「桜を見る会」関連文書にまつわる、問題と矛盾と逃げだらけの政府答弁。安倍総理に突き刺さる「9年前のブーメラン」

「桜を見る会」関連文書にまつわる、問題と矛盾と逃げだらけの政府答弁。安倍総理に突き刺さる「9年前のブーメラン」

個人情報だからと招待者公表から逃げながらも首相官邸自らYou Tubeで動画を公開。(首相官邸You Tubeチャンネルより)

◆またもや公文書管理の問題に帰着しつつある「桜を見る会」

 安倍晋三首相主催「桜を見る会」については、連日さまざまな報道があり、実際の経費が予算を大幅に超過しているという当初の指摘から、首相の後援会関係者が多数出席した前夜祭との抱き合わせや、消費者庁から行政指導・行政処分を受けていたジャパンライフ元会長へ招待状が送られていたこと等々、問題があちこちに飛び火し、いまだ延焼が続いている。ただ、それだけに問題の全体像や核心がなかなか見えにくくなりつつあるのも事実だ。

 そこで一度この桜を見る会をめぐる問題の原点に立ち戻ってみることにしよう。それは本件をメディアが盛んに取り上げるきっかけとなった11月8日の参議院予算委員会での田村智子議員の質疑ではない。その原点は今年の5月21日にある。

 この日の衆議院決算行政財務金融委員会において、共産党の宮本徹議員は桜を見る会の招待者の詳細について政府に質問している。政府側はそこで、桜を見る会の招待者に関する文書は保存期間1年未満の資料であり、会の終了後遅滞なく破棄した旨の答弁をしている。(参考:衆議院会議録第198回国会 財務金融委員会 第15号)。

 ここ数週間で明らかになったのは、この政府側の答弁がきわめて深刻な問題と矛盾をはらんだものであったという事実である。どういうことか。

◆公文書を即時廃棄する愚かさ

 そもそも桜を見る会とは、「内閣総理大臣が各界において功績、功労のあった方々を招き、日ごろの御苦労を慰労するとともに、親しく懇談される内閣の公的行事」(参照:5月13日衆議院決算行政監視委員会での政府答弁)であり、「内閣総理大臣の行う表彰」(内閣府設置法第4条第3項30号)のひとつ、つまり国が功労功績を認めたひとびとを讃えるための式典である。

 こうした前提に立つならば、先ほどの政府答弁がいかに問題かがわかるだろう。政府の主張が事実なら、われわれはいったい誰に、会への招待という名誉を与えたのかが事後的に一切わからない国に住んでいるということになる。

 じつに馬鹿げた話であるし、何より招待者に対してきわめて失礼である。せっかく名誉ある会に招待されたのに、それを証明する公的な手段が皆無なのだから。たとえば将来、桜を見る会の招待者の子孫が、自分の先祖の生前の行跡を知ろうと政府に問い合わせたとして、政府は「名簿は廃棄したからなにもわかりません」とでも答えるつもりなのだろうか。

 国家が名誉を与えるべく表彰した方々の名簿を1年未満で廃棄するなど、国家の権威を自ら毀損する愚行でしかないのだ。

◆個人情報を盾とした答弁拒否は成り立たない

 問題はそれだけではない。

 政府側は個別の招待者に関しては一貫して、「招待されたかどうかということは、これは個人に関する情報でございまして、お答えを従来から差し控えさせていただいている」(参考:11月8日参議院予算委員会での政府答弁)といった答弁を繰り返している。また12月2日に国会に提出された各府省庁に残る推薦者名簿は大半が黒塗りにされていた。(参考:”内閣府 「桜を見る会」の6年分の名簿を提出 ほとんどが黒塗り”|NHK)

 こうした政府の対応の法的根拠はかなり薄弱である。そもそも国が功労功績を認めた名誉ある招待者の氏名・肩書等は、公表されること自体が名誉にあたるため個人情報の保護対象外である(行政機関個人情報保護法第8条第2項)。例えば総務省の資料でも、本人の利益や社会公共の利益がある場合等には行政機関が個人情報を目的外に利用・提供可能としており、具体例として宮内庁が「勲章・褒章拝謁者名簿」を報道機関に例年渡していることを挙げている。(参考:”行政機関等個人情報保護制度の概要”|総務省*p.13)また内閣府自身も男女共同参画局を中心に複数の表彰や賞の授与をしており、それらの名簿等は広く公開されている。

(参考:表彰|内閣府男女共同参画局)

 叙勲者をはじめ国による表彰・栄典を受けたひとびとの名簿や園遊会の招待者名簿等が公開されているにもかかわらず、桜を見る会の招待者名簿のみが黒塗りだらけというのはどう整合的に説明できるのか。それとも来年からは、「今年の春の叙勲は、担当者の記憶によればだいたい××名ぐらい、受賞者名は個人情報のため非公開です」と語るアナウンサーの滑稽な姿をわれわれはテレビで眺めることになるのだろうか。

 整合性という点でいえば、周知のとおり、桜を見る会当日の様子を撮影した写真や動画はおびただしい数がSNS等へ投稿されており、各報道機関も映像を放映しているのに加え、首相官邸までもがYouTubeの公式アカウントで動画を公開している。

「招待されたかどうかということは、これは個人に関する情報でございまして、お答えを従来から差し控え」るのに、招待者へ事前にSNS等への投稿を禁止するようアナウンスした形跡もなければ、官邸自身が当日の動画をYouTubeにアップしているのである。個人情報云々は政府が答弁を拒否するための方便以外の何なのであろうか。

◆バックアップデータ≠行政文書?

