最低賃金2000円以上が可能な経済学的な理由<ゼロから始める経済学・第4回>

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◆遠回り過ぎる「アベノミクス」の理屈

 はじめに、結論を述べます。

 最低賃金1500円は十分可能である。そのうえで、筆者は2000円以上にすべきと考える。

 これまで3回の連載で述べてきたように、「デフレからの脱却」というアベノミクスのスローガンは、克服すべき対象を「デフレ」に見定めている点で誤っています。また、「大胆な金融政策」で「デフレからの脱却」ができるとの考え方も適切ではありません。さらに、「強い経済」を目指せば、財政再建から賃金までほとんどの経済問題が解決するかのように考えることも幻想です。

 にっちもさっちもいかないように思えます。が、そんなことはありません。

 多くの経済学者は「デフレ」こそ問題だとしています。そして「デフレ」の原因は、賃金の低下と消費の減少に現れる経済の停滞です。この停滞状況を改善すれば「デフレ」が直る可能性があります。つまり、賃金を上げればよいのです。

 筆者は、アベノミクスの方法は、目的達成の手段として遠回りすぎると感じています。

 アベノミクスは、(1)金融政策を通じて、マネタリーベースを増やす、(2)金利を下げる、(3)物価を上げる、(4)トリクルダウンを起こす、それらの結果として、(5)賃金と消費が増える、(6)投資が増える。こういった好循環を期待するものです。

 ストーリーとしてはよくできています。しかし、一つ一つのプロセスの間にある隙間が大きすぎます。日銀が供給したお金が最終的に労働者の手元に届くためにはいくつものハードルを飛び越えなければなりません。

 繰り返しになりますが、賃金を増やすことが必要なら、直接に賃金を増やす方法を考えるべきです。政策は、より直接的な効果を狙って、目標に対して、まっすぐ打ち出されるべきなのです。

◆1500円への最低賃金の引き上げは余裕で可能

 国ができることでは、最低賃金制度が最も直接的です。働き方改革はどっちに転ぶか分からないところがありますが、労働時間規制を通じて、賃金率(1時間当たりの賃金)を上げる可能性があります。より自律的な方法としては、労働者や労働組合の交渉力を高めることが考えられます。それだけでなく、経営者にも、賃金を上げることの社会的意義を理解してもらう必要があります。

 今回は、ややセンセーショナルな話題になった1500円の最低賃金を求めるムーブメントに着目して考えてみましょう。

 1500円の最低賃金を求めたときに聞かれる話題は、(1)最低賃金を支払えない会社が潰れてしまう、(2)1500円の賃金を支払えない会社は潰れてもよい、の2つです。

 ここで問題を整理し、筆者が論じる対象を限定します。まず、従業員数5人未満または経営者報酬が従業員の平均給与の2倍を超えない企業は除きます。このような企業は、家族経営か自営業に近く、「資本主義的生産の利益」を享受しているとは考えられないためです。

 本稿が扱うのは、あくまでも資本主義的な労働市場で雇用される労働者のみです。したがって、公務員、協同組合、NPO(非営利団体)を同じ基準で考える必要はありません。

 資本主義とは、すごく簡単にいうと、「雇用に基づく経済」のことです。

「資本主義的生産の利益」とは、企業が労働者を雇用して経済活動を行うことから得られる利益を指します。そして、資本主義が成長する力の源泉は企業にあります。ここが大事なポイントです。

 企業は、資本の力を使って労働市場から労働者を買い集め、企業が設定したなんらかのミッションに向かって邁進させます。このとき、労働者は人間の持つ生産的な能力を発揮します。労働者同士でコミュニケーションを取り、どうやったらうまくいくかと考え、手分けしたり、力を合わせたりして働きます。そうして、個人では成し遂げられない成果を上げるのです。企業の機能は、労働者ひとりひとりがもっている力を、組織の力として発揮させるところにあります。

 この「資本主義的生産の利益」を、企業の利益に還元させることで成長するのが、資本主義です。

 ちなみに、この力を発見したのは、ピエール・ジョゼフ・プルードンとカール・マルクスという2人の人物です。彼らは、この力を「集合力」や「集団力」と名づけました。

◆1500円の最低賃金は本当に高すぎるのか?

