方そのものをはじめから拘束するのはナンセンスだ。年月を生き抜いた原理原則がまったく修正不要なものではなかったという事実は、さまざまな自然科学分野で起きた。ひとつの鍵がパズルを解き、連鎖反応としていろいろなことがわかってくる。ビークル・ダイナミクスにもそういう進化を期待したい。

 もうひとつ、私が期待しているのは絶対的スタビリティである。「どんな道でもほぼ安全に走る」という制御だ。自動運転でもドライバー運転でも効く制御をイメージしている。凍結路のような極低ミュー路で、しかも左右輪が異なる摩擦係数の路面の上に乗るスプリットミューで、なおかつ下り坂と上り坂が折り重なり、連続するカーブはすべて曲率が違う……という状況でもほぼ安全に走れる自動制御。自動操舵入力と路面反力の比率を常時推定し、自ら修正しながら、しかしタイヤの摩擦円は使い切らず、なるべくインフラの支援を受けずに安全に走れるようなスタビリティ制御だ。

 車両進行方向のズレや車線逸脱に対しては現在、ブレーキを「ちょっとつまむ」制御が使われる。いまや義務になったESC(電子制御スタビリティコントロール)の制御であり、ドライバーがブレーキペダルを踏まなくても油圧が供給され、隠し味のような制御を行なう。これがもっとも安価だ。しかし、下り坂の低ミューかつ部分的スプリットミューという状況でどこまで制御が追いつくだろうか。ましてや自動運転の場合はどうか。前方画像認識のAIではなくダイナミクスのためのAIは、果たして熟練ドライバーの代わりを務められるか。「きょうは雪なので病院からのお迎えの自動運転タクシーは運休です」と逃げるわけにはいかない。

 ブレーキをちょっとつまむ簡易制御の対極に位置する方法が、カメラを使って前方路面を読み、近未来に自車が踏む路面に対して「身構え」る制御だ。メルセデス・ベンツSクラスのAMGクーペでこの機能を体験すると、その安定した動作とフラットライドに感心する。ただし、システムは複雑で高価だ。降雪時・積雪時に体験したことがないため全天候性は未知数だが、およそ普通の乗用車が走れる舗装路という範囲内ではほぼ完全動作だそうだ。

 世界的にMaaSが注目されているが、複数の公共交通機関をシームレスにつなぐという手段は、日本の過疎地域では使えない。公共交通機関という大前提がないのだ。ドア・トゥ・ドアの移動は自家用車かタクシーでしか実現しない。自動運転車両が求められているのは過疎地であり、これが実現すると、介護や医療も含めたさまざまな問題に解決の道筋が拓けそうな気がする。

 カーナビやクラウド上の地図データと準天頂衛星からの信号を使い、車載カメラの映像と併用すれば、視界が極めて悪くても「どこが路面なのか」を特定することはできるだろう。刻々と変化する自車位置、車両の横G、ヨーレート、4輪のスリップ率、加加速度などの情報を車載ECU内のカーモデルとの照合でうまく処理すれば、積雪寒冷地でも冬場に自動運転タクシーの運行が可能になるのではないかと素人ながらに思う。ここはAI(人工知能)というよりアクチュエーションとビークル・ダイナミクスの領域である。

 地震国日本では道路が1年間に数センチ動くことなど珍しくない。正確なデジタル地図を用意しても2〜3年で修正が必要になる。安価で耐久性に優れた小型の磁気センサーを道路に一定間隔で埋め込む手もあるだろうが、できれば車載装置で完結したい。クルマの走行を「セーフ・アット・エニー・シチュエーション」にするためのサイエンスを考え、それをテクノロジーとして具体化することが、市販車ビークル・ダイナミクスの課題のひとつだと思う。

 かつて1970年代、米国でレモンカー(欠陥車)騒動が起きたとき、活動家のラルフ・ネーダー氏は自動車を「アンセーフ・アット・エニー・スピード」と斬った。どんな速度でもクルマは安全ではない。と。衝突安全基準はここで生まれ、育っていった。次は日本が「セーフ・アット・エニー・シチュエーション」を目指してほしいと願う。

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