フェイクニュースとネット世論操作はいかに社会を悪化させるか。中南米の選挙に関する報告書の恐ろしさ

フェイクニュースとネット世論操作はいかに社会を悪化させるか。中南米の選挙に関する報告書の恐ろしさ

大西洋評議会のリポート

 日本でも匿名フェイクニュースサイト「netgeek」が集団提訴された。こうしたフェイクニュースサイトやネット世論操作について、大西洋評議会が3月28日に公開したレポート『Disinformation in Democracies: Strengthening Digital Resilience in Latin America』がとても参考になる。このレポートは、2018年のブラジル、メキシコ、コロンビアで行われた選挙を取り上げ、ネット世論操作の実態を分析しているものだ。

◆世界有数の「ネット世論操作激戦区」である中南米

 ラテンアメリカの状況について不案内な方は拙稿をご覧いただくとわかると思う。世界有数のネット世論操作激戦区で候補者は互いにネット世論操作を仕掛けあい、ジャーナリストは果敢にそれを暴こうとしている。ファクトチェック組織もあり、AIを利用の最新技術も導入されている。(参照:”ブラジルの極右大統領、ボルソナロ勝利の影にもあった、「ネット世論操作」”、”ネット世論操作の最先端実験場メキシコ。メディアとジャーナリズムは対抗”、”激動のベネズエラ。斜陽国家の独裁者を支持すべく、暗躍するネット世論操作の実態”)

 政権側はサイバー軍需企業からガバメントウェアを購入し、反政府活動家、人権活動家、ジャーナリストおよび対立政党の政治家を狙い撃ち。ジャーナリストが殺害される事件も発生している。2018年はネット世論操作と極論主義の勝利に終わった。2019年は世界で80の選挙が行われる予定で、そのほとんどが国政を左右する重要なものだ。

 このレポートには政府、ファクトチェック組織、SNS事業者などが行うべき対策も例示されており、ラテンアメリカを取り上げているが、目的は2019年世界で行われる選挙でネット世論操作の悪影響を排除することにある。そのための包括的なものとなっている。

◆「極論主義者」の台頭を促したネット世論操作

 2018年5月から10月にかけてラテンアメリカのもっとも大きな3つの民主主義国家=ブラジル、メキシコ、コロンビアで選挙が行われ、元首や国会議員などに問題の多い極論主義者が選ばれた。本稿では大西洋評議会が28日に公開したレポート『Disinformation in Democracies: Strengthening Digital Resilience in Latin America』を元にラテンアメリカの選挙でなにが起きたのかを振り返りたい。

 選挙期間中はWhatsApp、フェイスブック、YouTube、ブログなどを用いたネット世論操作が行われていた。ラテンアメリカではスマホの台数が人口を上回る国が多く、政治的な話題や情報収集もSNSなどで行われている。ネットはフェイクニュースや偏見の温床となり、極論化が進んでいる。

 この地域では経済状況や失業率の悪化、汚職、政治不信、変化への要望などが背景となってネット世論操作を行い安い環境になっていた。人々はフェイクニュースを信じやすく、ヘイトや過度な愛国心に傾倒しやすい。ネット世論操作の広がりにつれてネット世論操作産業も成長した。一方、ジャーナリストたちは果敢にネット世論操作を防ぎ、暴く活動を精力的に行っており、ファクトチェック組織もできている。

 一方、この地域では海外からの干渉の影響はあまり確認されておらず、主に国内の勢力によるネット世論操作が行われていた。

 ラテンアメリカで起きたことは世界で起きている同種の変化のひとつの例に過ぎないが、先行事例として検証することで今後の対策の参考になるだろう。

◆ブラジルで繰り広げられたネット世論操作vsファクトチェック

 ブラジルでは人口2億1千万人に対しスマホは3億1千万台(アクティブなもの)もあり、有権者の66%がWhatsAppを使っている。テレビもいまだによく観られており、90%のブラジル人が情報収集のためにテレビを観ている。対して新聞を読んでいるのはたった3%に過ぎない。

 近年WhatsAppは情報収集の手段として存在感を増しているが、通常のメディアは収益が得られないのでWhatsAppには情報を出さない。このギャップがネット世論操作の温床を産んだ。

 WhatsAppの外のサイトにアクセスするにはカネがかかる(おそらくデータ量課金)が、WhatsApp内部なら無料で済むから、どうしてもそちらをよく見るようになるという背景もある。

