伊方発電所を回った夜、八幡浜で蓮池氏と語り合った「選挙」、「原発」、「拉致問題」……

伊方発電所を回った夜、八幡浜で蓮池氏と語り合った「選挙」、「原発」、「拉致問題」……

地主さんの個人銘の石碑を見る蓮池氏一行2019/6/10牧田撮影

◆「へこみデミオ」きらら館へ到着

 日が沈む頃、「へこみデミオ」は道の駅伊方きらら館に滑り込みました。道の駅なので、17時半には閉館していますし、実はきらら館は物産のみで食事はできません。きらら館は外に売店があって、じゃこ天や甘いものなどは食べられますが、やはり食事はとれません。

 駐車場からは、見事な夕日が見えます。素晴らしい時間にたどり着いたものです。

 道の駅伊方きらら館と四国電力の広報館である伊方ビジターズハウスは隣り合って高い位置に立地しており、渡り廊下でつながっています。

◆きらら館の周辺にあった「看板」と「石碑」

 さて、私は教えてもらうまで全く知らなかったのですが、この伊方ビジターズハウスの国道側に用地買収を徹底して拒否した方の土地があるそうです。皆さん、見えるわよと言いますが、実は動体視力は側方では殆ど期待できず、運転者は正面しか見ていませんので、話を聞くまでは全く知りませんでした。

 但し、運転者はともかく、同乗者が車窓から景色を見ていればとても目立ちます。

 きらら館の駐車場から歩いてすぐのところにそれはありました。

「原発絶対反対!」と言う看板が石碑を挟んで二枚あります。一つが「伊方原発反対 八西連絡協議会」で、もう一つが「原発さよなら四国ネットワーク」です。中央にある故人碑文は、地主の廣野さんのもので、まるで生前墓碑です。

 国道197号線沿線にはこの手の看板を設置している地主さんが結構いて、「プルサーマル絶対反対!」看板と合わせると、結構な数があります。作りもしっかりしており、カンパでお金を集めたり、看板屋さんが関与していたりと、かなりしっかりしたものが作られており、手入れと草刈りさえしていれば10年単位で長持ちします。

◆地元地主の意地

 ただここには、少し違った特徴があります。一つは、四国電力伊方ビジターズハウスの国道側隣接地から立ち退かなかったことです。場所は、Google Map航空写真でみるとまさに土地買収失敗の典型事例であることが分かります。(参照:Google Map航空写真: 国道197号線から誘導路のある土地。伊方ビジターズハウスの土地が不自然に切りかかれていることが分かる/Google Street View :国道197号線下り線からよく見える。運転者も、存在に気がついていれば認識することができる。接続路は、国道建設の際に沿線の私有地に取り付けられたもの)

 地主さんはすでに故人とのことですが、親族や地域住民が維持しているとのことです。私も蓮池さんも電力の広報館に隣接する土地の買収に失敗してこのような看板や石碑を建てられた事例を知りません。「凄く痛烈な嫌がらせですね。」と大笑いするほかありません。

 私の知る限り他の電力は、こういった嫌がらせに対してはあの手この手で無効化を図り消してしまいますので、四電は他の電力に比べれば相当に穏健なのだろうと思います。かつての出力調整反対運動の話を聞いても、四国電力には、トムとジェリーのトムみたいなところがあります。勿論、褒めています。

 また、石碑がまるで生前墓碑であり、しかも今では故人であるため、これを無理に買収して石碑を撤去するのは、験担ぎの強い電力会社には、かなりやりにくいことと思います。しかし、やはり地主さんの亡くなったあと、ご親族や支援者の高齢化は如何ともし難く、福島核災害がなければ風前の灯火であったと思われます。

 伊方三号炉の運転期間は、今後15年、仮に一回だけの20年延長をしたとしても35年、その間この碑文は、伊方ビジターズハウスの隣に鎮座し続けるのだろうと思います。しかし、昨今の原子力発電の陳腐化、経済性の喪失と電力自由化、新・化石資源革命と再生可能エネ革命の進展、なにより急速な人口減少による電力需要の急減によって案外近くにこの石碑と看板の役割が終わる日が来るかもしれません。

