「アーティストは声をあげろ」。社会にコミットするのは当たり前のことだ<Kダブシャイン氏>

「アーティストは声をあげろ」。社会にコミットするのは当たり前のことだ<Kダブシャイン氏>

Kダブシャイン氏

◆なぜKダブシャインは「星野さん側にも問題がある」と言ったのか?

 コロナ禍で自宅待機や自粛が「要請」される中、アーティストたちはさまざまな手法で人々の気持ちを和らげるべく、動画などでコラボやセッションを呼びかけるという現象が起きた。

 その1人が、歌手で俳優の星野源さん。彼が、「うちで踊ろう」という動画をネットで公開し、「誰か、この動画に楽器の伴奏やコーラスやダンスを重ねてくれないかな?」と呼び掛けたところ、芸能人やミュージシャン、一般人が次々とコラボ動画を作り、多くの反響を呼んだ。

 これにあさましくも便乗したのが、安倍総理である。安倍総理は、星野氏の演奏に合わせて、ソファで寛ぎ、紅茶を優雅に口にして、犬と遊ぶ動画を公開し、外出自粛を呼びかけたのである。

 当然、総理大臣としてやるべき課題が山積みの中、国民の日常生活とかけ離れた動画をアップしたことに対して批判が殺到することになった。

 今日21日発売の『月刊日本 6月号』では、この騒動の中、「星野さん側にも問題がある」と指摘して物議を呼んだラッパーのKダブシャインさん(以下、Kダブ)を直撃。その真意を聞いている。

 海外のアーティストが積極的に政治的なメッセージを発信し、ファンもそれを受容する文化が確立する中、検察庁法改正案についての反対運動に声をあげただけで、アーティストにクソリプが寄せられる今の日本社会。そんな日本社会において、アーテストは「政治的発言」とどう付き合うべきなのか?

◆社会にコミットしない日本のアーティストたち

―― Kダブさんが星野さんの動画について「ちゃんと歌で政権批判しないから、こういう利用のされ方するんだよ。ポップシンガーの宿命」とツイートしたことが話題になりました。このツイートの真意を教えてください。

Kダブ:星野さんが「うちで踊ろう」というキャンペーンをやっていることは知っていましたが、あまり関心がありませんでした。ただ、安倍総理がそれを悪用し、あまりにも時代錯誤な動画をあげていたから、脊髄反射的にツイートしてしまいました。僕は星野さんのことは詳しくないから、星野さんに失礼してしまったところもあると思います。星野ファンが怒るのも無理はないと思っています。

 だけど、仮に星野さんが普段から政治的な歌を出していれば、今回のようなことにはならなかったはずです。自分を批判しているアーティストとコラボしようとは、安倍総理も思わないでしょうからね。星野さんはもっと予防線を張っておくべきでした。その点について星野さんに哲学が感じられないのは、嘆かわしいというか、寂しいなと思います。

 ただ、これは星野さんに限った話ではありません。日本には社会の中に自分を位置づけてメッセージを発信するアーティストが本当に少ないんです。私たちは社会の中で生きているのだから、社会で生じる問題は私たちの生活に直接的に関わってきます。安倍政権の新型コロナウイルス対策にしても、消費税増税にしてもそうですね。ところが、多くのアーティストはこうした問題に関して発言しようとしない。自分の思いを表現するのがアーティストの特権であるはずなのに、まるで何も起こっていないかのように振る舞っている。中立でいることが尊いかのように、あえて自己表現せずに、無機質な立場を選びたがる。

 テレビに出ているタレントだってそう。有名大学出身でクイズ番組に出ている人たちは、みんな優れた頭脳を持っているのだから、いま起こっている問題について自分たちの考えを示すべきです。いま脳みそを使わずに、一体いつ使うのか。あなたたちの見解を聞きたいと、単純に思う。

 日本では政治問題や社会問題の話をすると、すぐに「政治的」とか「社会派」と一括りにされてしまうから、それを嫌がっているのかもしれません。だけど、私たちはみな社会で生きている以上、誰もが社会派のはずです。日本が民主化してまだ数年しか経っていない国なら、社会へのコミット度が低いのも仕方ありませんが、世界第3位の経済大国で、表現者がこれほど社会にコミットしないのは異常です。

 もちろんすべてのアーティストがそうだと言うつもりはありません。ロックでも、GLAYとかLUNA SEAのSUGIZOは、最近よく発言していますよね。彼らはロックとは何かということを体現しなければならないと思って、積極的に発信しているのだと思います。僕は彼らのことはすごく応援しています。

◆アメリカのアーティストが抱く「義憤」

―― アメリカではアーティストたちが積極的に政治問題や社会問題について語っています。アーティストがデモに参加することも珍しくありません。

Kダブ:僕はアメリカにいたことがあるのでよくわかりますが、アメリカのアーティストたちの多くは自分のファンの悩みや苦しみを何とかしてあげたいと思い、ファンの思いを代弁することが自分の仕事の一つだと考えています。学生や、若者のファンが多ければ、彼らが学校や社会でおかしいと思っていることを、直接的でなくとも比喩などを使って表現します。彼らは「あなたたちの痛みはわかるよ」と言うだけで終わらず、ファンと一緒に怒るんですよ。自分を応援してくれているファンが辛い目にあっていると、感情移入して寄り添い、一緒に怒るんです。「義憤」と言ってもいいかもしれませんね。

