大村入管に収容されたナイジェリア人の“謎の死”。死因も経緯も明かされず

大村入管に収容されたナイジェリア人の“謎の死”。死因も経緯も明かされず

大村入管。ここに収容されていたナイジェリア人が“謎の死”を遂げた

◆突然、人が変わったようになってしまったサニーさん

 6月24日、大村入管(長崎県)で収容されていたナイジェリア人サニーさんが3年7 か月の長期収容の末、謎の死を遂げた。一部では「ハンストをしたことによる餓死ではないか」との声も上がっている。

 しかし大村入管で面会ボランティアをしている人は「彼はプロテストやハンストをするような人物ではない」ときっぱり否定。同じブロックだった被収容者たちに面会して話を聞くと、「サニーさんはいつも笑顔で、気さくな人だった」と誰もが口にする。サニーさんと同室だった被収容者は、こう語った。

「サニーさんは毎日、モップをもって掃除をしていました。ところがある日突然、人が変わってしまい、水すら飲まなくなった。何かよっぽどショックなことでもあったんだと思う。階段に段ボールを敷いて寝るという、奇妙な行動が目立ってきました。

 数日が経ち、体ががっちりしていたサニーさんはやせこけて倒れてしまった。職員が抱きかかえ、車いすに乗せて病院に連れて行きました。

 職員が帰ってきたとき、サニーさんの容体を聞いてみました。職員は『もう大丈夫。だけどまだ治っていないから別室で様子を見ることにする』と答えました。さらにその何日か後に、ニュースで彼の死を知ったよ……」

 サニーさんは個室に移され、彼の死を見届けた者はいない。ただ入管職員を除いては。長期収容の末、収容所の中で亡くなることになったサニーさんの死因は、いまも明らかにはされていない。

◆長期収容に苦しみ、必死の訴えを続ける被収容者たち

 7月5日、サニーさんの死に憤りを感じた人たちが集まり、法務省前で抗議行動が行われた。呼びかけ人は支援グループ「freeushiku」の荒木祐一さん。

 荒木さんは「第三者機関による調査を求めるための行動です。現在の収容期間は3年が当たり前。4年、5年の人もいる。早期の解放も求めたい」と語った。その後の入管当局側の発表では「調査チームを設置した」というが、いまだに結果を発表する様子は見られない。

 サニーさんの死後、各収容施設でハンストを行ったり、ストレスで拒食症になったりした収容者が少しずつではあるが、解放されることとなった。これで被収容者たちの間に火がつき、ハンストを開始する人が次々と現れた。ハンストをして命を落とすか、生きて外に出られるのか、文字通り死をかけた行動だ。支援者や母国にいる家族に、遺書を書く人まで現れた。

 7月18日、支援グループSYI(収容者友人有志一同)の柏崎正憲さんには、牛久入管の公衆電話から以下のような伝言が入ってきた。

「私はカメルーン難民のポール。2016年から3年も収容され続けている。難民申請をしただけなのに。13日にハンガーストライキを始めた。カメルーンには絶対に帰れない。他に方法はない。死んでもかまわない。 このことをインターネットで伝えてほしい」

 これを柏崎さんはすぐさまSNSで公開し、被収容者の必死の訴えが現在も注目を浴びている。牛久入管ではハンストのため、身体が衰弱して歩けなくなる人が増え、車いすが足りていないらしい。支援者が面会に行くと、相手が車いすで出てくることも多くなったという。

◆入管庁長官はサニーさんの死については語らず

 7月17日、出入国在留管理庁(入管庁)の佐々木聖子長官による記者会見が日本記者クラブで行われた。「このタイミングでの会見ということは、サニーさんの死亡の件に触れるのか?」と思ったが、4月の改正法施行で導入された新制度の概要や運用状況、支援体制について語っただけだった。

 記者の「長期収容、ハンスト、訴訟が起きている。それについて改善を考えているのか?」との質問に、佐々木長官はこう答えた。

「法律的に退去が決まっているのだから、積極的に帰るご準備をしていただければ、明日にも出られる性質のものです。長期収容が非常に問題だとの認識は非常に強く持っている。送還を迅速に行い、長期収容は解消したいというのが入管の基本的な考えです。

 収容に耐えられないような健康状態であれば、総合的な判断により仮放免を行い、そうした状態を避けていく、問題を予防していく、事故の発生を未然に防いでいく。そういうことはやらないといけないと思っています(一部抜粋)」

◆被収容者「(収容施設は)日本でいちばん汚いところです」

 7月18日、収容によるストレスから食事がとれなくなっていたクルド人のフセイン・イシリさんが、東京入管から1年8か月ぶりの解放となった。フセインさんはこの収容生活が原因で24kg痩せってしまったという。

「みなさんの知っている通り、私は入管に苦しめられました。収容された日、奥さんと連絡を取りたいと言ったら、たくさんの職員に抑え込まれ腕をひねられました。日々、精神状態がおかしくなり、パニックを起こせば職員に腕をひねられ、懲罰の部屋に連れて行かれました。入ったときは元気で、出てきたときは精神を病んでいた。ここは日本でいちばん汚いところです」

 若干の怒りを込めて記者たちの質問に答えたフセインさんは、「まだ、3年収容されていて、食事をしていない人がいます」と、まだ解放されていない被収容者のことを心配した。

 フセインさんは生きて家族との統合を果たすことができた。日本人の支援者たちに「ありがとうございました」と丁寧に感謝の気持ちを述べ、奥さんの表情もいつもよりずっと明るかった。しかし、まだまだフセインさんのような境遇の人たちは、きりがないほどたくさんいる。

 そして、サニーさんのように助からないケースもある。死因はハンストによるものだったのか、そうではなかったのか、謎は残されている。しかし、入管による長期収容が彼に死をもたらしたことは、疑いようのない事実だ。入管は1日も早くサニーさんの死の経緯説明を行い、誠実に真実を述べていただきたい。

<文・写真/織田朝日>

【織田朝日】

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