◆閑話休題

 さて、もう日が暮れましたので、我々は夕食のために八幡浜市へと急ぎました。ただここで、読者からリクエストの多い伊方発電所の夜景写真を1枚ご紹介します。

 かつて、ゴジラvsデストロイアにて実名で登場し、夜、ゴジラによって襲撃されるも自衛隊が撃退したために破壊を免れた伊方発電所ですが、実際の夜景はたいへんに美しいです。

◆八幡浜にて語り合ったこと

 やっと、一行を乗せた「へこみデミオ」は八幡浜に帰り着きました。時間はほぼ20時前、合流してから6時間です。私は、おなかがすいて目が回りそうです八幡浜市役所近くの駐車場に「へこみデミオ」を置いて、近くの海里という居酒屋に入りました。私は晩酌をしませんし、外食も殆どしませんので、居酒屋の類いは引っ越して以来初めてです。

 まずはビールで乾杯(私はノンアルコールビール)して、すばらしい魚料理をたくさん注文して談笑となりました。やはりなぜれいわ新選組(れいわ)から出馬かという話になりました。

 蓮池さんと山本太郎氏との間では、かなり以前から交流があったとのことで、その縁とのことでした。そして東電のやりたい放題はやめさせないといけないとの事でした。

 「太郎くん(山本太郎氏)は、凄いよ」とのこと、私も同感です。

 また、れいわからの出馬にあたり、お話を聞いた時点では、拉致問題を争点にするつもりはないとのことでした。理由は、これ以上拉致問題を政治の玩具にしたくないからとのこと。2002年9月17日以降、拉致問題が政治家の玩具にされてきたのは事実で、現時点で蓮池さんが選挙の争点にしても前向きの議論にはならないでしょう。参議院議員になってからの活動は、まずは野放しの東電の首に縄をつけること、世界一厳しいと僭称(せんしょう)しながら、世界にも珍しいほどの笊(ザル)である原子力規制行政を正常化すること、核災害被災者の救済、これだけでも大仕事です。

◆蓮池さんが憤慨していた電力事業者や政府の欺瞞

 蓮池さんのご自宅は柏崎市で、PAZ(Precautionary Action Zone。原子力施設から5km圏内)とのことです。柏崎市によると対象者は安定ヨウ素剤を取りに来いと広報しているそうですが、そもそも取りに来いというのがおかしいとのこと、持ってくるか送ってこいとのことです。実際に医師による問診があるわけでもないため、フランスのように対象者には無条件で定期的に送ってくるのが筋でしょう。医師法、薬事法との兼ね合いがありますが、それに関わる費用と手間は、明確に原子力のコストですので、事業者が負担すべきものです。形骸的な問診票の記入と、とりに行くという手間を住民にとらせるのは、責任転嫁の基本的なやり方です。

 また、電力、自治体、政府が口をそろえてPAZ(予防的防護措置区域)だUPZ(緊急防護措置計画区域)だと市民に略号しか言わないのもおかしいとお冠です。そりゃそうです、高等教育の場では、少なくとも理工学においては、一般化していない専門用語、略語、アクロニムについては、使う側に一義的に説明義務があると教育されます。略語や専門用語を乱発する人間や組織は、その語彙を知られたくないから使う、市民に理解してもらう意思は皆無と考えて良いです。略語やアクロニムを説明無しに使うのは馬鹿の虚仮威しだというのが私のいた世界での共通認識で、学部生が血祭りにされていたものです。

 緊急避難訓練もいい加減で、しかも道路網に致命的なチョークポイントがあるとのことで、柏崎・刈羽発電所が十五条通報の事態に陥ってしまえば、阿鼻叫喚になるだろうとのことでした。

 ちなみに蓮池さんは、柏崎・刈羽原子力発電所に勤務したことはないとのことでした。皆さんよく間違われますとのことで、私も間違えていました。実際は、福島第一と本社勤務が多く、日本原燃に出向していたとのことです。Mark-I BWR、A-BWR、核燃料サイクルとくにMOX燃焼の専門家と言えます。

