永田町に緊張感を取り戻すための、弱小野党最後の秘策とは!?

永田町に緊張感を取り戻すための、弱小野党最後の秘策とは!?

yakiniku / PIXTA(ピクスタ)

◆「ライバルのいない不幸」

 本当に強い企業はライバルを潰さない。なぜなら、ライバルがいなくなりひとり勝ちとなると現状に甘んじイノベーションへの意欲が衰える危険性があるからだ。

 ナンバーワンが自分を乗り越えていくためにも実は強いライバルが存在した方がいい。

 一流企業はライバルとなる競争相手の力をも借りて成長を続ける。緊張感がある環境は奢りや堕落に溺れる隙を与えない。こうして強いものが不断の努力をするからこそ、その比較優位は揺るがない。これは最強のアスリートには最強のライバルがいて、常に切磋琢磨して新たな高みに到達していくのと似ている。

 今の日本の社会の閉塞感は、政治が多くの国民に未来の希望を示せないところから来ている。その絶望は現状に不満でも与党に託すしか選択肢がないと思う有権者が多いこと、もっというと権力者の強敵になるようなライバルがないところから生まれているのだろう。

 国論を揺るがす強烈な法案を半ば強行に次々と成立させただけでない。公文書の改ざん、隠蔽、国会軽視、疑惑や不祥事、耳を疑う問題発言が次々と与党議員から出てきても、もはや引責辞任も明確な謝罪も無くなってしまった。何でも許され黙認されてしまう。全てはうやむやのうちに放置され、時間が経ちメディアも取り上げなくなり、人々の記憶からも忘れ去られて終わってしまう。そういう状態をおかしいな?と思いつつも社会全体が受け入れてしまっている。それが今の日本だ。

◆不祥事はかつてもあった、でも社会が許さなかった

 しかし、つい10年ほど前なら、この6年で起きた数々の不祥事は野党からだけでなくメディアからももっと激しい追求があったものばかりだ。それを可能にしてのは与党といえども一枚岩でなかったからだ。

 かつての与党には常に強い反主流派がいて権力の奪取を虎視眈々と狙うものだった。ライバルを追い落とすためなら情報のリークさえもして蹴落としてやろうとするものがいたものだ。これが政治と行政に常にギリギリの緊張感を生み、自由な報道と言論も担保した。

 もちろん10年くらい前までも、起きた不祥事の決着の流れを思い起こせば、最終的に引責辞任に追い込まれた場合でも、それは即日即決ということは少なかった。当事者本人はギリギリまで自らの地位にしがみつこうとしたし、言い逃れで切り抜けようともした。しかし、言い訳が世間の風向きを変えることができないことを悟って、これは無理だ、むしろいま辞めたほうが得になると辞めただけだ。権力者も、このまま責任を取らせないと、火の粉が自らにも降りかかると判断した時に引導を渡した。厳しい世論も党内にも無視できないライバルがいたからだ。

 かつてと違って居座る人が多いのは、責任を取らせなくても、政権基盤が揺るがないと判断されているからに他ならない。

◆昭和は政治が面白しろかった。面白いからこそ投票した

 今の国会のていたらくは多くの国民にとって、許しがたい状況だろう。

 昭和の政治は面白かった。小説吉田学校ばりの政界の権力抗争は常に表沙汰になり、派閥間、いや派閥内部でも常に緊張状態があった。その張り詰めた状況こそが、日本の政治と経済を磨き、国家としての強さの原動力となったのではないか。経済成長、新規産業の育成だけでない、国民の生活や福祉の向上にも役立っていたはずだ。

 何しろ政権選択の衆議院総選挙でさえ一つの選挙区から複数の当選者が出る中選挙区だった。ひとつの選挙区に与党の対立する複数の候補で競り合った。与党野党という単純な選択でない。与党の中でもどの候補がいいか、有権者が選べた。野党の中でも中道から左派までいろんな候補から選択ができた。候補者は自らを際立たせるために、活発な論議が起こしたのだ。

 選挙が終われば首班指名を得るために派閥間で権力と政策の激しいせめぎあいも起きた。汚職も買収も裏切りもあったが、それも国民にとって受け入れがたいほどになれば、与党の議席は減り野党が伸びた。野党の議席が一定程度あれば、与党は野党にも配慮して、話し合い歩み寄り譲り合って政策の落とし所を探った。こうして多くの国民が受け入れられるところで物事が落ち着いたのだ。

 そこには、政治家たちの権力欲と国民への視線との微妙なバランスを考えた真剣な模索があったのだ。

 権力のある政治家がガチンコで戦っているのを横から見ているのは面白い。それをあぶりだしたのもかつての選挙だった。政治の面白さは選挙と結びつき多くの人が投票し投票率も高かった。

