“不要不急”の検察庁法改正が、安倍官邸と黒川氏には“必要至急”のワケ

“不要不急”の検察庁法改正が、安倍官邸と黒川氏には“必要至急”のワケ

異例の閣議決定で勤務延長が決まった黒川弘務・東京高検検事長(写真/時事通信社)

◆ “東京の女王様”から電話「検察庁法改正がヤバい」

 5月8日の午後、私が取材を終えて「さあ原稿に取り組むぞ」と意欲をかき立てていた矢先に、武井由起子弁護士から電話がかかってきた。世の人の幸せと平和を願い、政治や人権の問題で積極的に発言している方だが、かなりの無茶振りをかます方でもあり、私は“東京の女王様”とお呼びしている(ちなみに大阪にも別の女王様が君臨している)。

「相澤さん、検察庁法改正がヤバいのよ。(以下、何がヤバいか延々10分ほど演説した後)それで、記事書いてくんない?」

 私は「たまらんなあ」という雰囲気を思いっきり醸し出しながら答えた。

「おっしゃることはわかりますけど。私、いま文春の原稿抱えて結構大変なんですよ。赤木さんの件で。だからなかなか他のことに手が出せないんです」

「赤木さんの件」とは、森友事件で公文書改ざんをさせられて命を絶った財務省近畿財務局の赤木俊夫さんと、妻の赤木雅子さんのこと。雅子さんは3月18日、国と佐川宣寿元財務省理財局長を相手に裁判を起こすとともに俊夫さんが書き残した手記を公表した。その日以降、私は『週刊文春』で連載を続けている。

 だが、そんな理屈は女王様には通用しない。

「だって、これだって赤木さんに関係あるじゃない。検察ですよ? 俊夫さんは検察の捜査におびえていたんでしょ? それだって追い詰められる一因になってるんでしょ?」

「それはその通りです。確かに俊夫さんに対する検察の接触の仕方はまずかった。主治医が止めていたのに、いきなり俊夫さんに電話してきて20分も長電話した。そのあげく財務省の人たちを全員不起訴にしたんですから、いったい何のために病気休職中の俊夫さんに無理して話を聞こうとしたんだか……」

「でしょ? だからこんな“不要不急”の法案をね……」

 この女王様の“不要不急”という言葉に私はピンとくるものがあった。以前、検察幹部に聞いていた話を思い出したのだ。私は思わず答えていた。

「わかりました。検察庁法改正で記事を書きますよ」

◆「あっちがそうくるなら、こっちも考えがある」

 話は今年1月にさかのぼる。黒川弘務・東京高検検事長の定年延長(正式には勤務延長)が閣議決定で決まった。よく知られているとおり、黒川氏は2月7日に定年を迎え退職するところだったが、これを半年延ばして8月にした。今の稲田伸夫・検事総長が慣例通り就任2年で勇退すれば7月にポストが空き、その後釜に据えられる。

 この定年延長は“官邸の守護神”の異名を取る黒川氏を検察トップの検事総長にするための奇策と見られ、それまでの法律解釈をいきなり変更する“超法規的措置”だったことから世の批判を招いた。検察幹部にとっても“寝耳に水”の話で、黒川氏の定年を前に予定されていた送別会が急きょキャンセルになった。これは検察史上初めてのことだという。

 ここからが検察幹部に聞いた“知られていない”話だ。黒川氏の定年延長を聞いて、稲田検事総長がこんな一言を漏らしていたのだ。

「あっちがそうくるなら、こっちも考えがある」

「あっち」はもちろん安倍官邸。「こっち」は稲田総長をトップとする検察組織。「安倍官邸vs.検察」の闘いが火ぶたを切った。なんか似たようなタイトルの本があった気もするが……。

 では「こっち」の考えとは何か?