 福島第一の1号炉、あれ、せっまいんですよ。入るのも、動くのも、作業するのたいへんなんです。そして2号炉、僕たちはペデスタルを「奈落の底」って呼んでいました。その上入ると天井から計装管だの制御棒制御装置だのが生えている。トーラスの上のキャットウォークでも作業しましたけど、アラームメーターがすぐに鳴るんですよ。線量が高くてたいへんでしたとのことで、生々しい話です。懐かしのポケット線量計の話題もありました。

 蓮池さんは、実際には3号炉を担当していたそうです。1977年入社ですから76年3月操業開始のできたての新鋭炉を担当していたことになります。当時はどこもかしこもSCC(Stress Corrosion Cracking応力腐食割れ)で、毎日毎日対応に追われたとのこと、導入期、習熟期の原子炉ではこの手の不具合が激発し、とくにBWRでは応力腐食割れに悩まされたことはもはや歴史となった事実です。結局、SUS304(304ステンレス鋼)からSUS316(316ステンレス鋼)への配管素材変更、さらにはSUS316NG(原子炉級SUS316)といったステンレス素材の改良によって応力腐食割れをひとまず克服しています。その時代の生き証人とお話しできるのはとても幸せなことでした。

 日本が1980年代の原子力黄金期を迎えることができたのは、こういった、現場とメーカーの不断の努力が背景にあったのです。

◆蓮池さんが語った拉致問題と家族会

 途中で講演会主催者の女性二人と別れ、ファミレス(八幡浜にはジョイフルがある)に場所を移して話を続けました。

 私がかねてから疑問だったことをここで聞きました。蓮池さんが家族会の事務局長だったとき、専従に近いほど忙しいのに東電はそれを認めた、さすがは東電だと仲間内で褒めていたのですが、本当はどうだったのでしょうか。

 東電は関係ありません。当時は東京の日本原燃に出向していて、それだからこそできたのですとのこと。原燃は家族的な雰囲気でいろいろ無理を利かせてくれたとのことでした。同僚達も日に影に応援してくれていたとのこと。原燃の雰囲気が良いのはなんとなく分かります。

 東電に帰任してからは会社、上司、同僚すべてが救う会についてはガン無視だったと事で、有給休暇も使い果たす羽目になり、たいへんだったとのことでした。とても冷たい職場でしたよとのこと。

 ここで面白い話、蓮池さんは、地方競馬が大好きとのことで、原燃へ出向時代、休憩時間に隣の場外馬券場に行ったところ、噂の真相に激写され、「救う会事務局長、会の金を横領しギャンブル三昧」とスクープされたとのことです。このことは私も記憶にあります。本人がそれを知ったのは、出勤したところ原燃の同僚が、机の上に記事のコピーをおいていたからとのことでした。マスク姿で外出する習慣なので、いかにも怪しい出で立ちで写され、コピーを置いた人は、「なんか載ってるよ」と言う意味合いだったとのこと。

 ポケットマネーで趣味の地方競馬の馬券を買うときにマスクつけていただけであんな記事書かれたんですよと、大笑いでした。確かにかつて日本原燃東京支社の向かいにウィンズ新橋はありました。

 蓮池さんは、とくに高知競馬がお気に入りとのことで、高知競馬はパドック解説が素晴らしく、そして最終レースは大きく荒れる傾向があるとのことでした。八幡浜の次が高知での講演でしたので、できれば立ち寄れないかなとのこと、相当好きですね。翌日、高知担当者に高知競馬のことを申し渡したところ、「そんなの知らないよ」と言われがっかり。一勝もできなかった「ハルウララ」ブームで辛くも廃止を免れた高知競馬、少しは関心を持ってほしいものです。温泉施設ヨネッツこうち もありますよ。

 高知競馬の実況アナウンサー、橋口浩二氏は、私と延岡西高校で同学年であり剣道場などでも一緒であった事などいろいろと話題に事欠きませんでした。小学生時代、あまりに道場に遅刻ばかりする私は、橋口君にとっ捕まって、厳しく意見されたものでした。すみません、私は少年剣士やる気消之助(やるきしょうのすけ)でした。

◆拉致問題は、被害者家族がいる以上、終わりにできない

 三つ目に拉致問題ですが、薫氏一家は帰還したし、蓮池透さんは、10年あまりの間もう十分にやったのだから、蓮池家としてはもう終わりにできないのかという意地悪な質問には、「そういう言い方は嫌だな」とのことでした。やはり、多くの拉致被害家族がいる以上、終わりにはできないとのことでした。