 つい10年ほど前の選挙を思い出してほしい。自民党の不祥事が続き、野党がマニフェストを持ち出し総選挙になった時や、小泉純一郎首相が自ら、自民党をぶっ壊すと刺客を送り込んた郵政選挙の時にも国全体が大いに盛り上がったのを覚えているはずだ。

 政治評論家はそれを「風」と呼んだが、要は国民が政治家がガチンコに戦う政治情勢を面白がり、そこにこの国と自分たちの行く末を託したからに他ならない。

◆永田町に緊張感を取り戻すために、弱小野党の最後の秘策

 この7年、安倍一強時代には、かつてのような緊張感が永田町や霞が関から失われた。例えば、選挙の前には「TPP絶対ダメ」という党の公約ポスターを全国に貼っただけではない、参加する理由の柱の一つだったアメリカが離脱した後でさえ与党は条約を推進した。びっくりした。この言動の違いに対して誰も責任を取らないし、与党議員で執行部の決定に逆らって離党したものもいない。有権者でさえ公約は守られなくても、あの混乱の野党時代よりはいいのだ、これしかないのだと自ら言い聞かせているのだろう。いや内実は絶望しているのかもしれない。

 何しろ自民党に投票する人も、野党がだらしないからとか、野党によって政治が混乱してこれ以上生活が悪くなるリスクを取りたくないからという消極的な理由で投票している人が少なくない。だからこそ、投票率が50%を切った7月の参議院選挙での安倍首相のキラーフレーズはまたもや「悪夢の民主党政権に戻して良いんですか?」だった。

 もう7年前の、それもすでに無い政党の失政を取り上げて攻撃しているのだ。その参議院選挙で旋風を起こしたれいわ新選組の山本太郎のところに、与党の元閣僚から頑張ってくれという激励の電話があったという。それは、与党内でもはや活発な政策論議や権力闘争がないからに他ならない。次の選挙の公認を得るために執行部にとって聞き分けのいいひとりになるしかない今の与党議員の鬱憤からの行動だったと想像する。与党の議員だって面白く無いのだ。

 政治を面白くする。活力をもたらし政策を磨くためには永田町に緊張感という炎が燃えあがらなくてはならない。そのためには安倍一強政治に抗する人の意見や行動を無視できない政治状況を作る必要があるのではないか。

 まずは野党ももう少し強くなってもらうことが必要ではないか。しかし、野党はつまらない。権力を持っていないものの悲劇か、お互いを罵り合い離合集散を繰り返す。さらに候補者はすでに組織率も高くない労働組合出身者だったりする。一般の国民には向いていない。

 この25年以上、政党支持率で最も高いのは、常に「支持政党なし」だ。無党派なのである。選挙はこの無党派の支持をどれだけ取り付けるかで決まる。それなのに、ほぼ全ての政党が無党派を向いていない。選挙の時に自分の党に取り込もうとしているだけだ。特に政党支持率が15%に届く政党のない野党が一人しか当選できない小選挙区で勝ちたいのなら、党の候補でなく、勝てる候補を出さなくてはならない。労働組合出身というだけでは勝てる時代ではないのだ。その勝てる候補を野党が知らない。では、勝てる候補を誰が知ってるか? それは選挙権を持ってる有権者自身なのだ。

◆野党執行部は候補者選定を放棄せよ

 私は、日本でも予備選挙を導入すべきだと考えている。予備選挙とは本選挙に臨む候補者を選ぶ選挙だ。7月の参議院選挙での一人区では野党が統一候補を出して、それなりの成果をあげた。しかし、野党がせっかく統一候補を出すのならそれは野党幹部や都道府県党本部の話し合いだけで決めるのではなく、勝てる候補を知っている有権者に託してみた方がいい。

 野党統一候補として選挙に出たい人を公募。もちろん、各政党の都道府県党本部の推薦があっても労働組合の代表が出てもいい。自由に手を上げてもらい票の掘り起こしをしてもらう。自由闊達に討論会で直接議論を戦わせてもらう。それは、今の短い選挙期間中の名前の連呼やつまらないテレビの政見放送とも違う。憲法や外交防衛問題から、子育て、教育、地域の活性化など、いろんな問題について細かく議論を戦わせてもらう。そういうプロセスの中でじっくり有権者に向き合ってもらい、候補者の考えを伝え人柄もわかってもらうのだ。

 候補者は自らの思うところ、考えを伝えるようになる。今のような党本部の作った公約、方針を丸暗記してコピペな演説ばかりをしていては、すぐにその政治家としての資質のなさが露わになる。いや有権者の支持を集めない。

 自然と候補者になりたい人は、自らの言葉で自らの考えを述べるようになっていく。有権者を向いて語りかけるようになる。有権者の心と知性に響く人でないと候補者になれないからだ。

 もしも、どの候補も過半数の支持を集められなければ、二人で決選投票も行なえばいい。そうして候補者に選出する。そんな予備選挙制度をまずは現職候補のいない選挙区で導入したらどうだろう?