 これはマドンナもそうですし、U2のボノもそうです。テイラー・スウィフトのようにアイドル視されているアーティストでもそうです。彼らがファンの悩みを汲み取って曲を作ると、みんな影響力のある人たちだから、多くの人が耳を傾けますよね。それによって現実が動き、そこで生まれた新たな現実に基づいてファンがまたアーティストに何かを求めていくという、言うなればシーンとファンの間で共同作業が行われているのです。

 もちろんアメリカのアーティストたちも、最初に社会問題や政治問題に関して発言したときは、「なんだあいつは」「いったい何様だ」と言った誹謗中傷もあります。しかし、何度も繰り返していると、「このクリエイターは社会に積極的にコミットする人なんだ」と理解され、変な言い方ですが、格というかステイタスが上がります。特にそのアーティストの立場で発言することが難しいようなことを発言したときは、みんなから賞賛されます。

 アメリカ人がここまで社会にコミットするのは、自由を至上価値としているからです。彼らは自分たちを抑圧したり搾取するなど、自分たちの自由を侵してくるものに対してすごく敏感です。それから、自分の考えを自由に表現したいという思いも強いですね。彼らは何も意見を持っていないと見られることを嫌がります。だから、どんなにつまらない意見だったとしても、とりあえず自分の意見を自由に言って、それを否定されたり馬鹿にされたりする中で、どんどん学んでいくわけです。

 アメリカがいかに自由を尊重しているかは、新型コロナウイルスに対する反応にもあらわれています。先日、海外のアーティストたちが世界保健機関(WHO)と協力し、自宅から曲を配信するコンサートを開催しました。このコンサートのメッセージは、「医療従事者たちが自分の役割を果たしてくれている。だから、私たちも自分の役割を果たさなければならない。それは家にいることだ」ということです。

 外出を禁じられることは、自由を制限されるということですから、自由を至上価値とするアメリカにとっては大きな問題です。だけど、それは単に外出を我慢しろということではない。将来また自分たちが自由に行動できるように、いまは自分の役割を果たすということです。多くのアメリカ人がこの考え方を受け入れています。この自由の持つ求心力は舐めてはならないと思います。

◆日本人はもっと「自由」に執着すべき

―― 日本人は「空気」を読むと言われます。それが社会へ関与することを妨げている部分があると思います。

Kダブ:それはコロナと一緒で、日本人にとって見えない敵ですね。日本人の病理と言ってもいいと思います。

 もちろんアメリカ人だって空気は読みますよ。だけど、それよりも政治や社会に関して自分の考えを自由に表現することのほうが重視されます。それに対して、日本人は自分がどれくらい自由であるかということを日々考えていませんし、自由とは何かということも完全には理解できていない。これは日本人が普段から色々なものに縛られて、自由を知らないからです。

 日本人社会が責任をうやむやにしがちなのも、そこに原因があります。もし日本人が自由であれば、自分の行動に対して責任をとるはずです。でも、日本には自由がないから、自由がない中で行動したことに対して責任をとるのが嫌なんですよ。言われたように生きることばかりしてきたので、因果関係を実感できない。

 他人の自由に対して寛容になれないのも同じですね。自分が自由であれば、他人が自由に振る舞うことも受け入れられるでしょう。だけど、日本人には自由がないから、誰かを叩くときも「自分は我慢しているのに、なんであいつは」となるわけです。だから、僕みたいにアメリカで自由を学んだ人間が自由に振る舞っていると、よく批判されます。

 それから、日本人は「人権」とは何かということをあまり理解できていません。たとえば、新型コロナウイルス対策として海外と同じくらいPCR検査をすべきだという議論がありますよね。これは専門家たちが感染拡大を防ぐために提言しているものです。データ把握が目的です。

 しかし、アメリカがあれほどPCR検査を行っているのは、専門的知見と同時に人権問題だからです。自分の体がウイルスに侵されているかどうかを知ることは、人権上、当然認められるべきことです。PCR検査を受けさせないことは、知る権利の侵害でもあります。それで希望者全員の検査も行われています。日本でこの視点から議論している人が少ないのは、深刻な問題だと思います。

―― アメリカは革命や市民運動を通じて自由や人権を勝ち取ってきました。他方、日本の自由や人権は、戦後になってアメリカから与えられたものです。その差が大きいのではないでしょうか。

Kダブ:アメリカから与えられたものだとしても、それを自分の物にすればいいんですよ。僕はアメリカに行ってアメリカ人のやるラップを学んで、アメリカ人も日本人も同じ人間なのだから、本質さえつかめば、アメリカ人にできることは日本人にもできると思いました。アメリカ人が普通にこなしていることを日本人ができないというのは、悔しいじゃないですか。野球にしても、自動車にしてもその本質を会得した。魂の部分を。

 自由や人権だってそうです。アメリカ人にできるなら、日本人にもできます。民主主義もそうです。日本人はもっと自由であるべきですし、もっと自由に執着すべきです。このことは強く訴えたいと思います。

(4月22日インタビュー、聞き手・構成 中村友哉)

【Kダブシャイン】

1968年東京生まれ。日本語の歌詞と韻(ライム)にこだわったラップスタイルが特徴。現在の日本語ラップにおける韻の踏み方の確立に大きく貢献したMCと呼ばれている。「児童虐待」「シングルマザー」「麻薬」「国家」「AIDS」など様々なトピックを扱う。コメンテイターとしても多くのメディアに登場し、スペースシャワーTVで放送中の「第三会議室」は根強い人気を誇っている。

【月刊日本】

げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

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