 WhatsAppの公開グループはピラミッド型になっていることが多く、受信した者が自分のネットワークに拡散して広げることで莫大な数の利用者に到達できる。

 このレポートではネット世論操作に対する各機関の対応もまとめている。それによればブラジルの選挙関係者は2016年の段階でフェイクニュース対策の体制を構築した。

 まず、ネット上での選挙活動についてのルールを定めた。選挙に関する投稿内容はどの候補者もしくは政党に関係しているかを明示しなければいけないことになっており、告知を拡散することができるのは候補者自身、政党、政党の公的な代表者のみと制約を課せられた。

 最高選挙裁判所(TSE)は選挙に先立って法執行機関や専門家を集めてフェイクニュース対策を決めたが、この対策はフェイクニュースの明確な分別ができなかったため、功を奏しなかった。ファクトチェックを行っていた人々からもその基準の曖昧さについてクレームが寄せられた。また、選挙期間中に特定の候補者に結びついたフェイクニュースを排除した情報を公開すると他の候補者の利益になることから、なにをどこまで情報公開可能であるかの線引きも定かではなかった。

◆SNSもファクトチェック団体と提携したが……

 SNS事業者も選挙前から準備を始めていた。フェイスブックは地元のAos FatosやLupaといったファクトチェック組織と提携しフェイスブック上のフェイクニュースを発見しようとした。WhatsAppは「転送」というラベルをつけることで元の投稿者と転送者の区別がつくようにし、同時にシェアできる数を大幅に減らした。またファクトチェック組織ComprovsとENosと提携し、数万のアカウントを使用停止にした。

 選挙期間中、少なくとも3つのファクトチェック組織がWhatsAppと提携していた。Aos Factos、ChecaZap、O Poder de Elgerだ。これらの組織はWhatsApp経由で利用者から怪しい情報の報告をもらい、確認していた。

 24のメディアが参加しているファクトチェック組織のComprovaは国際的なファクトチェック組織FirstDraftとも提携してファクトチェックを行った。

 ブラジルの大手メディアグループGloboは「Fato ou Fake」というグループの内の全メディアが参加するファクトチェックプロジェクトを行った。

 これらのファクトチェック組織は投票日前の48時間共同して50の問題となる投稿を排除した。並行してツイッターとフェイスブックメッセンジャーで「Fatima bot」を稼働させ、発見した問題投稿の情報を共有した。しかしこうした努力にもかかわらず数々の問題が立ち塞がった。まずファクトチェックした結果を広く知らしめることができなかった。多くのファクトチェック組織はWhatsAppで報告された問題となる投稿がフェイクニュースと断定されても、それをWhatsAppで共有せずにウェブサイトや他のSNSで共有したため、WhatsAppを主に使っている多くの利用者には届かなかった。また、フェイクニュースと断定しても、まだそれを見たことのない利用者に知らせることには危険が伴うという問題もあった。

 市民組織と研究機関はフェイスブック、ツイッター、WhatsAppを監視する仕組みを構築したり、調査したりしていたが、これらは常に法的な境界線や表現の自由との兼ね合いのバランスが議論の的となった。

 結果として極論主義者でネット世論操作を活発に行っていた極右大統領ボルソナロが勝利し、極右過激派の活動はさらに活発になっている。ブラジルは2020年に5千以上の地方選挙を控えている。再びネット世論操作が行われる可能性は高い。それまでに体制を整えることができるかが重要となる。

 ブラジルで行われたネット世論操作の詳細については、『ブラジルの極右大統領、ボルソナロ勝利の影にもあった、「ネット世論操作」』を参照いただければ幸いある。

◆152人が死んだメキシコの選挙

 2018年、メキシコでは大統領選、国会議員選、地方選挙など合計18,000議席が争われた。774件の政治家に対する暴行があり、152人が死亡、1月9月にかけて法執行機関は1,062件の捜査を行った。メキシコ全体の殺人事件被害者は3万3千人とこれも史上稀に見る多数だった。

 メキシコは世界で2番目にジャーナリストにとって危険な国と言われ、2017年にはメディアやジャーナリストに対する事件が507件発生し、12人が殺された。2019年新大統領が就任してからは14人の活動家が殺されている。

