相も変わらず「忖度」できる大人が栄耀栄華を極める日本社会

相も変わらず「忖度」できる大人が栄耀栄華を極める日本社会

写真=時事通信社

◆こんな「忖度」ばかりの世の中で

 春休みの子供たちが、朝から浮足立っている。

 いよいよ刻限が近づくとテレビの前に2人揃って正座して、「まだ官房長官こないの?」「もうそろそろのはずなんだけどなぁ」とヤキモキしている。いざ新元号の発表となると、「令和だって。なんかしっくりこないね」「でも、書きやすい漢字でよかったね」とウキウキしながら感想を語り出した。

 こういうとき、素直に楽しめるのは子供の特権だろう。作為的でアーティフィシャルな演出にまみれたものであっても、子供は「歴史的瞬間」を素直に喜ぶ。そういうものの裏に潜む、人為や意図やメッセージを考えられるようになることを「世知辛い」といい、世知辛さを知った者を大人と呼ぶのだ。

「お前ら、こんなことで喜んでちゃいけないよ」と言いたくなるのは世知辛さを通り越して、物を考え物を書く人間の職業病。子供が喜ぶ姿を微笑ましく見守るのが親の責務というものだ。行きすぎがあればそのとき、指摘すればいい。

 しかし、どこかで説教してやろうと、手ぐすね引いて待っていた私の心配はどうやら杞憂だったようだ。

◆践祚もしてないのに大はしゃぎする世論

 テレビは新元号発表に沸き立つ街角を中継している。それを見て小3になる下の娘が、こう言った。

「みんな喜びすぎよね。まだ、平成が終わったわけじゃないのに。天皇陛下、かわいそう」

 大人はこうはいかない。大人になると素直に誰かの気持ちを慮(おもんばか)ることが難しくなる。あらゆる事象に政治的意図を勝手に読み込み、政治的に動くのが大人という生き物だ。

 朝日新聞によると、二松学舎大学の石川忠久元学長も、政府から新元号考案の委嘱をうけていたという。石川学長は我が国における漢詩研究の第一人者。漢籍から考えた案ではなく、聖徳太子の十七条憲法にある「和をもって貴しとなす」から採った「和貴」を見せたとき、政府の担当者は「首相も喜びます。これでいきましょう」と言ったそうだ。こういう判断が即座にできることを「大人」というのだろう。

◆「忖度できる大人」が栄耀栄華を極める現代社会

「大人」といえば、総理の地元である下関と麻生財務大臣の地元である北九州を結ぶ高速道路の計画を「物わかり」よくすぐ「忖度」し、前に進めるよう指示を出したと嘯うそぶく国交副大臣もいた。

 この発言が問題になった当初、安倍首相は、この副大臣を辞職の必要はないと庇った。これも「大人」の対応なのだろう。しかし統一地方選挙が近づき、自民党のイメージダウンにつながるとの声が与党内からも上がると、塚田一郎国土交通副大臣は辞表を提出し辞職した。この辞職もまた、空気を読んだ忖度の果ての辞職に違いない。

 近頃はこの種の「大人」が栄耀栄華(えいようえいが)を極めるのだという。

 新元号は「忖度」――。そっちの2文字の方が、「立派な大人」の皆さまには、よほど似つかわしい。

<取材・文/菅野完>

すがのたもつ●本サイトの連載、「草の根保守の蠢動」をまとめた新書『日本会議の研究』(扶桑社新書)は第一回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞読者賞に選ばれるなど世間を揺るがせた。現在、週刊SPA!にて巻頭コラム「なんでこんなにアホなのか?」好評連載中。また、メルマガ「菅野完リポート」や月刊誌「ゲゼルシャフト」(sugano.shop)も注目されている

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