 それはもちろん、広島地検が着手した河井克行前法務大臣(衆院広島3区)の妻、河井案里参議院議員の選挙違反事件だ。夫妻の秘書が逮捕・起訴されているが、実はこの事件、広島地検だけで捜査しているわけではない。

 逮捕した秘書の取り調べにあたったのは、大阪地検特捜部から応援に派遣された実力派特捜検事だ。そしてその内容は逐次すべて東京にも報告されていた。完全に東京マターなのだ。検察幹部は語る。

「だって最初から狙いは議員本人だからね。あ、議員と言っても案里じゃないよ。夫の克行の方。前法務大臣ね」

◆“動かぬ証拠”は河井前法務大臣の指示メール

 私は検察幹部に尋ねた。

――どうして、そこまで断言できるんですか?

「それはさあ、“動かぬ証拠”があるからよ」

 実は、河井克行・前法務大臣が今回の買収について、秘書たちに詳細に指示したメールがあるのだという。

「あんなものがあったら、もう言い逃れできないでしょ。メールはすべて克行から出ている。案里は何もわかってないんじゃないかな? 『籠池夫妻の妻と同じ』と言えばわかるでしょ」

「それがわかっているなら、籠池泰典さんの妻・諄子さんを起訴しちゃダメじゃないですか!」と言いたいところではあるが、今はその取材ではないのでぐっとこらえて……。

◆森本宏・東京地検特捜部長は「議員の逮捕」のために待機!?

 私はさらに質問を続けた。

――連休中に夫妻を事情聴取していますね。

「ああ、東京地検特捜部の検事がね。国会議員を逮捕するとなったら広島に任せておけないでしょ。国会会期中で逮捕許諾請求も必要だしね。東京地検特捜部の出番だよ。森本(森本宏・東京地検特捜部長)が動いていない(異動していない)でしょ?

 もう2年以上たつから、本来ならとっくにどこかの検事正に動いてなきゃいけない。同期どころか1期下まで検事正になっているからね。それが特捜部長に残っているのは『議員の事件をやるならこいつしかいない』と見込まれているからだよ。コロナが一段落したら許諾請求。ここで森法務大臣が指揮権発動したら、それこそ内閣が倒れるだろう」

◆安倍官邸は黒川氏の定年延長で、検察の“虎の尾を踏んだ”

――そこまでやるんですね。

「安倍官邸は黒川さんの定年延長で“虎の尾を踏んだ”んだよ。稲田総長は当初は就任2年で7月に辞めて、その後に林さん(林真琴 名古屋高検検事長)が就任という流れを考えていた。林さんは7月末で定年を迎えるけど、検事総長になれば定年が2年延びるからね。

 でも、その構想を覆されて稲田さんもブチ切れたんだよ。総長が2年で辞めるというのは慣例であって、稲田さんは65歳の定年まであと1年ある。本人が『辞める』と言わなければ定年まで辞めさせる手立てはない。

 黒川さんは半年延長しても8月には退職だから、稲田さんが辞めなかったら結局総長にはなれないからね。さすがに2度の定年延長はできないでしょ? 稲田さんはそれを考えているよ」

◆検察庁法改正は、安倍官邸と黒川氏にとっては「必要至急」

 そこに出てきたのが検察庁法の改正案だ。

●検察官の定年を63歳から65歳に引き上げる。

●検事長、検事正などの幹部は63歳で役職を降り、平の検事に戻るが、内閣が必要と認めた場合、役職を続けることができる。

 定年の65歳への引き上げは、ほかの国家公務員についても提案されている。実は、去年秋に政府部内で検察庁法改正が検討された時は、この65歳への引き上げだけが入っていた。それだけならさして反対もなかっただろう。だが問題は「役職の延長」だ。これは内閣の判断で決まる。ということは、内閣に都合のよい人物を検察幹部として残すことができるということだ。

 例えば黒川氏は退職が8月まで延びたが、違法な延長だと厳しく批判されている。だがこの法案が通れば、あの定年延長も「超法規的措置」ではなく合法的だったと後付けで正当化できる。そうすれば再度の定年延長も不可能ではなくなり、稲田検事総長が辞めた暁には、めでたく検事総長に就任できるようになる。

 コロナ対策で「不要不急の外出は控えましょう」と政府をあげて呼びかけているさなかに「三密」状態の国会を開き、「不要不急」としか思えない検察庁法の改正を急ぐのは、まさにこれが安倍官邸と黒川氏にとっては「必要至急」な法案だからだ。

◆“官邸の守護神”黒川氏が森友事件をつぶした!?