◆予備選挙制度は政治家の行動規範を変え政治を活性化させる

 こうした新しい政治の動きはメディアも取り上げるはずだ。それは現職に比して知名度は低く、実績の乏しい新人の野党候補だとしても、予備選挙の中で考えや弁舌は磨かれ知名度は上がり、草の根的な応援体制も出来上がっていくだろう。公明正大なプロセスの中で生まれた候補なら無党派を含めた多くの有権者が自らの候補として応援するからだ。こうして選挙が身近になり抜群に面白くなる。選挙運動に参加し選挙資金を寄付する個人ももっと出てくるだろう。

 7月の参議院選挙で山本太郎が率いるれいわ新選組は短期間のうちに4億円もの寄付を集めた。それも大企業からの献金ではない。毎日の生活を切り詰めている庶民が1000円、2000円と寄付したのだ。日本人も議会に送り出したい候補者がいれば財布を開くのだ。

 予備選挙で大いに盛り上がった中で有権者から選ばれた候補なら、現職議員にも充分対抗できるはずだ。こうして生まれた議員は党本部ばかりを見て政治活動をしない。地元有権者から次の選挙でも選んでもらうためにどう行動すればいいか常に考えながら動くようになるだろう。

 アメリカの選挙はいつも盛り上がる。同じ小選挙区制度なのに日本と大きな差がある。そこに絶望感は少ない。それは予備選挙で選ばれた自分たちの候補者だからだ。大統領選挙でさえ、バーニー・サンダースやドナルド・トランプといった、党本部から考えると困り者の候補者が出てきて有権者の支持を集めてついには大統領になったり、台風の目になったりする。また、トランプが共和党の大統領になっても、上下両院の共和党議員がトランプばかりに気を使っているわけでもない。有権者の意向ファーストで充分意識する。それは、次の選挙でも支持を取り付け当選したいからだ。

 日本の選挙は有権者が当選させたい、出て欲しい人が候補者になっていないことが多い。だから、投票率が異様に低いのだ。仕方なく消去法やそれに近い気持ちでばかり投票させられる。そんな選挙に行きたいと思わない人が多いのは当然だ。与党の支持者なら自民や公明の公認だからと入れるし、野党支持者は与党の候補じゃないからと仕方なく入れる。投票所の前の選挙ポスターで初めて名前と顔を知った。そんな候補者に投票する選挙に興味が持てないのは当たり前だ。

 それが、予備選挙によって候補者選出の過程から関わるとなると有権者の選挙に対する姿勢や投票動機が変わる。自分が選出した候補者だからだ。当選させたいと回りにも働きかけるし、本選挙のボランティア活動に参加する人も出てくるだろう。

 今でも組織を超えた支持母体、勝手連的な動きを得た候補が概して強い。有権者が当選させたい候補者だからだ。それが、予備選挙を行えば、常が党が当選させたい人ではなく有権者が当選させたい人が候補になる。強いのは当たり前だ。予備選挙で選出された候補者は強いとなると、与野党含めて多くの選挙で予備選挙を行うようになるだろう。

 こうして生まれた議員は独立性が高くなる。党議拘束で縛ることも難しくなる。各議員は単に党本部の方針に従って法案の採決に参加するマシーンでなくなる。特に重要法案は与党であっても反対したり、野党であっても賛成したりする。有権者が見ているからだ。法案を通すために、与野党とも多数派工作と少しでも支持を集められる法案にするべく努力するだろう。こうして政治に活力が出てくるのだ。

 日本の社会の閉塞感を打ち破り若者が未来に希望を持てるようにするためにも政治に活力を生まなくてなならない。そのためには予備選挙を行うべきだ。代議制民主主義の柱である、有権者の代表を選出するためには、候補者そのものを有権者主導で選ぶべきなのである。

 それが活力ある社会をうみ、日本を低成長の呪縛からも解くきっかけにもなると思うのだ。

◆佐藤治彦の[エコノスコープ]令和経済透視鏡

【佐藤治彦】

さとうはるひこ●経済評論家、ジャーナリスト。1961年、東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業、東京大学社会情報研究所教育部修了。JPモルガン、チェースマンハッタン銀行ではデリバティブを担当。その後、企業コンサルタント、放送作家などを経て現職。著書に『年収300万~700万円 普通の人がケチらず貯まるお金の話』(扶桑社新書)、『年収300万~700万円 普通の人が老後まで安心して暮らすためのお金の話』 (扶桑社文庫・扶桑社新書)、『しあわせとお金の距離について』(晶文社)、『お金が増える不思議なお金の話ーケチらないで暮らすと、なぜか豊かになる20のこと』(方丈社)、『日経新聞を「早読み」する技術』 (PHPビジネス新書)、『使い捨て店長』(洋泉社新書)

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