準強制性交容疑で刑事告訴の自民・田畑毅議員。除名でなく離党を認めた自民党の対応が意味することとは?

準強制性交容疑で刑事告訴の自民・田畑毅議員。除名でなく離党を認めた自民党の対応が意味することとは?

週刊新潮2月28日号の記事にも「離党で済めば愛知県警はいらない!」との文言が踊る

◆性犯罪容疑で自民党を離党した自民党・田畑議員

 自由民主党は、田畑毅衆議院議員から提出された離党届について、19年2月21日に受理し、離党を認めました。性犯罪被害を愛知県警に告訴され、それを受けてのものです。報道によると、女性が「田畑氏と飲食後に自宅で酔って寝ている間に田畑氏から暴行され」「田畑氏に裸の画像を無断で撮影された」(参照:朝日新聞19年2月22日付)とのことで、リベンジポルノの恐れもある極めて悪質な容疑です。

 その前日、国民民主党は、藤田幸久参議院議員から提出された離党届について、受理を認めず、除籍する方針を総務会で確認しました。報道によると「藤田氏が改選を迎える夏の参院選で国民の公認候補になりながら、立民に入党届を出し」「党の結束を乱す反党行為」(参照:読売新聞19年2月21日付)という理由です。なお、国民民主党の「除籍」は、自民党の「除名」と同じ処分です。

 この2つのニュースをご覧になって、離党届受理の方が、除名よりも厳しい処分と思ったら、大間違いです。社会通念では、性犯罪の嫌疑をかけられることと、組織の結束を乱すことでは、前者の方がはるかに重大な問題です。けれども、政党においては、後者の方がはるかに重大な問題と捉えられているのです。

 自民党が除名を下した多くのケースは、反党行為を理由としています。例えば、05年の郵政解散選挙で、小泉純一郎首相による郵政民営化に反対し、国民新党を結成した亀井静香議員らが除名処分になっています。このように、自民党を除名処分になった政治家は数多くいますが、犯罪行為を理由として除名されたのは、05年の中西一善議員(強制わいせつ罪)くらいのものです。

 ちなみに、準強制性交罪(田畑毅議員の容疑)と強制わいせつ罪(中西一善議員の容疑)では、前者の方が重い犯罪です。前者は、刑法178条に「人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は」「五年以上の有期懲役に処する」とあり、執行猶予の可能性すらありません。一方、後者は、刑法176条に「暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する」とあり、執行猶予の可能性があります。

◆離党と除名の違い

 それでは、自民党はどのようなときに所属議員(党員)を処分するのでしょうか。

 自民党規律規約の第9条によると、大きく3つに分かれます。

@党の規律を乱す行為。党の方針や政策を公然と批判したり、対立政党の候補者を応援したりする場合です。
A党員たる品位をけがす行為。汚職や選挙違反、暴力行為等を起こした場合です。
B党議にそむく場合。党大会や総務会等の決定に反し、国会の議案等に反対(賛成)する場合です。

 また、自民党の党員に対する処分は8段階からなり、除名がもっとも重い処分です。軽い順番に、@党則の遵守の勧告、A戒告、B党の役職停止、C国会及び政府の役職の辞任勧告、D選挙における非公認、E党員資格の停止、F離党の勧告、G除名となります。

 田畑議員のケースでは、自民党として一切の処分をしていません。規律規約の第10条と第11条は、党員の犯罪を想定した規定で、起訴された場合に党員資格停止、禁固以上の有罪判決が確定したら除名と定めています。けれども、田畑議員に両条を適用せず、なんら処分を下すことなく、離党を認めました。

 しかも、田畑議員は、自民党が党として積極的に国会に送り込んだ議員ですので、党としての判断が問われます。田畑議員の初立候補と当選は、12年の衆院選比例東京ブロックでした。次は14年の衆院選比例東京ブロック、そして17年の衆院選には、小選挙区愛知2区と比例東海ブロックの重複立候補で出馬し、比例で当選しました。比例選挙とは、政党の作成した候補者リスト、すなわち党として積極的に国会に送り込みたい候補者のリストから選ばれる仕組みです。田畑議員を候補者に選んだ責任が、自民党に問われます。

 自民党が田畑議員の離党を認めたことは、彼の政治生命を存続させるものです。その理由は、次のとおりです。第一に、田畑議員の容疑(準強制性交罪)は、自民党として処分に値する問題でない(大した問題ではない)と公式に認めたこと。第二に、世論の風向きによって、田畑議員の復党を認める可能性もあると、暗に認めたこと。第三に、田畑議員の選挙区に、自民党として別の公認候補(対立候補)を立てないと、暗に認めたこと。