 日本の多くの人は、「雇われて働かなければ生きていくことができない」という非常に危うい状況に置かれています。働かない者に対する社会保障が根本的に弱い。この意味で国民は、生存権を常に脅かされているといえます。まずなによりも、このような人間の生存条件に対する社会的保障が必要です。最低賃金は、国民の生存権を根底から支えるものではなく、あくまでも雇われて働いている人に限った保障にすぎません。きわめて控えめな要求です。

 もう一度、結論を述べましょう。

 最低賃金1500円は支払えるし、筆者は2000円以上とすべきと考える。

 根拠は2つ。[1]労働者は1500円以上の生産を行っている。[2]搾取率が高くなっている。

 一つ目の根拠は、平均的な日本の労働者は1時間当たり約4000円を生産している、という事実です。いま厳密な額を算定することに大した意味はないので、だいたい4000円くらいと理解しておいてもらえればそれでよいです。考え方を知りたい方は、伊藤誠氏の『資本主義経済の理論』(岩波書店、1989年)を参照してください。

 日本の労働者は、1時間当たり約4000円を生産して、平均的な会社員はその中から2400円くらいを受け取っている計算です。

 そして、本稿が問題にするのは、労働力の単価のみです。資本主義的生産にとって重要なのは、利益の額ではなくて、投資の効率です。この「資本主義の効率性原則」のもとでは、労働者の賃金も単価ベースで評価される必要があります。

 ラフな計算ですが、企業の取り分の1600円と労働者の取り分の2400円の比率をとると、約66%になります。もっとも、賃金を決定する原理はないので、理論的には1円〜4000円の幅で決まればよいといえます。

 いま最低賃金が1500円に設定されたとすると、労働者は1時間当たり1500円の賃金を受け取り、2500円の利益を企業に提供していることになります。この場合の搾取率は166%です。労働者と会社の分け前で見れば、1500円の最低賃金は穏当な要求だといえます。労働者を5人以上雇用しているにもかかわらず、時給1500円を支払うことができない企業は、「資本主義的生産の利益」を十分引き出していないといって差し支えないでしょう。

 時給2000円でだいたいイーブン、それでも会社員の平均時給よりも安いのです。

◆右肩上がりの日本の搾取率

 企業が、「資本主義的生産の利益」を受け取ることを「搾取」といいます。「搾取」の考え方はすっかり廃れてしまいましたが、経済学的に反証(間違っていることが証明)されたことがない、という意味で頑健な命題です。(*筆者注)

 さきほどの4000円は概算でしたので、もう少ししっかりと搾取率の計算をしてみます。すると、搾取率が1975年以降右肩上がりで、近年は高止まりしていることが分かります。搾取率の上昇は、企業のバランスシートにも利益剰余金のかたちで現れています。賃金の支払余力は十分あるといってよいでしょう。そして、最低賃金の引き上げは「デフレからの脱却」という社会目標にも貢献します。

 搾取率は戦後の日本経済の悲しい歴史を物語っています。1974年春闘での大幅な賃上げによって、企業の儲けがなくなっています。これを教訓に経営者は搾取率の回復と引き上げの努力を続けてきました。労働者はこの流れをまったく押し返すことができていません。

 いま賃金を上げることは必要です。しかし、無限の賃上げは不可能です。搾取率が0%となるか、時給4000円となるところで天井に突き当たります。

 連合(日本労働組合総連合会)のような労働組合は、賃金の天井を忖度し、常に遠慮がちな交渉を続けてきました。それは賃金を上げたあとの展望が欠けているからです。しかし、「雇われて働かなければ生きていくことができない」、この社会の根本的な不安の原因に向き合う必要があるのです。

 こういう話をするとさまざまな反論が予想されます。しかし、そうした反論の多くは誤解に基づいています。近日公開予定の記事では、誤解を排し、古い価値観にとらわれずに考えることを提案します。

(*注)「ほんとかよ」と思われるかもしれませんね。「搾取」に対する従来の批判が反証になっていないことは、多くの読者の興味を引かないローカルな話題だと思います。しかし、「搾取なんて古くさい考え方は間違っている」と思われたままでは話を聞いてもらえないでしょうから、念のため2つの反論を紹介します。

「搾取」に対する代表的な反論に「一般化された搾取定理」があります。しかし、雇用の問題を考えたいときに、「人間が米を搾取している」のようなかたちで搾取論を「一般化」してしまっては、分析対象がぼやけます。近刊でもなくて恐縮ですが、詳細は、今秋刊行予定の『これからの経済原論』(泉正樹、江原慶、柴崎慎也、結城剛志による共著)をご覧ください。

 また、ジェンダー論からの批判もあります。こちらは独自に問題を設定し直し、搾取論の枠組みを使って性差の問題を考えようとしているものなので、「搾取」を反証しているわけではありません。

<文/結城剛志(ゆうきつよし)>

埼玉大学大学院人文社会科学研究科・教授。専門は貨幣論。著書に『労働証券論の歴史的位相:貨幣と市場をめぐるヴィジョン』(日本評論社)などがある。

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