7年政権維持をしても拭えぬ、国民の「将来不安」。年金への不信はどう払拭すべきなのか?

7年政権維持をしても拭えぬ、国民の「将来不安」。年金への不信はどう払拭すべきなのか?

S. Hermann & F. Richter via Pixabay

◆「将来不安」が拭えないまま7年の長期政権となっている歪さ

 安倍晋三氏が憲政史上最長の首相となった。しかし、多くの識者から立憲主義を踏みにじると批判され、この秋も重要閣僚の辞任も相次ぐ危うさを抱えている。それどころか、森友、加計学園問題に続いて、桜を見る会問題でも自ら疑惑の渦中にある。

 ただ、世論調査での支持率はそれほど下がらない。メディアがかつてのように批判的精神を持ってないからだという指摘もあるが、ドナルド・トランプ米大統領と同じく、安倍首相にも盤石の熱狂的支持層がいるからというのが本当のところだろう。やはり、その安定感は抜群だと言える。自民党内では四選目をという期待の声もある。これは、人気絶頂であったにも関わらず、任期が来たからと自ら退いた小泉純一郎首相と真逆だ。

 安倍首相はその政治権力の下で戦後レジームの転換の総仕上げをしたいのだろう。平和安全法制(野党からは戦争法となじられた)、「テロ等準備罪」を新設する改正組織犯罪処罰法(反対派は共謀罪と批判)だけでなく、日本国憲法を変えたいのだ。

 自民党の現職議員からは、国民主権、平和主義、基本的人権があるいまの憲法は変えるべきだという発言まで出て、そら恐ろしくなる。改正なのか、改悪なのか、私には判断がつかない。

 ただ、多くの国民、有権者が一番に望んでいるのは憲法改正ではない事だけははっきりしている。求めているのは、いまの国民生活をもう少し良くしてほしいということだし、具体的には社会保障の改革で、将来が見える制度を構築して欲しいと望んでいるのだ。これは各種世論調査を見ても明らかだ。

◆不安の根源たる日本の2大「社会保障制度」

 その不安は、社会保障制度の二大柱、健康保険制度と国民年金制度に対する国民の信頼がこの20年余りどんどん下がっていることに現れている。

 給料から強制的に天引きされる厚生年金などと違い、自営業者やフリーランス、学生、厚生年金などのない職場で働く非正規労働者などは、第一号被保険者と分類されるのだが、自らコンビニや金融機関に支払いに行くか、あるいは銀行口座などから公共料金のように引き落とされる国民年金を払わなければならない。その保険料は令和元年は毎月1万6410円。高額だ。払いたくても払えない人が多数いる。

 誰も老後に年金がない生活を望んでいるはずがない。私がメディアで国民年金の制度について説明し、そのカネの出どころについても「もはや財源の半分は税金ですから、国民年金の保険料はすでに半分納めているようなものなんです。しかし、毎月の保険料を納めないと、将来年金はもらえないんですよ」と説明すると多くの人がうなづいてくれる。なるほどと理解もしてくれる。しかし、じゃあ、納めてくれますか?と尋ねると、しないという。無理だからというのだ。

 納めたくても払えない。老後の生活のことよりも、まずは目の前の日々の生活を何とかやりくりするだけで精一杯、そういう経済状況に追いやられている層が少なくないのだ。

「老後を迎えるのが怖い」ーー。懸命に働く若者がふと漏らした一言を私は忘れられない。非正規労働者として働いているが、手取り15万円ほどでは、毎月1万6千円以上の国民年金の保険料はとても払えないのは理解できる。

 老後になって国民年金の基礎年金だけでは暮らしていけないのに、その基礎年金さえももらう準備さえしていないのだ。今や比較的恵まれたと言える、中堅や大企業のサラリーマンや公務員が納める毎月の厚生年金でもらえる老齢厚生年金でも老後の生活は支えられない。年金2000万円問題とは、厚生年金を納めている従来型の雇用状態の人に対しての警鐘だった。これが話題になったのは、つい半年前のことだ。

