アベノミクスで高まる財政危機のリスク。「消費税率25%を覚悟」しなければならない可能性も<ゼロから始める経済学・第6回>

アベノミクスで高まる財政危機のリスク。「消費税率25%を覚悟」しなければならない可能性も<ゼロから始める経済学・第6回>

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◆タダでできる政策はない

 連載第1回目に、筆者はアベノミクスの第3の誤りとして、「この6年間、がんばって『大胆な金融政策』を継続してきたことのツケがたまってきたこと。これは政府の過失であるとともに、国民の誤算ともいえます」と書きました。

 「大胆な金融政策」を実施しても物価が期待通りに上がらないこと、そして、物価を上げるだけの政策に大した意味がないこと。これらの問題点はアベノミクス実施前から分かっていたことです。ただ6年間を棒に振ったというだけなら、まだ諦めもつきます。ちょっと長いですが。しかしその間には、できないことを無理にやろうとした歪みが生まれています。そして、「タダでできる政策はないのだ」ということにも、気に掛かけてほしいのです。

 つまりは、行政と財政の問題です。

 行政の問題はあまり問題にされにくいですが、無為な政策に職員の方々を奔走させるのはやはりムダです。

 アベノミクスの第2の矢たる「機動的な財政政策」は、2013年に事業規模で約40兆円の経済対策を行い、その後も史上最大の予算規模を更新し続け、いまでは101兆円です。アベノミクス実施前と比べて23兆円も増大しています。財政政策の経済効果に関する内閣府の試算を積み上げていくとすでに相当程度の経済成長率が達成されていなければならないはずですが、試算通りに事が運んだことは全くない、といっても言い過ぎではないでしょう。そもそも、「機動的な財政政策」のためにトータルでいくら使ったのか、公式のまとめがないのも問題です。

◆国が借金を返さなかった場合のリスク

 財政の問題は様々なメディアで取り上げられています。 主な問題は、国の借金の額が、国の経済規模に対して大きすぎること、そして、毎年の税収が不足していて借金の返済に回せないことです。色々な理由をつけて「借金なんか返さなくてもいいんだ」と主張する声があることは理解しています。しかし、借金を返した方がよい、との見解に反対する人はいないでしょう。意見の一致をみないのは返さなかった場合のリスクの評価です。

 私たち個人が借金を踏み倒した場合、返済を催促する電話がかかってきたり、怖い取り立て人がやってきたりするのではないでしょうか。そして、信用を失い、新たな借金をすることが難しくなります。

 国は借金取りよりも強いから大丈夫、ということができるでしょうか。たぶん、無理でしょう。国はたしかに強そうに見えますし、実際、腕っ節は大したものです。しかし、借金をするためには、国債を買ってもらわなければなりません。いくら国が強くとも、国債を押し売りすることはできないでしょう。いまは国民が税金をきちんと納めてくれていますが、怒って「借金を踏み倒すような国には税金を支払いたくない」と言い出す可能性だってあります。財政は国民が支持してはじめて安定するのです。

◆財政危機に陥るリスクは高まっている

 さて、2018年度の国の借金は883兆円(見込み)です。

 財務省は不安ばかりあおってけしからんと思われるかもしれませんが、国の財布を管理している人たちが「日本が財政危機に陥った場合、国債はどうなりますか」との問いに、どのように答えているのか聞いてみましょう。

「仮に財政危機に陥り、国が信認を失えば、金利の大幅な上昇に伴い国債価額が下落し、家計や企業にも影響を与えるとともに、国の円滑な資金調達が困難になり、政府による様々な支払いに支障が生じるおそれがあります」

 やや難解ですね。財務省の資料はどれも難しくて、引用しがたいです。くじけないで読んでみましょう。

 重要なポイントは2つしかありません。まず、(1)「仮に財政危機に陥り、国が信認を失えば」のプロセスです。これは、国が借金を返さないか、返せない見込みになった時点で、国が信認されなくなるということです。そうすると、(2)「金利の大幅な上昇に伴い国債価額が下落し」ます。国は高い金利を払わないとお金を借りることができなくなります。それは同時に、100円の額面の国債が100円以下でしか売れなくなることを意味します。お金がないのに高い金利を払わないといけないなんて不思議ですね。

 では、財務省が指摘するような事態に、我が国は陥るのでしょうか。実のところ、「絶対にそうなる!」と自信をもって予言できるわけではありません。筆者にいえるのは、「財政危機」に陥る可能性は否定できないこと、そして、その可能性が高まっていると注意することだけです。

 アベノミクスの問題点の難しさがココにあります。

 もしこの問題が、誰がどう見ても絶対に危ないという類いのものであれば、議論の余地なく国の一大事と認識されます。しかし、これは「ツケがたまって」いるとか、リスクが高まっているとかといった言い方しかできない点で厄介です。筆者には「こういう社会的コストを負担しなければならないよ」とか、「こういうリスクが高まっている」とかといった、注意喚起をすることしかできません。

 いますぐ絶望的な危機に陥るわけではないとの意味では無視できなくもないのですが、危機に転化したときには一気に転がり落ちるかもしれません。あるいは、私たちが負担しなければならない社会的コストがじわじわとにじみ出てくることも考えられます。そうであっても、税で高いリスクをとってもよいとする、冒険的な国民ばかりなら止めることはできないでしょう。

