伊方原発3号炉インシデントは何が起きていたのか? 公開情報から読み解く「正体」

伊方原発3号炉インシデントは何が起きていたのか? 公開情報から読み解く「正体」

裏から見た伊方発電所2019/07/15撮影 牧田

◆定期点検中の外部電源喪失後、何が起きるか

 2020/01/25に発生した伊方発電所における3号炉外部電源喪失インシデントですが、結果論からすれば外部電源喪失後に13秒以内に非常用ディーゼル発電機(DG)が起動し、その後外部電源も回復しましたので無事に収束しています。重要設備に限れば収束までにはだいたい1時間かかっていますが、基本的に設計の範囲内、多重防護の第3層の範囲内で収束しています。

 原子炉が運転中の場合は、一旦冷態停止に持ち込んだあと、一週間ほどかけて原子力規制委員会(NRA)へ山のような書類を提出してから操業再開することになります。

 以前、蓮池透さんにお伺いしたところ、この書類の山がたいへんでたいへんでチョーたいへんで、操業再開の律速段階は書類の山と重箱の隅をつついてくる原子力安全保安院(NISA)への対応だったとのことでした。

 今回は、伊方発電所では3号炉は2019/12/26より第15回定検入りのために運転停止中でしたのですでに十分冷えており、それどころか原子炉そのものは燃料取り出し後で、炉心構造物の中はカラッポでした。従って、原子炉自体は放射能バウンダリの維持さえできていれば、インシデントへの対応中は十分と言えます。

 一方で使用済み核燃料は、すべて使用済み核燃料ピット(SFP)へ移されています。3号炉SFPには、1号炉SFPからもすべての使用済み核燃料が移送済みで、かなりキツキツとなっています。3号炉1号炉共に福島核災害前の核燃料は、少なくとも8年間の冷却を経ていますので使用済MOX(混合酸化物)燃料を除けば空冷ができるほどに冷え切っています。しかし、2016年の操業再開後に照射された3号炉の使用済み核燃料はまだ熱く、とくに今年取り出した核燃料については常に冷却を要します。

 他には原子炉建屋内部の監視(モニタリング)の継続、記録の保全、環境の維持などがなされれば本格復旧までの数日程度は凌げます。

◆重要なのは時間稼ぎ

 運転中の原子炉で全電源喪失や冷却喪失が起きると人間の力では対応が難しい速さで事態は進行し、インシデントは次々に連鎖してゆき短時間で人間の能力を上回ります。結果炉心溶融を代表とした原子炉過酷事故(シビアアクシデント;SA)へと発展します。

 多重防護の第3層は、この事態の進展を遅滞させ、時間稼ぎをすることによってその時間で原子炉の制圧を行います。スリーマイル島原子力発電所事故(TMI-2)やチェルノブイル核災害、福島核災害では、この時間稼ぎに失敗して原子炉は大破しました。それらの中のTMI-2では、原子炉が大破した段階で時間稼ぎに成功し、放射能バウンダリ崩壊を防ぎました。一方、1975年に生じたブラウンズフェリー1号炉(BF-1)火災事故では、定格出力運転中の正午頃に発生した原子炉建屋内での電路火災によって短時間で原子炉の制御を失う中、手動でのRCIC(原子炉隔離時冷却系)起動に原子炉の制御を失う寸前に成功し、その後人海戦術で原子炉の制御を回復し、翌朝には冷態停止に持ち込んでいます。これは時間稼ぎに成功した例ですが、RCICの手動起動に失敗していればBF-1(BWR-4 1.256GWe)は大破し、運開を直前にした同一建屋内のBF-2も大破したと考えられています。このRCIC手動起動は、BF-1 Fireの明暗を分けた重要な鍵で、これによって時間稼ぎに成功し、人間による対応が可能となりました。これは動作原理を理解せずに非常用復水器(IC)を停止させ続けた福島第一1号炉(1F-1)と対極になります。

 BF-1〜3は、1974〜77年運開の古い原子炉で、建設費削減のために同一建屋内に仕切り壁を介して複数の原子炉格納容器を設置する工夫がなされていました*。これは旧ソ連邦の古いVVER(ソ連邦・ロシア式PWR)で行われていた手法(格納容器まで無い障子紙設計)に似ていますが、TMI-2事故を契機にこういった独立性、冗長性の低い方法は採用されなくなりました。