◆微調整だけでお茶を濁してきた政府与党の年金改革

 政府与党が年金改革を全くしてこなかったとは言わない。しかし、それは微調整ばかりである。現行の年金制度を根幹には触れていない。その改革とは、支給開始年齢を遅くする。毎月の保険料負担を増やす。そして、マクロ経済スライド方式を導入することで国会の審議を経なくても、毎月支払う給付水準を自動的に調整できる、つまり年金金額を減らすことができるようにしたということだ。

 現行制度は維持しながら微調整してその辻褄を合わせる。これが、政治の行ってきた年金改革の実態だ。

 給付開始年齢が遅くなれば生活に困るシニア層は増える。毎月の給付金額が減れば生活がますます苦しくなる。それが分かるから人々は不安に思うのだ。

 政府は70歳まで現役で働きましょうという。昭和の後半までは55歳で定年でリタイアするのが当たり前だったから15年も長く働けというわけだ。働くのは、生きがいとか、社会参加だとか、いろんな理由を考え出し強調するが、その掛け声の内実は、出来るだけ年金や公的扶助に頼らない生活を自分で何とかして下さいというのが本音ではないか。

 こうした、政府・与党が行ってきた年金改革を国民は期待してきたのか? 私は違うと思う。今のような微調整型改革ではなく、本格的な年金制度の改革を望んでいたはずだ。

 年金制度を大きく変更すると、得する人と損する人が出てくるから社会的な衝撃は大きい。しかし、超高齢化社会に突入し、一刻の猶予もなく断行しなければならないはずだ。そして、それこそ安定政権に求められる政治のはずだ。

◆現行の年金制度が抱える問題点

 年金制度にはどんな問題があるのだろう。ひとことで言えば、今の公的な年金制度は「サザエさんの時代」の年金制度なのである。50年以上続くサザエさんを見ていると、大家族で、夫がサラリーマンとしてフルタイムで働き、妻は家庭で専業主婦をする。このアニメ、いつまでも登場人物の年齢が変わらないだけでなく、その環境も昭和の中頃の姿と変わらない。サザエさんは普通のごく平凡なサラリーマン世帯のはずだが、都内に土地付き一戸建てに住んでいる。その住む街は都区内であるが一軒家だらけだ。サザエさんの生まれた頃の東京の姿なのだ。今や普通のサラリーマン世帯で庭のある一軒家は持てないし、街中はアパートとマンションだらけで、サザエさんの住む街のように一軒家ばかりで、草野球を楽しめる空き地のある23区(特に想定されている世田谷区)はほぼ皆無と言っていい。

 そんな50年以上前の家族構成、働きかたの下で形作られたのが現行の年金制度なのである。妻は専業主婦だから、将来もらう年金は夫の年金制度の中に収めなければならないと行った具合だ。今はどうだろう。半数の女性が働いて収入があるのが実態だ。

 現行制度下では、次のような弊害が起きていると思う。特に問題と思うのは次の3点だ。

・どんな所得でも同一な国民年金保険料によって、むしろ負担の逆転現象が起きてしまっていること 

・多様な生き方への対応ができていない。 

・世代間扶助の非現実的な助け合いばかりに頼りすぎで、豊かな老人からそうでない老人への富の配分がなされない。

 今回はこのうち最初のものについて説明しておきたい。

◆金持ちほど国民年金の保険料が減るという不思議

 令和元年の国民年金の保険料は、先述したように毎月1万6410円である。将来もらう年金の金額は同じなのに、今のシステムでは、年収が100万円以下の人の負担は1万6410円だが、所得が1000万円であれば1万0994円、1800万円以上であれば9846円と4割も低いとなったら、これは公平だろうか?

 年収の低い人が多く払い、年収の高い人が少なく払う。そんなバカなことがあるわけないと思われるかもしれないが、これが今のシステムではまかり通っているのだ。

 それは、国民年金が社会保険料控除の対象になっているからだ。年収の高い人が国民年金を払うと所得税が大幅に割引される。確定申告でお金が戻ってくるからだ。

 例えば、所得が1000万円の人の所得税率は33%。100万円所得が増えると、33万円、さらに所得税を払う。100万円減れば逆に33万円税金が少なくなる。国民年金の保険料は全額、社会保険料控除として認められ、所得が年金保険料を納めた金額だけ減る。1万6410円を12ヶ月、19万6920円払ったとなると、例えば、1000万円の所得の人は、1年間に払った国民年金の保険料、19万6920円所得が少なかったとして再計算される。つまり、払った額の33%の6万4983円が戻ってくる。1万9620円が6万4984円値引きされているから、毎月の保険料として実質払ったのは月1万0994円となるのだ。

