日本政府はなぜ「ロヒンギャ」と呼ばないのか。欧米各国との「ズレ」の根源

日本政府はなぜ「ロヒンギャ」と呼ばないのか。欧米各国との「ズレ」の根源

ワ・ロン氏(左)とチョー・ソウ・ウー氏 (Photo by ANN WANG / POOL / AFP=時事)

 一人は親指を立て、もう一人は手を振り、満面の笑みを浮かべている男性2人……。ミャンマーでの500日以上の収監を経て、今月大統領の恩赦を受けた、ロイター通信の記者ワ・ロン氏とチョー・ソウ・ウー氏です。両氏はミャンマーの治安部隊によるイスラム教徒ロヒンギャの迫害を取材中に逮捕され、国家機密法違反罪で禁固7年の実刑判決を受けていました。

◆希望の光となった記者の釈放

 各国政府やジャーナリスト、NGOなどは2人の釈放を歓迎しました。ミャンマー政府による表現や言論の自由の弾圧という根本的な問題は依然として未解決であり、また、現在も73万人以上のロヒンギャ難民が劣悪な避難生活を強いられています。それらの問題を注視してきた人々にとって、このニュースは小さいながらも希望の光となったはずです。

 一方、この際に不都合な真実も顔を見せました。

 河野太郎外務大臣は2人の釈放を歓迎し、外務省も歓迎の声明を発表しました。同省は「我が国は、ミャンマーにおける民主的な国造りのさらなる進展を期待します」とつづりました。

 しかし、その声明のなかには、国連や欧米各国も利用している「ロヒンギャ」という言葉が見当たらないのです。(参照:外務省HP)

◆河野大臣はミャンマー政府・軍を擁護

 なぜなら、日本政府はイスラム教徒のロヒンギャ民族を「ロヒンギャ」と呼ばず、「ラカイン州のイスラム教徒」と呼んでいるからです。河野大臣は、「ミャンマー政府はロヒンギャという部族は存在しない、彼らは国境を超えてきて住み着いたベンガルのイスラム教徒だと主張しています」として、「この問題になるべく中立的な立場で関与するため」、「ロヒンギャ」という言葉を使わない姿勢を貫いています。

 また、河野大臣は「欧米各国は、ともすればミャンマー政府や軍を加害者として攻めがち」と批判しています。(参照:河野太郎公式サイト)

 つまり、日本政府は、ロヒンギャの存在自体を否定するミャンマー政府の見解に実質上同調しつつ、国連が「虐殺・性暴力・広範な放火などジェノサイドおよび人道に対する罪に当たる」と認定しているミャンマー軍の愚行を批判する「欧米各国」に対してブレーキをかけようとしているのです。(参照:BBC)

◆差別的な国籍法

 そもそも、なぜミャンマー政府は「ロヒンギャ」という言葉を使わないのでしょうか。ひとつの大きな原因は、1982年にできた国籍法です。同法律が施行される前は、ロヒンギャの人々はミャンマーの国民とみなされていました。(参照:Human Rights Watch)

 しかし、1982年に、ミャンマー政府は135の民族を公認し完全な国籍付与の対象としたものの、ロヒンギャ民族はその対象から除外しました。結果、推計80万人から130万人いるとされるロヒンギャ民族にビルマ国籍が認められていません。

 事実上、無国籍の状態にあるロヒンギャ民族は、ミャンマー政府により「不法移民」とみなされ、数十年に渡りミャンマー軍による迫害の標的になり続けています。

 ‘90年代にはミャンマー軍による村への放火や殺害などが行われました。現在、73万人以上のロヒンギャ難民が隣国のバングラデッシュで難民キャンプでの避難生活を強いられているうえ、ミャンマーのラカイン州には12万人以上のロヒンギャが収容所のような環境で暮らしています。教育・医療・移動の自由はありません。

◆「中立性」が生む害

 ロヒンギャ民族に対して差別を展開するミャンマー政府と、中立性を下に同政府の見解に同調する日本政府。この構図は、客観的に見て中立性と言えるのでしょうか? それとも、ミャンマー政府のご機嫌取りを優先しているだけなのでしょうか?

  少なくとも、国際的な場では、日本政府は同問題について消極的な姿勢を一貫してきました。

 例えば、‘17年12月に国連総会で行われた決議は、ミャンマーの人権状況に関して懸念を表明したもので、130か国以上の賛成多数で採択されましたが、日本政府はこれを棄権しました。

 また、国連人権理事会では昨年9月、新たなミャンマー人権決議が35か国の賛成多数で採択され、新たな国際的メカニズムが設立されました。’11年以降にミャンマーで起きた「もっとも深刻な国際犯罪の証拠の収集、整理、保存、分析」を行い、「公正で独立した刑事手続の開始を助け促進するための事件記録を準備する」権限が与えられたのです。しかし、日本政府はこれも棄権しました。

 日本政府は、真に「ミャンマーにおける民主的な国造りのさらなる進展を期待」しているのであれば、言葉を濁さず、「ロヒンギャ」という言葉を使用し、ミャンマー軍による愚行の責任所在の追求に積極的に取り組むべきではないでしょうか。

<文/笠井哲平>

かさいてっぺい●’91年生まれ。早稲田大学国際教養学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校への留学を経て、’13年Googleに入社。’14年ロイター通信東京支局にて記者に転身し、「子どもの貧困」や「性暴力問題」をはじめとする社会問題を幅広く取材。’18年より国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのプログラムオフィサーとして、日本の人権問題の調査や政府への政策提言をおこなっている

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