〈*BF-1〜3の同一建屋内建設は、岩見浩造氏(P.N.)によりご教示いただいた〉

 定検開始後一月経過した伊方3号炉では、秒〜分単位での対応を要する操業中の原子炉と異なり24時間単位での対応可能時間があります。従って何らかの深刻な問題が発生したときでも対応し事態を制圧するための十分な余裕があります。

◆放射線テレメトリー情報にみるインシデント当時の伊方発電所

 伊方発電所のインシデントは、すでに様々な報告がなされていますが、筆者は、1/26未明の時点で、愛媛県が公開する放射線テレメトリー(遠隔測定)・データをみて首をかしげていました。

 インシデント発生当時の伊方発電所内放射線テレメトリー情報を見ますと、3号炉建屋、補助建屋ではテレメトリーが欠測しており、電源を喪失していたことが分かります。復旧には6時間以上を要しており、外部電源が切り変えられなかったことにより3号炉の環境測定系などが止まっていたことが分かります。一方で、構内の屋外モニタリングポスト(MP)や1,2号炉の環境測定系には欠測がありません。

 これらからも1,2号炉と発電所構内は、66kV平碆(ひらばえ)支線によって外部電源が維持されていたことが分かります。

 3号炉放水口計数率が、3号炉外部電源喪失後に大きく数値を下げていますが、これは3号炉からの放水が止まるなどの影響があったことを示します。多くはトリチウムですが、原子力発電所からは僅かとは言え、管理下で空気中、海水中に放射性物質を捨てており13秒以内とはいえ瞬断し、多くの機器が止まった結果、放水をとめたものと思われます。

 原子力発電所の構成機器は極めて多く、不意の瞬断などで機器が停止した場合、電源を再投入すればすぐに元通りに稼働するものではありません。少なくとも数時間程度の復旧時間を要し、そのためには多くの人手を要します。その間の時間をシステムの冗長性によって状況の悪化を食い止めます。スイッチ一発で何もかも動くというような一部の方々の夢想とは異なり格好はよくありませんが、この冗長性が原子力技術の基本中の基本と言えます。

 3号炉放水口計数率には、そういった建屋内部で起きていることが反映されると言えます。従って3号炉に付帯する3号炉使用済み核燃料ピットの冷却も1時間程度(その後の報道では43分間)止まっていたことがこのテレメトリー情報から分かります。

 現在のような定検中の伊方発電所内で、動力喪失などに際して最大のリスクを持つのは3号炉使用済み核燃料ピット(SFP)ですので、四国電力による初報にSFPの情報が無いことから、「これは一騒動起きるな」と筆者には予見できました。なにしろ福島核災害における合衆国による最悪想定は福島第一4号炉(1F-4)SFPの冷却喪失と溶融、それによる東日本全域のカスケード(連鎖)核災害であり、その場合4000万人を超える核災害難民の発生もあり得たのですが、これが避けられたのはただの偶然であったことは広く知られており、市民の関心がSFPに集まることは自明だからです。

 筆者は、「またやっちまっているよ」と思いながらもその後の推移を見守ることにしました。

◆SFPで何が起きていたか

 一時的でも電力を喪失した原子力発電所では、必ず何かの温度が上がりはじめます。定検入り一ヶ月後の原子炉設備ですとそれはSFPとなります。

 2020/01/26には、毎日新聞がSFPの温度上昇を報じました*。

〈*伊方原発、一時電源喪失で「定期検査」中断へ 原因調査へ2020/01/26 毎日新聞:“3号機のプールの温度は停電前(午後3時)の33.0度から、同5時に34.1度まで1.1度上昇した。2号機は0.2度の上昇だった。四電は「有意な変化ではない」としている。中央制御室の計器などは停電しなかった。”抜粋〉

 その後、インシデントから12日経過した2020/02/06に、愛媛新聞が1面トップで3号炉SFPの冷却停止と温度上昇について報じました*。チョーデカデカの扱いで筆者はびっくりしました。

〈*1504体保管のプール 伊方3号、外部電源一時喪失 燃料冷却43分停止 2020/02/06愛媛新聞〉

 SFPは商用軽水炉の大きな弱点で、原子炉が操業中の場合は、崩壊熱量が大きいために冷却を喪失すると条件によっては48〜72時間程度の余裕時間しかありません。とくに使用済MOXが多い場合は余裕時間が短くなります。