 一方で、集会のたびに戦争だ、復讐だと叫ぶ有様を映像公開までする今の有り様は全く異常で、あれでは生存者がいても救えるわけがないと言うことで、私も同意見です。対北朝鮮封鎖政策は、安倍晋三氏主導で2004年から一貫して強化され続けていますが、救う会内部でも強く期待されていた成果は全くなく、外交カードを一方的にすべて失い、完全に失敗しています。外交問題で5年かけて成果の出ない政策など、その時点で破棄されるべきもので、現状は解決を望まない、政府・自公によるやっているふりだけに過ぎないと考えます。また、ビジネス右翼の草刈り場と化しています。

 主戦論は、外交の放棄であり、外交を放棄すれば、物事は解決しません。そして、日本政府が第二次小泉訪朝以後、対北朝鮮外交をやったかと言えば、何もやっていません。拉致問題に関して言えば、計画者であり、発令者であり、第一の当事者とされた金正日氏が死去した以上、金正恩氏にとっては過去の他人事で、外交交渉を行いやすい絶好の環境を得たにもかかわらず安倍晋三氏はなにもしないしできません。

 全く情けない話です。

◆「青バッジ」は「日本会議バッジ」

 最後に「青バッジ」つけますか?という質問には、あれは日本会議バッジじゃないですかとのこと。

 私が当時知り得る限り、そもそも「青」を選んだのは、イエローリボン、ピンクリボン、レッドリボンなどの先行するものと重ならないようにしたら青になったという経緯もあって、青空の青、海の青はその少し後付けです。勿論、うまい紐付けで考案者は頭が良いです。そして、二人ともよく知るように、R-NET(北朝鮮に拉致された日本人を救出する市民ネットワーク)と救う会青年の会に関わっていたY氏の考案*で、2002年11月当時、運動の急拡大で枯渇していた活動資金を募るためにリボン運動と有償配布がはじめられたものです。

<*:私は、家族会のX氏発案を都合上Y氏発案ということにしたという話を聞いておりましたが、蓮池氏によると、Y氏の発案で間違いないとのことです>

 この活動資金を募るためと言うことは、当時公表されていましたので、全く正当なことですが、慎重な検討を経たものではありませんでした。一方で政治業者の免罪符になり、利用されるだけになる可能性を抱えており、私は強く危惧し、意見していました。

 また、イエローリボン運動など、先行し、長続きしている運動は、その色のものを何でも良いから身につけることで意思表示するという原点を最も尊重しており党派横断性(無党派性)を最重要視しています。

 そして先行し成功している運動は、リボンと寄付を原則として分離しています。リボンと寄付を直接紐付けると、必ず販売行為のみが独走してしまいます。そのため、依頼状にリボンが入っているか、寄付をするとメッセージカードと場合によってはそれに添えてリボンが付いてくるという程度です。

 結果として現状では、きわめて狭い党派性を示す有償の記章と化しており、ピンクリボンなどの党派横断的な本来の姿を持つことができませんでした。リボン運動としては失敗したと言うほかありません。結果、様々の失敗を象徴するものと化しており、今となっては一般人が青バッジをつけるのにはたいへんな勇気が要ります。

 10日の夜は、日付が変わるまで二人で話し込みましたが、原子力問題、拉致問題共に私と蓮池さんはたいへんに近い考えを持っているという感触を得ました。そして、噂の真相スクープ事件の「真相」も知ることができ、高知競馬という想像もしなかった設定があることに驚きました。

 これだけの知識と経験を持つ静かで熱い人、蓮池透さんには公人として大活躍してほしいものです。

 さて、ここまで蓮池透氏八幡浜講演会の前日に起きたことを五回に分けてお伝えしてきました。翌11日の伊方発電所正門前集会と八幡浜での講演会については、別の記事を挟んで後日、二回程度でご紹介します。

『コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」』番外編:蓮池透氏四国リレー講演会5

<取材・文・撮影/牧田寛>

【牧田寛】

Twitter ID:@BB45_Colorado

まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題についてのメルマガ「コロラド博士メルマガ(定期便)」好評配信中

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