◆プライマリー・バランスの黒字化は2025年度に延期

 しかし筆者は、みなさんに心配を共有してもらうに値する、重大な問題であると理解しています。

 たとえば、日本経済新聞は、2015年2月の経済財政諮問会議での黒田日銀総裁のオフレコ発言を紹介しています。

「(2020年度の基礎的財政収支黒字化に)もっと本腰を入れてやらないといけない。リスキーな状況になってきている」

 基礎的財政収支(プライマリー・バランス)とは、「国債費(国債の元本返済や利子の支払いにあてられる費用)」を除いた、国の収入と支出のバランスのことです。このとき黒田日銀総裁が心配したとおり、政府は2018年5月の経済財政諮問会議にて、基礎的財政収支の黒字化を2025年度に延期しました。

 日本の基礎的財政収支は、バブル崩壊後の1992年度に赤字に転じてからずっと続いています。赤字が続けば借金は減らずに増えていきます。会社や家計と同じで、国だから特別ということはありません。

 第1回で紹介したように、閣議決定には「強い経済は、日本の国力の源泉である。強い経済の再生なくして、財政の再建も、日本の将来もない」とありました。

 この文言は「財政の再建」をするためには「強い経済」が必要だ、という意味ですね。背景には、巨額の財政赤字と税収不足があります。税収を増やすためには、国の経済規模を大きくしなければならないとの主張です。一応もっともなことです。ところがこの文言は、いまでは「強い経済」になっていないんだから、「財政の再建」はしなくともよい、あるいは、できっこない、との意味になってしまっています。

◆「成長実現ケース」は希望的観測にすぎない

 そもそも、2025年に基礎的財政収支が黒字になるのは「成長実現ケース」です。2019年1月に提出された内閣府の試算にはこうあります。

「成長実現ケースについては、経済成長率は緩やかに上昇していき、2020年代前半に実質2%、名目3%以上の経済成長を実現する。その中で、2020年度は消費税率引上げに伴う対応の効果もあり一時的に上昇する。結果として、2020年度頃に名目GDPは概ね600兆円に達する。また、消費者物価指数上昇率は、2022年度以降2%程度に達すると見込まれる。」

 6年前の目標がいまだ堅持されていることに驚きます。経済成長率、経済規模、物価、すべての点でこの「ケース」は希望的観測にすぎません。これでは財政再建は、はじめからムリだといっているのと同じです。

 続けましょう。

「財政面では、PB〔プライマリー・バランス――引用者〕赤字対GDP比は、2025年度に0.2%となり、PB黒字化の時期は2026年度となる。公債等残高対GDP比は、試算期間内において、安定的な低下が見込まれる。なお、長期金利の上昇に伴い、低金利で発行した既発債のより高い金利による借換えが進むことに留意が必要である」

 そうなったら「いいね」、としかいいようがありませんね。「なお」書きが、今後の国債費の上昇を示唆しており、そこはかとない不安を感じさせます。

 日経新聞によれば、安倍首相は3月の参議院予算委員会で、2025年の「『PB黒字化の目標は堅持し、国際社会に説明していくことが重要だ』と強調した」そうです。5年前にも同じようなことをいっていなかったでしょうか。5年後にも繰り返すのでしょうか。

 日銀は、2015年度に、国債価格が下落するなどのリスクに備えて4500億円の引当金を積んでいます。日銀が保有する国債の規模を考えると心もとない額ですが、現実的な対応といえるでしょう。

 冒頭で筆者が「国民の誤算」と書いたのは、「成長実現ケース」が実現しない前提で「財政の再建」を考えなければならないときが迫ってきているためです。

 リフレ派の理論家と目される伊藤隆敏氏は、著書『インフレ目標政策』(日本経済新聞出版社、2013年)の中で次のように述べています。

「デフレからの脱却、改革による成長率の回復、社会保障関係支出…の削減が実現できれば増税幅は小さくて済むけれども、それらが実現できなければ、いずれ消費税率25%を覚悟しなくてはいけない、という現実をかみしめる必要があります」。

「財政の再建」のための「強い経済」の実現が、「絵に描いた餅に終わる」ことが明白となったいま、伊藤氏の箴言を「かみしめる必要が」出てきたといえるでしょう。

◆余論

 先月OECD(経済協力開発機構)の経済審査報告書が発表されると、基礎的財政収支黒字化のためには消費税26%が必要との見出しが躍り、一瞬話題になりました。しかし、26%の数字だけが一人歩きした感があります。正しくは、消費増税のみで黒字化を達成するためには20〜26%への引き上げが必要と書いてあります。この報告書は、財政再建のための消費税の増税と「費用とリスクとを緊密に監視しながら、物価上昇率が持続的に2%の目標を上回るまでの間、金融緩和を継続すべき」ことを指南する無責任なものです。

 現代貨幣論(MMT: Modern Money Theory)も話題ですね。財政が魔法の泉であるかように説く、通俗的な紹介がまかり通っているようです。しかしMMTは財政赤字を正当化する小手先の政策技法ではありません。本稿では、現代金融論ではなく、現代貨幣論と訳してみせたように、もっと経済の根幹にかかわる問題なのです。

<文/結城剛志>

埼玉大学大学院人文社会科学研究科・教授。専門は貨幣論。著書に『労働証券論の歴史的位相:貨幣と市場をめぐるヴィジョン』(日本評論社)などがある。

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