 ところで、その黒川氏が東京高検検事長になる前、法務省の事務次官をしていた時の重要事件が森友事件である。国有地の不当な値引きによる背任罪。関連する公文書を破棄・改ざんした公用文書毀棄(きき)、公文書変造罪。告発を受けて大阪地検特捜部が捜査していた。

 当時、私はNHK大阪報道部で検察取材を担当していた。この事件について、ギリギリまで大阪地検にはやる気があると感じていた。ところが一転して、結果は全員不起訴。その時、東京から大阪に大きな圧力があったという。その圧力をかけたのが黒川事務次官だとささやかれていた。黒川氏が“官邸の守護神”と言われるゆえんだ。

 この事件で命を絶った赤木俊夫さんの妻、赤木雅子さんが望んでいる「真相解明のための再調査」。もしも検察が財務省の関係者を起訴していれば、法廷ですべてが明らかになったはずだ。黒川氏は赤木さんの願いをも握り潰したことになるのである。

◆現職検事は定年引上げに「そんなんいらんわ」

 この記事を書くにあたって私は、とある現職検事に話を聞いた。定年の引き上げ自体は、検事にとって歓迎すべきことではないかと考えたからだ。その検事はベテランの域にあるが、定年引き上げには冷ややかな見方を示した。

検事:まず年金の問題があるやん。今は65歳からもらえるけど、定年が65歳になった時にどうなるか? 先に延びるんやないの?

 次に再就職の問題がある。私たちは公証人が有力な再就職先やろ? 公証人は普通8年くらいできる。それで60歳前後になると、いい席が空いたら「そろそろどう?」って声がかかるんよね。そしたらそもそも定年なんて関係ないやん。

 ただ、公証人の声がかかるのは、それなりに実績を認められている人。辞めて弁護士になるのも、実力がある人。定年まで役職にもつかず検事を続けている人は、やはりそれなりの人ということや。

 そんな人たちをあと2年も抱え込むことになると、役所の人事を決める人たちも頭が痛いやろうね。そして、そんな人があと2年余計に役所で給料をもらえるというのが、そもそも国民の税金の使い道としてふさわしいかという話やね。

相澤:じゃあ、今回の検察庁法改正で定年が延びることは歓迎しないと?

検事:歓迎どころか、余計なお世話。ほとんどの検事が「そんなんいらんわ」と言うやろな。喜ぶのは使えない検事だけ。こんなことで自分たちの歓心を引くことができると思われているなら、むしろ腹が立つ。結局、黒川さんだけのための法案やないの?

◆政権のため事件を握り潰した人物を、捜査機関のトップに据える“検察支配”法案

 有名なリンカーンの演説「人民の、人民による、人民のための政治」をもじって言うなら、検察庁法改正案はまさに「アベちゃんの、アベちゃんによる、検察支配のための法案」である。

 政権のため事件を握り潰した人物を捜査機関のトップに据えることを正当化するための法案が、コロナ問題の真っただ中に、最優先で審議されようとしている。

 そのことをヤバイと感じた、これまであまり政治的発言をしてこなかった人たちが、声を上げ始めている。

●きゃりーぱみゅぱみゅさん(tweet削除済み)

●浅野忠信さん。

●城田優さん。

●井浦新さん。

●西郷輝彦さん。

●俵万智さん。

●そしてキョンキョンこと小泉今日子さんは、立て続けに連投している。

 こうした著名人のツイートに対し「芸能人が政治的発言をするな」的投稿で圧力をかける人たちが大勢いる。だが「#検察庁法改正案に抗議します」のハッシュタグがついたツイートは、10日午後の時点で380万件を超えた。

 コロナのさなかに、この法案を最優先で通す。反対の声を押しつぶそうとする。我が国は、そんなことでよいのだろうか? 愛国者の方にこそ考えてほしい。

<文/相澤冬樹>

【相澤冬樹】

大阪日日新聞論説委員・記者。1987年にNHKに入局、大阪放送局の記者として森友報道に関するスクープを連発。2018年にNHKを退職。著書に『安部官邸VS.NHK 森友事件をスクープした私が辞めた理由』(文藝春秋)

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