 もし、自民党が田畑議員を除名していれば、かつての中西議員のように政治生命を絶たれていたことでしょう。なぜならば、中西議員はその後の総選挙で、自民党から平将明さんを公認候補として立てられ、落選してしまったからです。

 自民党が田畑議員を除名せず、円満に離党を認めたことは、ほとぼりが冷めるころ、いつの間にか田畑議員の復党を認める可能性もあるということです。あるいは、次の総選挙まで無所属で、当選直後に追加公認を出す可能性もあります。早速、自民党の伊吹文明元衆院議長が、田畑議員の問題について「問題にならないようにやらないと駄目だ。同じことをやるにしても」(東京新聞19年2月22日付)と発言しています。田畑議員の復党・復権は、杞憂ではありません。

◆政党政治家における除名の意味

 本来、政党の除名処分とは、対象となる政治家の政治生命を奪う、政党の意思と行動の現れです。だから、政党政治家にとっては、除名する方もされる方も、自らの政治生命をかける、一世一代の重大事です。政党に所属しない一般の人々からすれば、離党も除名も違いを感じないかも知れませんが、政治家にとってはそれくらい重いことなのです。

 除名処分の重さを物語る典型例が、吉田茂による石橋湛山と河野一郎の自由党除名です。当時、与党自由党の総裁で首相だった吉田茂は、外交・経済ともに対米重視路線でした。それに対し、湛山は鳩山一郎派の政策責任者として、外交・経済の対米自主(多国間協調)路線を立案し、鳩山派への国民の期待を集めていました。

 吉田は、52年8月に衆院を抜き打ち解散し、10月1日の投票日直前、9月29日に湛山と河野を自由党から除名しました。この解散と除名は、対米自主路線を掲げる鳩山派の議席増を防ぐためでした。鳩山派の選挙準備(候補者擁立や資金集め等)が整わないうちに解散し、さらに鳩山の両腕、政策責任者の湛山(静岡2区)と渉外責任者の河野(神奈川3区)を自由党から除名して、落選させようとしたのです。

 湛山と河野は、当選後に吉田政権打倒の運動を進め、同年12月に除名を取り消させました。その後も、反吉田の動きは急進化し、翌年3月2日に衆院で吉田への懲罰動議が可決されるに至りました。これは、吉田が衆院予算委員会で「バカヤロー」という暴言を吐いたことを受けての動議です。それに対し、吉田は解散総選挙で応じ、ついに鳩山、湛山、河野らの鳩山派は自由党を脱党し、分党派自由党を結成しました。

 このように、吉田による湛山・河野の除名は、激しい政策論争と権力闘争を背景にし、湛山と河野を政治の表舞台から引きずり降ろすための行為でした。それは、戦後の日本をどのように復興させていくのか、その方針をめぐる争いであり、お互い自らの勢力を拡張することこそ、日本のため、国民のためと考え、権力闘争をしていました。権力闘争は一般の人々からすれば唾棄すべきものかもしれませんが、政策論争を伴う権力闘争は、政治家の「職業的良心」に基づくもので、社会をより良くするために歓迎すべきものなのです。

 結果的に、湛山と河野は、除名処分の屈辱と不利をはねつけ、吉田政権を終わらせる原動力となりました。吉田も、湛山と河野も、日本のために政治生命をかけ合った中での除名処分だったのです。ちなみに、吉田派と鳩山派の政策論争・権力闘争を知りたい方には、お勧めの本があります。政治家という存在を考える上で、有益な材料になるはずです。

大和田秀樹『疾風の勇人』全7巻(講談社コミック)
佐高信『孤高を恐れず―石橋湛山の志』(講談社文庫)

 自民党は、除名処分をせずに離党届を受理したことで、田畑議員の政治生命を奪わない選択をしました。それは、田畑議員の性犯罪容疑を自民党として是認し、自民党の政治家の政治生命を田畑議員とともにさせるという意味なのです。

 田畑議員と自民党議員の政治生命は、有権者に委ねられました。今年は、審判の機会が4月の統一地方選、7月の参院選と控えています。有権者の判断が問われているのです。

<文/田中信一郎>
たなかしんいちろう●千葉商科大学特別客員准教授、博士(政治学)。著書に『国会質問制度の研究〜質問主意書1890-2007』(日本出版ネットワーク)。また、『緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』(扶桑社)では法政大の上西充子教授とともに解説を寄せている。国会・行政に関する解説をわかりやすい言葉でツイートしている。Twitter ID/@TanakaShinsyu

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