 2018年の大統領選に勝利したオブラドールの勝因は、汚職や犯罪撲滅キャンペーンとネット世論操作によるものと言われている。

 メキシコではニュースをSNSで観る国民がほとんどであり(2018年のロイター調査で90%)、もっともよく利用されるのはフェイスブックである。ラテンアメリカの他に国に比べるとツイッターの利用率も高く普及率は49%で、ロイター調査では人口の23%がニュースをツイッターで確認している。

 このSNSの普及を背景にメキシコではネット世論操作産業が盛んで、「いいね!」やフォロワーの売買が積極的行われており、候補者を始めとして多くがこれらを購入している。(参照:『ネット世論操作の最先端実験場メキシコ。メディアとジャーナリズムは対抗』、『世論操作は数十セントから可能だった。NATO関連機関が暴いたネット世論操作産業の実態』)

 自動化されたボットが多いのもラテンアメリカの他の国とは異なる特徴だ。

 WhatsAppもネット世論操作で積極的に利用されており、他のSNSと連動している。しかしWhatsAppはメッセージングアプリであり、暗号化されているため全貌はつかめていない。

 なお、2018年の選挙ではロシアの干渉も危惧された。ロシアのプロパガンダ媒体であるRTやスプートニクは反米の偏った報道を行っていたが、アメリカ大統領選の時のようなサイバー攻撃や大規模なネット世論操作は確認されていない。

◆SNSとファクトチェック団体の協力関係も

 The Instituto Nacional Electoral (INE)は選挙に先立って、フェイスブック、ツイッター、グーグルと協力関係についての契約を締結し、2018年2月にはINEとフェイスブック社は共同で市民の参加を呼びかける声明を発表した。フェイスブック社は市民活動への支援とジャーナリストに対するトレーニングの提供を約束し、実行した。同様にツイッター社とグーグルとも具体的な協力関係を進めた。

 Animal Politico というメディアと、Verificado2018というメディアを横断したファクトチェック組織がファクトチェックを行っていた。Verificado2018の取り組みは今後のひとつのモデルになるものとして同レポートで大きく取り上げられている。

 2018年の選挙は自動化されたボットの威力と対抗することの困難さを見せつけられた一方、Verificado2018の活躍が目立ったものとなった。

 レポートでは政府関係機関の対策、有権者の努力、ファクトチェック組織Verificado2018やメディアリテラシー向上など総合的なアプローチによってネット世論操作に対抗することが重要であるとしている。

◆極論主義を増長させたコロンビア選挙でのネット世論操作

 コロンビアは188人の議員と171人の代表を選ぶ選挙が行われた。どちらの投票でも、ネット世論操作、極論主義の台頭、選挙に対する市民の知識不足が影響したことが確認された。

 ネット世論操作の証拠は2016年に行われた国民投票でもあったとされる。長年にわたって同国を苦しめてきたゲリラ組織コロンビア革命軍(FARC)との紛争終了に向けた和平合意の承認に関するものであり、事前の予想では賛成が多数を占めると考えられていた。しかし過半数が反対という結果に終わった。WhatsAppなどのSNSを利用して事実を歪曲した情報が拡散されたと考えられている。

 この国民投票の後、極論主義は増長し、右派の発言が強硬になった。そして国民投票の対立がそのまま大統領選に持ち越された。

 2018年の選挙では公的機関への不信が高まっていた。とくに選挙管理関係への不信感が高く、これが投票の棄権に結びついた。

 コロンビアでは75%がインターネット利用しており、そのうち87.5%がフェイスブック、87.3%がWhatsAppを利用している。そしてWhatsApp利用者の93%が毎日利用している。その結果、政治家はSNSを利用するようになり、一部はネット世論操作を行うようになった。

 2018年の選挙の候補者全員がフェイスブック、ツイッター、YouTubeを使っていた。草の根、政党、政治組織など、ネット上の多数のグループやページがこれらの候補者を支援していた。コロンビアではフェイスブックやツイッターはテレビに次いでニュースを観るのに使われており、徐々に既存のメディアの影響力を越えつつある。その一方で法制度は旧来のままで追いついていない。

 コロンビアの法律ではメディアを使った選挙キャンペーンの全てを明らかにしなければならず、その費用にも制限が課せられている。しかし、SNSには適用されないため、候補者は非公開で自由にキャンペーンを行うことができる。支出に関しては報告の義務があるが、それは候補者に対してだけで支持者などが個人的にSNSで行う活動にはなんの制限もない。そしてこれらに制限を課すことは、個人の表現の自由の兼ね合いで微妙な問題となっている。

