「絶対に選挙に落ちない男」はなぜ野党共闘に奔走するのか?『無敗の男 中村喜四郎 全告白』著者、常井健一氏に聞く

「絶対に選挙に落ちない男」はなぜ野党共闘に奔走するのか?『無敗の男 中村喜四郎 全告白』著者、常井健一氏に聞く

『無敗の男 中村喜四郎 全告白』

◆「選挙の鬼」と呼ばれた男

「日本一選挙に強い男」と呼ばれる中村喜四郎氏が再び注目を集めている。

 1月14日には共産党の党大会にゲストとして出席し、野党共闘を訴え話題になった。

 自民党を離党して無所属となり、さらには有罪判決を受けても選挙で負けず。初当選から現在まで14戦無敗という恐るべき強さだ。マスコミ嫌いとしても知られる中村氏を追い、その言葉を聞き出したノンフィクション『無敗の男 中村喜四郎 全告白』(文藝春秋)も、政治をテーマにしたノンフィクションとして非常に好調な売れ行きを見せている。

『月刊日本 2020年2月号』では、そんな『無敗の男 中村喜四郎 全告白』の著者、常井健一氏自身を直撃している。今回はそのインタビューを転載、紹介したい。

◆なぜ中村喜四郎に注目するのか

―― 常井さんの新著『無敗の男 中村喜四郎 全告白』は、中村喜四郎衆議院議員を題材としたノンフィクションです。中村議員は長らく沈黙を守ってきたため、中村さんのことを知らない人も多いと思いますが、なぜ中村さんに注目したのですか。

常井氏(以下、常井): 中村さんは80年代後半に「自民党のプリンス」として将来を嘱望され、43歳までに2度も大臣になりましたが、その直後の94年にゼネコン汚職で逮捕され、天国から地獄へと一気に転落します。この事件は、当時中学生だった私の政治家に対する考え方にも影響を与えましたが、中村さん自身は「過去」を一切語ってこなかった。そのため、ずっと描きたいと思っていたのです。

 もう一つは、私は中村さんと同じく「自民党のプリンス」である小泉進次郎さんを10年にわたって追ってきました。小泉さんは当初は被災地や農村、過疎地などを隈なく回り、庶民に目線を合わせる心掛けを意識してきましたが、だんだん傲岸不遜になり、いまでは国民の信頼を失い始めています。なぜ「自民党のプリンス」と呼ばれる人たちは必ず躓くのか、その敗因を知るためにも中村さんを読み解く必要があると考えたのです。

―― 中村さんは有罪判決を受けた後も、無所属で選挙に勝ち続けています。その強さの秘密はどこにあると考えていますか。

常井:選挙では普通、地元企業の社長や地元の名士を味方につければ、その下にいる人たちの票も取り込めると考えられています。これに対して、中村さんは企業のトップではなく、社員一人ひとりに頭を下げています。こうすれば、たとえトップにそっぽを向かれたとしても、大衆の支持が一度に離れることはないわけです。

 実際、中村さんの後援会「喜友会」には大物支援者はいません。田中角栄の弟子でありながら、地元の建設会社が丸抱えするような「企業ぐるみ選挙」も排除しています。支援者たち自身、喜友会のことを「偉い人がいない組織」と言っています。

 中村さんがどれほど真剣に一般有権者と向き合っているかは、たとえば弔辞にもあらわれています。中村さんはお葬式に呼ばれると、1時間近くも弔事を読むそうです。故人の生い立ちや仕事ぶりなどを調べ上げ、弔辞に盛り込む。参列した人たちは故人の回顧録を聞かされているような心地になると言っていました。こうした積み重ねが中村さんへの根強い信頼につながっているのだと思います。

―― 中村さんの選挙の戦い方に、最近注目されているれいわ新選組と似ているところはありますか。

常井:れいわ新選組が熱心に取り組んでいるのはポスター貼りです。山本太郎さんに話を聞くと、「自民党や共産党のような古い政党がポスター貼りを重視しているのは、効果があるという証拠だから、自分たちもポスターを隈なく貼る」と言っていました。