 さて、5月21日に宮本徹議員に対し「破棄した」と答えていた桜を見る会の招待者名簿に関して、12月2日に突如として重要な情報が政府側から相次いでもたらされた。

 内閣府の文書はシンクライアント方式(ユーザー側のクライアント端末はごく一部の処理にとどめ、ほとんどの処理をサーバー側で行うシステムアーキテクチャ)によって管理運用され、文書の削除後も一定期間バックアップデータが存在しているとの事実が、菅官房長官の定例会見、そして同日の参議院本会議での安倍首相の答弁によって明らかにされたのである。

 内閣府が採用しているシンクライアント方式の技術的仕様については今後明らかになってゆくだろうが、その後、バックアップデータの保存期間は「最長8週間」であること、また招待者名簿データの共有サーバーからの削除は5月の7〜9日頃に行われたとの内閣府の答弁があったことから、「破棄した」と5月21日に答弁したはずの文書データが、実はその時点でバックアップ中に残存していた可能性が高く、当時の政府答弁はその事実を意図的に伏せた形で行われたことが判明したのである。

 虚偽答弁ではないかとの指摘を受けた政府側の主張は、以下のような驚くべきものだった。

「バックアップデータは行政文書には該当しないことから情報公開請求の対象にはならないとこういう風に聞いています」(参照:テレ東ニュース)

 12月4日の菅官房長官の定例会見での発言である。語尾に「聞いています」を付けることで最終的な責任を内閣府の官僚になすり付けた言い回しも嫌らしいが、むしろ重要なのは、菅官房長官はここで、内閣府は「バックアップデータ」なる行政文書でも何でもない、国民の誰も中味を知ることのできない得体の知れないものを、国民の税金を使って管理運用していると言ってのけた点である。

 なお、参院予算委員会に提出された資料によればシンクライアント方式でのシステム導入費と4年間のランニングコストは132億8400万円だという。(参照:森ゆうこ議員のTwitter投稿)

 消費税増税など国民の負担が増大してゆく中で、「バックアップデータ」という名の虚無のために多額の税金を投入し続けるとは、わが国の財政はずいぶん豊かだったのだなとたいへん感慨深い思いである。

◆省庁のローカルルールを憲法に優越させてはならない

 とはいえ、菅官房長官の上記の説明も根拠の危うい代物と言わざるをえない。菅官房長官は会見中に情報公開・個人情報保護審査会の答申に言及している。会見中では明示されなかったが、それは平成24年度(行情)答申第336号のことである。

 菅官房長官が参照したのは「それを保有する行政機関において、通常の設備、技術等により、その情報内容を一般人の知覚により認識できる形で提示することが可能なものに限られる」という部分だが、これは2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件に関連した情報公開請求について、海上保安庁のシステム上のログに関しては行政文書には当らないという判断を当該審査会が示したものである。

 この答申をそのまま今回のような行政文書のバックアップデータにまで適用してよいかどうかは甚だ疑問であるし、そもそも当該審査会は諮問機関であるからその答申には法的拘束力はない。おそらく情報公開法や公文書管理法の文言からはどうしても「バックアップデータ≠行政文書という結論を導き出せないからこそ、政府側はこうした答申に依拠して自らの判断の妥当性を説明しようとしたのだろう。

 そもそも桜を見る会の招待者名簿等を保存期間1年未満としているのは内閣府が作製した行政文書管理規則という省庁内部のローカルルールに過ぎない。しかもそのルール自体、情報公開法・公文書管理法の主旨を骨抜きにするような形で運用されている。

 つまるところ現政府は、別事案に関して出された法的拘束力のない答申と、省庁が定めたローカルルールを根拠に、あろうことか憲法に定められた国会の国勢調査権を踏みにじるという民主主義の根幹をぶっ壊す野蛮な所業に手を染めているのだ。

◆9年前の安倍首相の発言のすばらしさ

 森友問題や加計学園問題等でもそうであったように、今回の桜を見る会をめぐる問題もまたもや政府による公文書管理と情報公開の問題に逢着したようである。いったい何度同じことが繰り返されるのだろうか。

 ところで、先述した尖閣諸島中国漁船衝突事件は民主党政権下において起きたものである。事件後、海上保安庁が撮影した衝突時の映像がYouTubeに流出した際、当時下野していた安倍首相は以下のように述べていた。

“ビデオは国家機密として隠すべきものではなく、国民にそして世界にとっくに示すべきものでした。

「外交上の問題」とコメントした有識者?がいましたが、ビデオを出さないとの外交上の約束は存在しないのですから、まったく馬鹿げた指摘です。(中略)

責任が問われるのは海上保安庁ではなく、まったく馬鹿げた判断をした菅総理、あなたです。”

(安倍晋三メールマガジン2010年11月16日号「『義憤にかられて・・・』尖閣ビデオは国家機密では無いっ!」のwebアーカイブより)

 政府に情報公開を求め、時の総理による「馬鹿げた判断」の責任を鋭く問うていた人が、いまやなんという体たらくだろうか。一刻も早く国民に対して情報を開示し、そして自らの責任を見つめていただきたいものである。

〈文・GEISTE)

【GEISTE】

Twitter ID:@j_geiste

関連記事(外部サイト)