 既述のように福島核災害ではいくつもの僥倖と言うほか無い偶然がなければ、1F-4のSFPを発端としたカスケード核災害によって日本は東日本の大部分を失っていました。

 しかし、早期に人間により手を加えられれば、SFPはたいへん迅速に事態を人間の制御下に取り戻せます。加圧水型原子炉(PWR)の場合、SFPは操業中に立ち入りができない原子炉格納容器の中で無く、補助建屋内にありますので、極端な言い方をすれば人海戦術のバケツリレーで水を入れることすらできます。

 従ってSFPの温度上昇は、逸脱状態と言えますが、制限温度(65℃)以下であるならば人間が敷地内で活動できる限りSFP起因のSAになる可能性は著しく低いです。

 但し、報道および四国電力の報告 にあるように、43分間の冷却停止によって3号炉SFPが33℃から34.1℃に上昇しています。この温度上昇速度はかなり早く、制限温度65℃に到達するまでに概算で36時間未満、沸騰に至るまでに3日足らずしか余裕がありません。従って、伊方発電所の場合、操業中に火砕流によって所内に人が居なくなる様なことが起これば2日以内に原子炉が、3日以内に本命のSFPが溶融、崩壊することになります。一方で、所内に人が残留し活動を行うことができるならばSFPは、人間の関与が必要とは言え、冗長性の範囲内で制御、収束されます。

 なお、2号炉SFPは元々の温度が室温並みに低いのですが、これは運転終了からすでに8年経過しているために崩壊熱量が十分に小さくなっており且つ、すべて二酸化ウラン燃料であるためです。

◆四国電力2/7発表

 愛媛新聞による報道の翌日、毎日新聞による報道の12日後、インシデント発生から13日経過した時点でようやく四国電力は、最低限とはいえ時系列が分かる情報を公表しました。

 この発表によると、インシデント発生後約10秒でDGが電圧確立し、約7分後に500kV主回線の受電開始、約27分後に負荷をDGから外部電源へ切り替え、約41分後にDG運転中止しています。また約2分後に海水ポンプ等が自動起動、約43分後にSFP冷却系が自動起動しています。

 これらは、ここまでの筆者による推測とほぼ一致しています。

 今回のインシデントでは、最大の注目を集めたSFPでもPWRの冗長性の範囲内で収束していることが分かります。

 阿蘇カルデラ噴火などの火砕流やNBC(核・生物・化学)兵器による攻撃といった所内人員が全滅し、支援要員も来られない極端な状況では、原子炉停止中であっても3日以内にSFP起因のSAが生じる可能性があることも分かりました。このような想定をどう扱うかは、今後の社会的合意形成(Public Acceptance)が必須でしょう。そうでなければいつまでも司法リスクが存在し続けます。

 この程度の文書は、インシデント発生後3日以内に発表できる程度のものですから、毎日新聞による報道前後には四国電力から発表していれば騒ぎは大きくならず、評判を落とすこともありませんでした。

 相変わらず「インシデント」の「トラブル」や「ミス」といった工学、とくに安全工学では無意味且つ逆効果で姑息なことをせずとも、事実を迅速に公表すれば良いだけです。

 今回の重大インシデントは、四国電力から愛媛県庁への第一報こそ合格点と思われますが、その後の情報伝達、報道発表、続報の公開についてはかなり問題があると考えます。

 第一報の県庁内での6時間の滞留に始まり、とっちらかって一箇所では見つからないホームページ上の発表のありか、現れたり消えたりする発表へのリンク元など、初歩的なところで大きな問題を感じます。せめて発表文は一箇所にまとめ、一度表に出した文書へのリンクを消すようなことはないようにしないと、市民にあらぬ不安と疑惑をかき立てることになります。また文書には更新履歴を必ず残してほしいものです。

 さて次回は、四国電力による続報によって不明だったことがかなり明らかになりましたので、そのことについて述べて行きます。

◆伊方発電所3号炉第15回定検における重大インシデント多発(5)

<文・写真/牧田寛>

【牧田寛】

Twitter ID:@BB45_Colorado

まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題についてのメルマガ「コロラド博士メルマガ(定期便)」好評配信中

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