◆ジャーナリスト風の見せかけをする極右サイト

 2018年の選挙期間を通してネット世論操作が観測された。大統領選の期間中はファクトチェック組織には毎日フェイクニュースの情報が寄せられた。極論主義がフェイクニュースの発生源になっており、目立ったフェイクニュースは著名な政治家やメディアによって拡散されていた。極右のメディア、フェイスブックページ、ツイッターアカウントが多数の支持を受けて拡散したこともあった。またWhatsAppも積極的に利用されていた。

 ネット世論操作の主役となったのは政治的リーダー、候補者、政党など政治関連のアカウントだった。彼らはフェイクニュースを発信し、拡散した。

 フェイクニュースがファクトチェックよりも速く広く広がるのは周知の事実だが、コロンビアでは極論化が事態を悪化させた。極右グループはネット上にコミュニティを作り、人気のあるコミュニティは100万以上が参加していた。この中でフェイクニュースが発信され、典型的なエコーチェンバー現象が起きていた。極右のサイトは独立メディアなどと名乗ったり、ジャーナリストっぽい見かけにしたりしていた。これらのサイトはフェイスブック上でも多数シェアされた。

 WhatsAppも果たした役割も大きいと考えられているが、メッセージが暗号化されているため全貌の把握は困難だ。コロンビアでもブラジルと同じようにWhatsAppを協力し、WhatsAppを通じてフェイクニュースの通報を受け付けることが可能にし、フェイクニュースの拡散の追跡もある程度はできるようになった。しかし、これらが可能となったのは選挙の後だった。

 レポートでは市長が学校関係者に特定の候補への投票を強制した、というフェイクニュースの分析が行われている。このフェイクニュースはWhatsAppで拡散し、それからフェイスブックなどでも拡散した。そして市の名前や候補者の名前を変えて、何度もリサイクルされ、その都度多くに拡散されていた。

 コロンビアのネット世論操作の特徴はボットのような自動で拡散するものがほとんど観測されていないことである。ほぼ全てが人手によるものだ。

 フェイクニュースはメディアで取り上げられ、候補者のアジェンダにも反映された。候補者は誤りを正し、メディアはフェイクニュースと正しい情報の両方を取り上げた。メディアは両方を取り上げることで拡散に加担することになった。選挙関係者の不正に関するフェイクニュースが広がったことで選挙そのものへの不信感が増大させた。悪循環である。

 2018年の選挙はコロンビア政府がネット世論操作を明確に脅威として認識し対策を講じた最初の選挙だった。政府はフェイクを指摘し、修正する情報を繰り返し流した。しかし、ネット世論操作には常に表現の自由とのバランスが問題になる。

 フェイスブック社はいくつかのネット世論操作対策プロジェクトに資金提供し、地方メディアへの教育を行った。

 国内のColombia's Check や La Silla Vacia といったファクトチェック組織がファクトチェックを行っていたが、許容量を越えるフェイクニュースの量のため多くを取り上げることができなかった。

◆総合的、多角的な対策が必要

 このレポートでは次の選挙のための対策も挙げられている。政府および関係機関、通信事業者、SNS事業者、ファクトチェック組織とメディア、市民社会と研究機関、国際組織のそれぞれについて、課題と解決方法および実現方法を表形式で整理してあってわかりやすい。全てのセクターが協力関係を築き、総合的に対処しなければならないとしている。このレポートに先立って公開されたさまざまなレポートもほぼ同種の結論に至っている。政府についてより多くが割かれている点も同じだ。

 だが、本当にそうなのだろうか? 次回はこのレポートで明らかになった問題点を踏まえ、世界的なトレンドに基づいて今後の可能性と対策を考えてみたい。

◆シリーズ連載「ネット世論操作と民主主義」

<取材・文/一田和樹>

いちだかずき●IT企業経営者を経て、綿密な調査とITの知識をベースに、現実に起こりうるサイバー空間での情報戦を描く小説やノンフィクションの執筆活動を行う作家に。近著『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器 日本でも見られるネット世論操作はすでに「産業化」している――』(角川新書)では、いまや「ハイブリッド戦」という新しい戦争の主武器にもなり得るフェイクニュースの実態を綿密な調査を元に明らかにしている

関連記事(外部サイト)