 他方、中村さんは無所属ですので、政党掲示板を設置できません。ゆえに茨城7区で中村さんのポスターを見かけることはありません。それでも「無敗」なのですから、衆院小選挙区で勝つ上でポスター貼りがどれほど役に立つかは疑問です。

 また、れいわ新選組は全国遊説を行い、街頭演説の会場まで人々に足を運んでもらっていますが、中村さんは自ら有権者の生活の場に足を運び、一人ひとりとつながることを重視しています。「誰もいない場所で演説を続けられたら政治家として一人前だ」とも説く。人々に集まってもらうか、自ら足を運ぶかという点でも、中村さんとれいわ新選組は対照的です。

◆いまこそ「竹下派の政治」を見直す

―― 中村さんは野党共闘の枠組み作りのために積極的に動いています。その原動力は何ですか。

常井:それは安倍一強政治に対する反発です。中村さんは司法権力の暴走によって逮捕されたという意識を持っているので、安倍政権が権力を非抑制的に行使していることに対しても批判的です。そのため、安保法制や共謀罪に賛成せず、野党の側に回ったのです。

 ところが、野党と関わるようになると、野党があまりにも子供じみた政治を行っていることがわかり、虚しさを感じたと言っていました。彼らは口を開けば以前同じ政党にいた仲間たちを罵り、一緒の席に着きたくないと意地の張り合いを繰り返している。これは政治家ではない。安倍政権に対抗できる勢力にはなり得ない。そこで、「昔の政治」を知っている自分が「保守の知恵」を伝授する必要があると考えたそうです。

 ここで言う「昔の政治」とは、「竹下派の政治」と言い換えてもいいでしょう。戦後政治を振り返ると、自民党政権が改革を強引に進めたり、党内がゴタついたりすると、それに対する安定装置として竹下派、かつての田中派の党人派たちが水面下で動いた。彼らには「一致結束・箱弁当」や「汗は自分で。手柄は人へ」の精神がありました。

 現在の安倍政権で言えば、二階俊博さんが安倍総理と違ったカラーを出すことで党内融和を図り、参議院ではこの間亡くなった吉田博美さんが安倍総理に苦言を呈していました。二階さんはもともと竹下派ですし、吉田さんは金丸信の秘書を務めていました。

 いま中村さんの存在感が浮上しているのは、野党の中に安定装置がないからです。かつて民主党が政権を取った過程でさえ、剛腕・小沢一郎だけでなく、渡部恒三さんや石井一さんなど竹下派出身のベテランが存在し、その役割を老獪に果たした。その意味で、これまで古いと見られてきた「竹下派の政治」を見直す時期に来ていると言えます。

◆野党の若手が中村氏の手法をどう捉えるか

―― しかし、野党共闘がそれほどうまくいっているようには見えません。中村さんはもともと自民党に属していたのだから、野党を立て直すよりも、自民党を立て直すことに注力したほうがいいのではないですか。

常井:自民党には中村さんのような役割を果たせるプレーヤーがまだそれなりにいますので、それほど重宝されないでしょう。

 中村さん自身、野党共闘がそう簡単にいくとは考えていません。常に「最短距離」で結果を急ぐ小沢さんの手法とは対照的で、本格的な政権政党が出来上がるまでには10年はかかると見ています。

 そのときに問題になるのが、やはり野党の若い議員たちが中村さんのやり方を「古い政治」と考え、拒絶する可能性があることです。実際、中村さんが野党の若手議員が集まる勉強会で熱弁を奮っても、みなキョトンとしている。令和の政治家たちが「中村喜四郎」を時代遅れと捉えるか、それとも古今東西に通じる政治の美徳として学ぶのかによって、野党結集の行く先は大きく左右されると思います。

(12月24日、聞き手・構成 中村友哉)

常井健一(とこい・けんいち)●1979年生まれ。ライブドア、朝日新聞出版、オーストラリア国立大学客員研究員を経て、2012年に独立。著書に『決断のとき トモダチ作戦と涙の基金』(小泉純一郎氏との共著)、『小泉純一郎独白』など多数。

【月刊日本】

げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

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