 一方で、所得が月20万円、年240万円の人は10%の所得税率となり、支払った19万6920円を確定申告しても戻ってくるのは、その10%の1万9662円でしかない。所得が1000万円の人の実質負担が月1万0994円に対し、所得が月20万円の人は1万4769円となる。完全な逆転現象だ。

 さらに、年収のもっと低い人は国民年金の保険料を頑張って納めたとしても、税金は全く戻らないことが多い。所得税をほとんど納めていないからだ。

 もう一度申し上げる。将来の老後のための備えだと、年収200万円くらいの人、月の収入が16万円程度の人にとって、その1割、毎月1万6000円以上も年金の保険料を払うか払わないかは生活が激変する。それこそ毎日のおかずを減らしこまめに電気を消すといったような生活を求められる。一方で2000万円の所得があり月1万6000円の負担は何でもない人は、確定申告でその4割が戻ってくる(実際は住民税も安くなるので割引率はもっと高い)のだ。

 これはおかしい。

 私は、国民年金を広く多くの人にきちんと入ってもらいたいのであれば、年収に応じた負担にするべきだと思う。例えば、年の所得が2000万円の人には3万円払ってもらったとしても、確定申告の税金の還付で戻ってくるので、年収が100万円以下の人とやっと負担は同じなのだ。

 国民年金は社会保険制度であるが、今やその財源の半分は国税なのである。社会福祉制度の一翼も担ってる。そして、この年金制度はシニアの生活の基礎になるものである。それならば、所得に応じて負担を変えるのが当たり前ではないだろうか?

◆変えるべきは「払いたくても払えない」現実

 手元にあるデータでは、第一号被保険者の国民年金保険料の納付率は68・1%(2018年度)。ただし、この数字には払いたくても払えない人で公的に免除や猶予を受けている人を除外している。加入者1471万人のうち、免除や猶予を受けている人が617万人もいるのだ。払えない人がそんなにいる制度は破綻していると言っていい。そういう人を除くと、実質的な納付率はほぼ40%。半数以上が払ってない、払えないのだ。

 国民年金の保険料は、国民年金税として徴収した方がいいと思う。税金として、所得に応じた負担に改革されるべきだ。年収100万円なのであれば、月の負担は1000円程度にする。それなら、多くの人が将来のために負担をするだろう。一方で高額所得者は多少高くなったとしても、負担ができないということにはならない。税とすれば、支払わなければ脱税である。間違いなく納付するだろう。

 年金支給年齢を引き上げたり、毎月の支給額を減らすような姑息な手段をするのではなく、本当に年金が必要な経済的弱者こそ、こぞって入りたくなるような制度に改めるべきなのである。それが安定政権が行う義務である。

 年金制度にはまだまだ改革すべきおかしな点が放置されたままだ。次回は今回の話を続きをさせていただきたいと思う。皆さんからのご意見、ご感想もお待ちしている。

◆佐藤治彦の[エコノスコープ]令和経済透視鏡

<文/佐藤治彦>

【佐藤治彦】

さとうはるひこ●経済評論家、ジャーナリスト。1961年、東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業、東京大学社会情報研究所教育部修了。JPモルガン、チェースマンハッタン銀行ではデリバティブを担当。その後、企業コンサルタント、放送作家などを経て現職。著書に『年収300万~700万円 普通の人がケチらず貯まるお金の話』(扶桑社新書)、『年収300万~700万円 普通の人が老後まで安心して暮らすためのお金の話』 (扶桑社文庫・扶桑社新書)、『しあわせとお金の距離について』(晶文社)、『お金が増える不思議なお金の話ーケチらないで暮らすと、なぜか豊かになる20のこと』(方丈社)、『日経新聞を「早読み」する技術』 (PHPビジネス新書)、『使い捨て店長』(洋泉社新書)

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